第4話

「ここからが本題なのですが」


 そう口を開いたハイドさんの真剣な声に、思わず背筋を伸ばす。今までの話は予備知識的なものなんだろう。


「この国は、優秀な者が肩書きを得て、家名を得られます。それは王にも当てはまる事なのです」

「え……」


 驚いた。政治の世界なんて元居た世界で十六年しか見ていないけれど、政治家なんてものは投票で入れ替わるけれど、皇族に関してのみは血筋だ。

 驚きながらも話を聞いていくと、そもそもまず血筋というだけで生まれた時から命を狙われるのは当たり前で、それは元々流れる血筋故に優秀な遺伝子を持つ者が生まれる事が多いという理由だった。

 そんな事で優秀な遺伝子が消えていくのもどうかと思うけれど、自分の子どもを時期王にと望む女達の卑劣な争いはどこの世界でも、どこの時代でも同じなんだそうだ。


「ミオ、少し失礼するよ」


 そう言ってロドさんは前ボタンを外し始めた。


「えっ!?」


 思わずうろたえ、視線を外すも、後ろから衣服を抜いてる音が鮮明に耳に届き、思わず耳まで塞いでしまう。

 巫女は清純だ、なんてイメージもある上に、ただ都合の良い扱いをされていた私に彼氏なんて存在は今まで一度も居た事がない。というか、仲の良い男友達……いや、女も含め友達というものが居なかった。

 耳を塞いでいた手に誰かの手が被さり、思わずビクリと身体が動く。


「ミオ、こっちを向いて」


 耳元で囁かれ、塞いでいても声が届いてきた。

 そのまま方向を変えられ視界にロドが入ってくるが、目を奪われたのは中央より少し左、まさに心臓の上と言わんばかりの所にある、禍々しい心臓に鎖鎌が刺さっているトライバルの刺青と見間違うかのような痣だった。


「これは呪いなんだ」


 胸元の痣を撫でながら、ロドさんが語った。

 どうやら私は呪いを抑えられる存在としてロドさんの治療の為にコチラの世界に喚ばれたと。


「だからミオが隣に居てくれるだけで良いんだよ」


 そう言って、開かれている胸元に抱き抱え込まれる。


「そ……それだけですか?呪いを解く方法が私にあったりは……」


 ドギマギしながらも、何とかそう答える事が出来た。

 隣に居るだけ……とは、またハッキリとしない、よく分からない役目すぎる。はっきり目に見えて分かる仕事や功績の方が、まだ分かりやすいものだ。


「僕はミオが一生側に居てくれさえすれば良いんだ」


 そう言って額に落とされた口づけ。

 意識しないようにしていた素肌や体温までも意識してしまい、私はまたも脳の処理速度が色々と追いつかなくなってしまい、逃避するように気を失った——。






 優等生であれ

 巫女らしくあれ

 優しくあれ

 受け入れろ


 私を構成していた全てのものが、今は何の価値もなくなってしまった。


「ミオ、ほら口を開いて」


 そう言われ、少しずつ口を開くと、そこへロドさんが一口サイズに切り分けたケーキを滑り込ませる。

 只今、ロドさんの膝の上で横抱きに抱えられながらのティータイムだ。ロドさんが勉強だの剣術だの励んでいる間は、ロドさんと同じ部屋でハイルさんに文字の読み書きや呪術についてなどを習いながらも、ロドさんの時間が開けばこうやって密着して過ごしている。

 こちらの世界に来てから一ヶ月。

 最初の一週間程は頻繁に気絶していたが、それも今では収まりつつあるものの、全く慣れない。きっと顔は真っ赤だろう。

 心臓が激しく脈打っているのが分かるし、このまま死んでしまうのではないかと常に思うけれど、断る術を知らない。

 膝から下ろして欲しい。

 自分で食べられる。

 どう言えば相手を傷つける事なく言えるのだろうと考えるが、今まで相手に嫌われたくない為に断るという事をせず笑顔で受け入れてきた私は、現状、きっと血圧だの心拍数だの酸素飽和度だのが大変な事になっていそうだ。


「あ……ミオ」


 それでも大人しく咀嚼し、ケーキを飲み込むと私の顔を覗き込んでいたロドさんは何かに気がついたようで、顔を近づけてきたかと思うと、唇の端を舐めた。


「ごめん、ちゃんと食べさせてあげられてなかったね。クリームがついてた」


 あまりの事に、息が詰まり呼吸が出来なくなるほどパニックに陥る。

 空気を求めて、パクパクと口を動かしている私を見てロドさんはくすくす笑うと、抱き寄せて落ち着くように背を撫でる。

 何とか呼吸が整う中で、思う。私なんかで申し訳ないな、と。

 ロドさんみたいな素敵な人であれば、もっと美人で、性格良くて、賢くて……。甘え上手で素直で、上手く立ち回れるような……。


「ミオ」


 ふいにロドさんから厳しい声が振ってきた。

 顔をあげると、厳しい目をしたロドさんが視界に入る。


「例えミオでも、ミオ自身を貶めるのは許さないよ」

「な……」


 んで、と最後まで声に出す事は出来なかった。どうして分かったの?

 不安そうに揺れる瞳に、ロドさんはちょっと落ち着こうかと言って、コップを手に取ると水を口に含み、私に口移しで飲ませた。


「ーっ!?」

「ミオは今のままで十分魅力的で、僕にとって必要な人だよ。私なんて、なんて悲しい事を言わないで。ずっと見てたんだ。やっと触れられたんだ」


 口の端から溢れる水をロドさんは舐めとって言う。何やら疑問を抱くような言葉があったような気がするも、私の意識は全て聞くことなく遠のいた。


 ——そんな私達を憎々しげに見ているものが居るなんて事にも気がつかずに——




 ◇




 この世界に来てから、ロドさんの側を離れていると言えば、寝ている時間くらいだった。と言っても、部屋は隣だったりする。

 今日はロドさんが王に呼ばれたという事で、初めて一緒に居ない日を過ごす事になった為、ならばこの機会に少し外を散策してみようと外へ出た。

 知らない世界で一人というのは孤独感を感じるものの、やはりたまには一人の時間も大事な気がする。


 外の空気を思いっきり吸って、久しぶりとなる一人の時間を満喫していた。少し離れた所に庭園のようなものが見えたのでそちらに向かい、植えてある花々を見ている時だった。


「ちょっと!そこの貴女!」


 甲高い声が庭園に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る