第3話

 先ほどの美丈夫はスーツのような、しかしよく考えてみれば若干騎士のような装飾やマントがついていた気がする。

 目の前にいる女性はロングスカートのメイド服を彷彿させる。

 そして……私に用意されたのはフォーマルなロング丈のドレスに装飾を施したもの。結婚式とかで着るような、まんまドレス!という形ではないにしても、高そうな宝石等がついていて、少し足踏みした。

 というか、そもそも、格式ばった何かがない限り冠婚葬祭全て制服で通じる年代で、フォーマルな格好なんて今までした事もない。

 しかし、それを着る事が望まれているのだろう。

 躊躇ったのは一瞬で、すぐに覚悟を決めて、その衣装を身にまとう。汚さないように、引っ掛けないように気を配ろう。足の先から指の先まで神経を張り詰めて。それだけを脳内が支配した。







 緊張したままの私は曰く空中回路と言うような透明な道を歩き、浮かんでいる六角形の白い東屋へ向かう。

 頭の中で何かを考えるのは全て拒否した。

 ありえない状況に、ありえない空間。それ以上に今は服を汚さないようにという緊張感に全てを持っていかれている為、気絶するなんて事も出来ない。してはいけない、服が汚れてしまう。


「あぁ、ミオ。さすが似合うね」


 そこで待ち受けていたのは、先ほどまで居た美丈夫と、側にこれまた美形な濃紺の髪をした男性が後方に控えている。

 促されるまま、ドレスの裾を気にしつつ美丈夫の前に座る。大丈夫かな、なんて思いながら。

 私が座ったのを確認すると、テーブルの上にお菓子のようなものや飲み物が現れた。思わず目を見開く。


「口に合うと良いんだけど」


 そう美丈夫が言うけれど、これは口にしても大丈夫なのか。

 黄泉戸喫のように、その地のものを口にしたら、その地のものとなり帰れなくなる。なんて事が脳裏に横切った。

 ここは死者の国なのだろうか。私は帰れる……否、帰っても良いのだろうか。

 手を伸ばそうとするも、指先まで震えているのが目に見えて分かる。だけど、断る方法も分からない。


「ミオ、大丈夫、思っているような呪いのようなものはないから」


 すぐ隣で声が聞こえ、ハッとする。

 思わず驚きで目を見開いていると、美丈夫は一口サイズの丸く赤い果物のように見えるものを私の開いた口の中へ入れた。

 思わずそのまま飲み込んでしまって、味なんて分からなかった。


「大丈夫、大丈夫だからミオ。不安がらないで、緊張しないで。ミオが落ち着けるように用意させただけだから」


 美丈夫は優しい声で語りかけながら、少しでも落ち着くようにと優しく背を撫でてくれた。おかげで震えが少しずつではあるが収まってきているし、失いそうな気も、取り戻して正気を戻せつつある。

 人の手、暖かさは偉大だな。なんて、思えばこんな経験は遠い昔、幼い時だけな気がする。

 私が落ち着いたのが分かったのか、背をさするのをやめたが隣からは移動しない美丈夫は、そのまま話を始めた。


「まず、ミオには僕の側に居て欲しいんだけど」

「説明の順序を色々とすっとばしておりますよ。殿下」


 いきなりの宣言に言葉を失うと、濃紺の髪をした人が注意を促してくれた。

 自己紹介や世界の事など、まず色々話す事があるでしょう、と。

 受け入れられるかどうかは別として、なんて言葉も付け足していたけれど、確かにそうかもしれない。

 全てにおいて現実味がなく、意味もわからない。

 目の前にある飲み物を勧められたので、恐る恐る手に取って飲むと、ほんのりとした果実の甘さが口の中に広がり、少し息が楽になった気がした。


「そうか……そういえばそうだったな……」


 何から口元に手をあて、ブツブツ呟いていた美丈夫は、こちらに身体ごと振り向くと、私の手を取り甲に口づけながら自己紹介を始めた。


「私はロド。二十になる。この国での王子という立場だが、継承権がないので家名はない。ロドと呼んでくれ」

「ロド……様?」

「ただのロドで良い」


 やっと名前を知る事が出来たが、敬称なしというのは躊躇う。様という敬称を使うのも馴染みがないが、私は呼び捨て自体も馴染みがないのだ。


「ロ……ドさん……」


 慣れ親しんでいる敬称で呼んでしまうが、仕方ないと言わんばかりに微笑んでロドさんは頭を撫でてくれた。

 濃紺の髪の肩はロドさんの側近でハイルと言うらしい。

 この世界で身分というのは特になく、肩書きがそのまま家名になるようだ。教育の観念から、どうしても親がその肩書きを持っていると幼い頃から専門的に学ぶ機会が多くなる為に血筋という意味で繋がっていく事があるらしいが、それも確実ではないそうだ。出来が悪ければ容赦なく落とされる。

 そういう点は日本も同じかもしれない。親の職業を子が継ぐというのは、その職業への成り方、必要な知識等は全て親から学ぶ、もしくは親を見て知っていく機会が増えるのだ。

 かと言う私もそうだ。舞は見て盗む事もできたし、必要行事や手順なんかもそうだった。巫女って、どうやったらなれるの?なんて聞かれた事もある。

 当たり前のように神事を知り巫女になっていた私は言葉に詰まったのは遠い昔の事だ。


「ここは……どこでしょうか」


 あらかた、この世界の事を含めた自己紹介的なものを終えると、つい口に出てしまった。


「そうだな。ミオが居た世界とは違う世界とでも言おうか」


 思わず思考が停止してしまう。

 世界の歪みが出てしまっていたのか、舞が間に合わなかったのか。

 悲しみや後悔、どうしようという思いが胸に渦巻いて思わず涙ぐんでしまう。それに気がついたロドさんが私の背を撫で、ゆっくりゆっくりと、言葉が足りない部分はハイルさんが補ってくれつつ説明してくれた。


 この世界は呪術が蔓延る世界だそうで、呪術というのは分かりやすく言うと魔術だと言う。

 プログラミングや科学ののように手順や容量用法等が決まっていて、その通りにしないとしっぺ返しもある恐ろしいものだけれど、知識があれば誰でも使えるそうだ。

 治療から攻撃、生活、挙句……呪いまで。

 先ほど飲み物や食べ物が出てきたのも、山やこの東屋が浮いているのもそうだと言われると、白魔術や黒魔術なんて呪いのようなものより魔法という言葉がしっくりくるな、なんて思いながら話を聞いていた。

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