第1章 新生活

第1話 過去と未来

涼風まひろ「太郎君もすっかりこの家の住人ね。」


柊太郎「そうですかー?」


初めて出会った時から数日後、すっかり慣れた手付きで料理をしながら相槌を打つ。あの家に一人で住んでいる時から、家事スキルが相当高かった太郎であったが、まひろ家に拾われてすぐの頃は、環境が異なることや恩返しをしたい一心で立ち回っていたため、何かと空回りをすることが多かった。しかし、数日生活しているうちに、心の余裕ができ、まひろとの生活を楽しむことができるようになっていた。


涼風まひろ「今日も絶品ね。私も料理には自信がある方だけど、比べ物にならないくらいにおいしいわ。料理スキルはどこで習得したの?」


柊太郎「ありがとうございます。でもまひろさんのオムライスに比べたらまだまだです。料理は一人で暮らしているときに勉強しました。閉じ込められてて時間だけはあったので...」


涼風まひろ「そうなの...聞いてもいいかしら?閉じ込められてたって、太郎君はどうやって生活してきたの?」


柊太郎「わかりました。話します。」


柊太郎「私は母の浮気相手の子どもでした。浮気相手がどなたかは知りません。母はこのことを父に隠し、自分たちの子どもであると嘘を付いて出産しました。ですが、こんなことを隠し通すことは不可能です。出産から数日後にバレて、荒んでしまった二人はいつでも捨てられるように太郎という名前を命名したそうです。」


自分でも驚くほどすらすらと言葉が出てきた。きっとだれかに聞いてほしかったのだろう。


柊太郎「私が物心ついたとき、すでに家族はバラバラでした。母から当時の話を聞かされ、お前が生まれたから家族が壊れた。お前なんて産まなければよかった。と散々言われました。父は仕事から帰ってきませんでした。どこで仕事をしているのか、どのような場所で生活しているのかもわかりません。」


柊太郎「私は子供ながら、なんとか母に認められるように、様々なものを勉強しました。料理もその中の一つです。けれど、いくらがんばっても、ついに認めてもらえませんでした。そして成人した日に捨てられ、まひろさんに拾われました。」


柊太郎「認められるのはありえないのに、無駄なあがきを続けていた私のなにもかもを私はきらいです。誰かわからない人の血が流れている私がきらいです。誰かと肌を重ねると、嫌いな私は”自分自身”であると自覚してしまい、拒絶反応が起こってしまうんです。...あ!ごめんなさい!私ったら自分語りをしてしまいました...」


まひろさんがどこか怒っているような顔をしていたため、気付けば一方的に話してしまっていたと悟り、慌てて謝る。


涼風まひろ「いいのよ。話してくれてありがとう。いままでがんばったんだね。これからは自由に生きて良いのよ。」


柊太郎「ありがとうございます。まひろさんは私に価値を見出してくれた唯一の人です。これからはまひろさんのために生きていくと決めています。」


その意志はあの瞬間から変わっていない。太郎はあの日から、唯一自分のことを認めてくれた彼女のことを中心に生活している。太郎の中で、まひろの存在は神格化されていたのである。


涼風まひろ「あら、うれしいわね。でも自分の人生なんだから、自分の望むように生きていいのよ」


柊太郎「私の望みはまひろさんへの恩返しです。」


涼風まひろ「もう太郎君ったら。まあ時間がたてば、考えも変わるかもしれないわね」


柊太郎「......」


涼風まひろ「それはそうと、ここで生活を始めてから数日たったじゃない?私たちは同居している身、いうなれば家族みたいなものじゃない?もう敬語はやめにしましょ。」


柊太郎「わかりました。」


涼風まひろ「わかりました。じゃない!!!」


柊太郎「うぅ....わかったよぉ」


涼風まひろ「よろしい!」


神からの命令である。太郎は従う他なかったのである。


涼風まひろ「太郎っていう名前が嫌いなのよね。」


柊太郎「うん...」


涼風まひろ「じゃあ私が新しい名前を付けてあげるわ!ひいろ。あなたは今日から涼風ひいろという名前で私と一緒に生きていくのよ」


その瞬間、今まで持てなかった自分自身アイデンティティを持てたような気がした。ほんのちょっとだけ、自分のことが好きになったような、暖かい気持ちになった。未来への期待を持ったような気がした。まひろさんのことをもっと好きになった。


涼風ひいろ「仰せのままに。大好きだよ。」


涼風まひろ「!?うへぇ...私も大好きよ...」


.......


あれ?





―――――――――

あとがき


最後急にこっちに舵を切れーーーー!って囁かれたような気がして、気がついたら大好きエンドになってました。。。

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