どうだった?

「はぁ、はぁ……」


 僕と海斗は雑木林の入り口に座り込み、息を切らしていた。


「おかえり。随分慌ててるようだけど、どうしたの?」


 夕陽が心配してくれた。


「あはは。随分息を切らしてるね。水飲む?」


 朝陽が息を切らしている僕達を見ながら、笑う。


「な、なんでお前らは平気なんだよ……。お前らは『アレ』の声を聞かなかったのか?」


 海斗が声を震わせながら言う。


「アレ?」


 夕陽と朝陽が首を傾げる。


「お、俺たち聞いたんだよ! 気味悪い女の人の声! なっ、夏弥!」


 海斗が必死に、二人にさっき起きたことを説明し、僕に同意を求めてきた。


「うん……。すごい不気味だった……」


 僕も海斗に賛同した。今日はもう眠れないかもな……。

僕がそう思っていると、朝陽と夕陽が笑って言った。


「あはは、まんまと引っかかってくれたよね、兄さん!」

「あぁ。正直、こんな簡単に引っかかってくれるなんてね……。予想以上だよ」


 ……え、どういうこと? 引っかかってくれたって、これってもしかして……


「もしかしてお前ら……俺と夏弥を嵌めたな!」


 海斗が大声でそう叫んだ。

なるほど、今の海斗の言動のおかげで、大体何が起こったか分かったかもしれない。

僕は深呼吸をし、状況を整理した。


 おそらく、今の海斗の発言からするに、さっきの女の人の声も、朝陽と夕陽が

考えた仕掛けなのだろう。


「うん、当たり〜! 俺と兄さんで、夏弥達が驚いてくれる仕掛けを考えてたんだ!」


 朝陽がニコニコしながら言う。どうやら僕たちを驚かし、成功したのが嬉しかったらしい。


「実は、夏弥達がこの雑木林の入り口に到着する前に、僕と朝陽で、夏弥達を

怖がらせるための仕掛けをしておいたんだ」


 夕陽が僕たちに言う。


「仕掛け……? あ、もしかして、僕の首筋に何か冷たいものが触ったのも、朝陽と夕陽の仕業⁉︎」


 僕は朝陽と夕陽に問い詰める。


「おい夏弥。一旦落ち着けよ。いくら怖かったからって突っかかるのは良くないぜ」

「べ、べつに、怖がってるわけじゃない!」


 海斗が僕を止めようとしたが、僕は情けない声を出してしまった。

うぅ、我ながら動揺が隠しきれてない……。


「そうだよ。あの冷たいものの正体は、保冷剤だね。朝陽がこっそり夏弥達のあとをつけてね。保冷剤を、釣竿につけて夏弥の首に当てたんだ」


 夕陽が言う。


「なるほど。あの冷たいものの正体は保冷剤だったんだね」


 僕は冷たいものの正体が分かって、少しほっとした。


「お化けじゃなくて良かったな、夏弥」


 ふと海斗の意地悪い声がした。

僕は海斗を睨みつける。海斗だって、女の人の声が聞こえたとき、

ビビり散らかしてたくせに……。


「それにしても、あとをつけられてたなんて、全然気づかなかったな……」


 海斗が言う。

僕も同感だ。朝陽が僕と海斗のあとをつけてたことが、信じられなかった。

全く物音もしなかったし、気配も感じなかった。

 正直、幽霊よりも朝陽の方が怖いなと思った。


「じゃあ、あの女の人の声は……⁉︎」


 海斗が朝陽に質問する。


「あぁ、あの女の人はね……」


 朝陽が口を開いたそのとき……


「その件は、俺から説明させてもらうね」


 いつのまにか背後に人影が立っていた。


 正直、今日一番活きの良い(?)悲鳴が出た。



    *



「う、汐……⁉︎ お前、なんでここに⁉︎ 」


 僕は背後の人影––––汐に、問い詰めた。


「か、風邪引いてたんじゃなかったのかよ⁉︎」


 海斗も、動揺して言う。


「うん。実は、汐は、風邪引いてなかったんだ。あれは嘘だよ」


 夕陽が、さらりと重要そうなことを口にする。


「えっ、風邪じゃなかったの⁉︎」


 僕は汐に言う。


「うん。朝陽と夕陽から相談されたんだ。夏弥と海斗を驚かすための

相談をね。それで、俺が女の人の声をスマホから流して、夏弥達を驚かせる

担当になったんだけど……。せっかくだし、サプライズで驚かせてやろうと

思って、夏弥達には風邪だって嘘ついて、俺は夏弥達を隠れながら待ってたんだ」


 汐が淡々と説明する。


「保冷剤に、女の人の声でしょ。それに、サプライズで汐を登場させて驚かせる!まさか、汐もぐるだなんて思ってなかったでしょ?」


 朝陽が意地悪そうな笑みを浮かべて言う。


「まさか、そんなこと考えてもみなかったよ。だって、汐は風邪だって言うし……」


 僕は朝陽に言う。


「あはは、作戦大成功! 俺と兄さんと汐の三人で、海斗と夏弥驚かせ作戦

大成功ー!」


 朝陽が元気に言う。


「……まんまと引っかかっちゃったな、俺たち」


 海斗が言う。

情けないけど、僕も悲鳴をあげて逃げ出してしまったのは確かだ。

ここは素直に、認めるか。


「僕、海斗に隠してたけど、実はお化け怖かったんだ……」


 僕は海斗に耳打ちする。


「いや、全然バレてたけど?」


 海斗が僕にツッコむ。えっ、バレてたの⁉︎ 自分では隠してたつもりだったんだけどなぁ。


「そんな、自分ではバレてないつもりだったのにな」


 必死に、でも、海斗だって、女の人の声聞いた時に

すごい驚いてたし、人のこと言えないんじゃない?」


 僕は海斗に言い返す。


「う……それはそうだけどさ……」


 海斗は口籠る。


「嘘ついてごめん。……でも正直、二人の驚きようは面白かったよ。

今思い出しても笑っちゃう……っは、ダメだ、あははは……」


 汐は僕たちに謝ってくれた。しかし、僕たちの驚きようがよほど面白かったのか、

思い出し笑いをしはじめた。


「まさか汐に驚かされるなんて、悔しすぎるな」


 海斗が悔しそうに顔を歪める。


 僕も同じくらい悔しい。さすがは頭の回る三人だ。

朝陽と夕陽、それに汐に一杯食わされてしまった。

夕陽はそもそも賢いし、朝陽もあんな仕掛けをよく思いついたものだなと感心する。


 しかし何より意外だったのは、汐だ。あいつ、あんまりこういうイベントとかに

積極的に参加するようなタイプじゃないと思ってたのに……。


 そう思いながら、どこか心の中で楽しんでいる自分がいた。


 雑木林の中から、虫の鳴き声がした。








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