第6話
元気?笑顔?
ロドさんの腕の中で微笑む。微笑む事は出来ている。
仮面の笑顔か、心からの笑顔か、その違いの事を言っているのだろう。
……心からの笑顔とは……?それは一体、どんなものだっただろうか。
「……笑顔……」
そう呟いた私に対し、ロドさんは更に腕の力を強めて私を抱きしめ、髪に口づけを落としていく。
ミオ、ミオ、と呟きながら、何度も何度も。
その全てが現実味なく、私に更なる虚無感を植え付けていく。
だって私は生贄だから。
必要な準備をしているだけだから。
「くっ!」
唐突に、ロドさんの呻く声が聞こえた。
「ロドさん?」
「ロド様!」
私の声にハイルさんの声が被さった。ハイルさんは心配そうな顔をしてロドさんに近づくも、ロドさんはハイルさんを手で制した。
それ以上近づけなくなったハイルさんは、苦痛に満ちた表情で唇を噛みしめる。
私は何がなんだか分からないままに、ロドさんを見上げると、ふいにロドさんの襟元から痣のようなものが見えているのが目に入った。
思わず、以前見た事があるだろう、その痣に手を伸ばす。
「!ミオ!」
「……呪い?」
心臓の上にあったトライバルのような痣を思い出した。
あれは、ここまで大きくなかった筈なのに……。
サッとロドさんが痣らしきものを隠す。
「文字を教えます」
そのタイミングでハイルさんが私に本を差し出し、いつも勉強をしている机に促すと共に、ロドさんには上着を渡していた。
「……っ」
開きかけた口を閉じて、促されるままに座り、本を開いた。
問いかけたい、けれど、それは相手にどう思われるんだろう?嫌がられるかもしれない、嫌われるかもしれない。
相手が言わないのであれば聞くべきではないのかもしれない。
そう思って、私は偽った表情のまま、ハイルさんに文字を教わった。苦しそうな、悲しそうな表情をしているロドさんに気が付く事がなく。
◇
寝台に丸まり、横になる。
そのままボーっと過ごし、気が付けば周囲がほんのり明るくなってくる。
寝たような寝ていないような微睡みの中、私は起き上がった。
最近ずっとこうだ。寝た感覚がないけれど、ずっと起きていたのかと言われると分からない。ただ頭はスッキリしない。
結局、身の回りの事をお世話してくれる人が起こしにくる時間まで、私はそうやって過ごすようになっていた。
ただ、今日は……。
「あんたって図々しいのね」
数日前に聞いた覚えがある声に、ノロノロと頭をあげると、庭園であった女性が目の前に居た。
お仕着せのようなものを身にまとっているけれど、美しさは隠しきれない。
「元の世界に帰りたいとか、逃げ出したいとか思わないわけ?まぁ……ロドが離さなくなったみたいだけど」
だからこんな格好をしてまで私に会いに来たんだろうか。わざわざ?いや、それよりも……女性の放った気になる言葉を反芻するように私は呟いた。
「元の……世界」
「そうよ!!逃げ帰りたいとか思わないわけ!?」
少しイラついたように、しかし食いつくように女性は叫んだ。
逃げ帰る……?
その言葉に自嘲する。
逃げたのは向こうの世界でも同じなんじゃないだろうかと。
そう言えば、戻りたいと思った事なんてなかった。
最後に母が心配してくれたのならば、私に価値はあったのかと嬉しく思っただけで、舞の事が気になりはしたが、元の世界を恋しく思った事もなければ戻りたいと願った事もなかった。
偽った生活。周囲の思うがままに生きている事を当たり前のように受け止めつつも、息苦しさを感じていた。
それがこちらの世界に来てから、今までの価値観が通じずに混乱する事も多かったけれど、私を受け入れてもらえているという事は嬉しくあったし……それに、必要とされているのならば……。
「私は、ここで死のうと思います」
生贄として。ロドさんの為に。
そんな決意を口にしていた。
「じゃあとっとと死になさいよ!」
「ミオ様?」
女性がそう叫んだ瞬間、ハイルさんの声が扉の向こうから聞こえた為、女性は舌打ちした瞬間に消え、息を飲んだ。驚きすぎると人は声も出なくなるんだと思いながら、女性が居た場所に人型の紙がヒラヒラと舞い落ち、燃え、そして消えた。
呪術……その言葉が脳裏に過ぎった。
燃えカス等の痕跡すら残さずに消えた、その一点を見つめていると、お仕着せを着た女性が入室し、ハイルさんはドアの向こうでこちらを見ないように背を向けている。
女性の寝起きを見ない配慮なのだろう。私が起きているという事を伝えられると、今日はロドさんと一緒に朝食を摂れないという事をハイルさんは伝えに来たようで、私に伝え終わるとロドさんの部屋へ向かったようだ。
働かない頭でも、すぐに痣の事は思い出せた。私は寝巻きのままなのも気にせず、隣のロドさんの部屋へ飛び込んだ。
「ロドさん!」
私に対し驚いた顔をしたハイルさんだが、特に咎める事もなかった為、私はそのままロドさんのベッドサイドへ向かい、顔をのぞきこんだ。
「っ!」
息を飲んだ。顔半分にまで広がっている痣がとても悍ましく、トライバルのような模様は確実に何かを締め上げているようにしか見えなかった。
動く、痣……。
思わずロドさんにかかっているシーツをめくると、はだけている胸元から痣が見えた。
心臓に刺さっていた鎖鎌は、深く深く……根元まで刃を埋めているほどになっていた。
「キャアアッ!!」
それだけでなく、徐々に周囲を蔓のような痣が動き伸びて侵食する様を目の当たりにし、思わず悲鳴をあげてしまった。
「……ミオ?」
私の声に、苦しそうな表情で汗を流しながらロドさんが目をうっすら開けた。
「っ!何をもたもたしてるんですか!」
あまりの恐怖と驚きで、思わず声を張り上げた。こんな声を張り上げた事なんて今まで生きてきた中では、ない事なんじゃないだろうか。
胸の中が熱くて、怒っているのだろうか、でも無意識に流れ落ちる涙が次から次へと頬を濡らしている。
「早く生贄にしてくれれば良いじゃないですか!私の元気とか関係なく血肉を求める事はできないんですか!?」
「ミオ?」
ハイルが焦っているのも、ロドさんが悲しそうに表情を歪めているのも、今の私は気がつかない程、感情が昂ぶっていた。
「早く私を殺してください…………」
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