第7話
切実に願うように捻り出した言葉。
このまま不安に怯える日々も嫌だ。
ならば早く……終わらせたい。
私もロドさんの苦しみも。そして……。
私に存在意義を下さい。
「ミオ!?」
殺してと言って俯き泣いている私を見て、ロドさんは起き上がろうとしたが、なかなか身体が言う事をきかないようで、痛みに耐えるかのように動けなくなった。
「ロド様!」
「離せ!」
ロドさんをベッドに寝かそうとしたハイルさんの手を払い、起き上がると私を抱きしめた。
「何でそんな……違う……」
強く抱きしめられ、ロドさんは私の首筋に顔を埋めるようにしている為、その表情は見えないが、泣いているかのように肩を震わせている。
「殺すとか……どうしてそうなるんだ!違う!!」
「ロド様!?」
振り絞った声をあげるロドさんの身体がいきなり光り、その光景にハイルさんが驚きの言葉をあげる。
顔をあげて私を見つめるロドさんの顔に痣はなく、私は安堵の息をついたが、ハイルさんからは息を呑むかのような声が聞こえた。
「どうして……そうなる?ミオ」
「だって……私は生贄なのでしょう?」
目の前にはいつもの微笑みを向けてくれるロドさんが居て、思わず涙ぐむ。
苦しみも痛みも今はないか、痣は戻ったのか、呪いは一体どうなっているのか。涙と共に次から次へと言葉も出てくる。
いつもならば人の顔色を見て、頷いているだけで、自分から何かを発する事なんてなかったけれど……いや、ここまで心が揺るがされる事がなかったとも言える。
楽しい、怒り、憎しみは勿論、悲しみ、心配、不安といった感情に支配されて、自分を保てないなんて事はなかったと、どこかで自分を第三者と見ている冷静な脳で振り返り、思う。
そっと髪を撫でる感触に、ロドさんの優しい笑顔に、安心する心と共に少しだけ心拍数が上がり息苦しさに支配される。
「ミオ、生贄で殺すってどういう事?」
「……そう教えていただきました……」
私が知っていてはいけない事なのだろうか。
でも先ほどロドさんは違うと必死の様子で私に訴えていた。何が本当なのだろうか。
少し俯いた私をロドさんは抱き寄せる。その間にロドさんが厳しい目つきをハイルさんに送り、ハイルさんが頷いて部屋から出て行った事にも気がつかず、更に増えた心拍数に顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。
「ミオは僕を信じてなかったの?」
「えっ!?」
悲しそうな声で問うロドさんに、驚きの声をあげてしまう。
「だって、生贄として殺されるって話を信じたんでしょう?僕はただ一生隣に居てくれるだけで良いって言ったのに……」
そう言われて、気が付く。むしろ言われないと気がつかなかった。
人付き合いをマトモにしてこなかったからか、不安な方に人は傾くのか。
どちらにしろ、結果的にはロドさんを信用せず、見ず知らずの女性を信じた事になるのだと、私はこの時に気がついた。
「……ごめんなさい」
言いなれた言葉、逃げの言葉、取り繕う言葉。だけど今は本心からの……謝罪。
どうして私はこうなんだろう。明確な答えがなければ、ロクな選択肢を選ぶ事が出来ないのか。まともに人と付き合う事も出来なければ、こんな簡単な事も分からず人を傷つけるのか。
思わず涙が更にこみ上げるけれど、私に泣く権利はなくて、グッと耐える。
頑張れ私の表面張力。
「大丈夫、ちゃんと伝えるから。人はね、間違えるものなんだよ」
子どもに諭すかのような優しいロドさんの声に、結局涙がこぼれ落ちる。
「間違っても、傷つけても良いよ。ちゃんと伝えるからミオも伝えて?ちゃんとミオを理解していきたい。ミオのしたい事、思った事、全部伝えて。ミオはミオで良いから」
そんな事、言われた事があっただろうか。
あれをやれ。こうであれ。決められた型にはめられて、そこから動けなくて逃げ出せなくて。
自分というものは一切出せなくて、自分が分からなくなった。
他人にどう思われるのかが重要で、私自身なんてちっぽけで、何もなくて。期待に答えるだけで……。
ロドさんの服を握り締めて、ロドさんの腕の中で人生初めてと言っていいだろう大泣きをした。
私が落ち着くまで、ロドさんはずっと私を抱きしめながら背中を撫でてくれていて、ちょっと気持ちが落ち着いた頃に、誂うようにロドさんが口を開いた。
「そんなに心配してくれたの?ミオは僕の事が好きなのかな?」
「えっ?」
思わず変な声をあげる。
好き……好き?好きって、どういう感情なのだろう?
家族の好き?友達の好き?恋愛としての好き?どれも自分には経験がないような気がする。
親は上司のようなもので、友達なんていなくて、当然のように恋愛経験もない。
少しだけ読んだ本からは、胸の高鳴りとか…………胸の高鳴り?
「僕はミオが好きだよ」
そう言って優しく髪に口づけられて、パニックになる。
好きって?好きって……!?どういう事!?
正直、釣り合って居ないとも思える。威風堂々としていて、きちんと自分で決め自分の道を進むロドさんに比べ、私は正反対だ。
からかわれている?それとも同情からの言葉??
いきなりの言葉に頭は混乱するし、心臓が掴まれたかのように苦しいけれど、どこか自分の劣等感が冷静さを保たせる。
私なんかが相手にされるわけないと。
「愛してる」
そんな私の思考を、そちらではないと導くように、更に言葉を続けるロドさんに対して、思わず思考が停止した。
心のどこかで言われる事がないだろうと諦めていた言葉だったからだ。
こんな私を認めてくれる、とても欲した言葉だった。
心の整理を付けられるよう、今は時間が少し必要だろうと、呆然としていたミオを休ませる為に部屋に戻すと、ロドの表情は一変した。
「生きながらえているから隙を作ろうと言うわけか?」
鋭い目つきだが、口元だけ歪む。
この世界では力が全てだ。だからこそ呪いを受けても生きているロドの力に怯えているのだろう。自分の息子を王につかせたいが為に。
ロド自身は権力にも地位にも固執しているわけではないが、ミオをロドの弱点とし、攻撃を仕掛けてくるというのならば話は変わる。
ミオが望めば権力を手にするくらいの思いだったが、ミオがそんな事を望むわけがない。
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