幼き主人
「お帰りなさい、みやた。」
『
縁側で何やら書物を読んでいたらしい深鈴が、彼の姿を見つけて嬉しそうに声をかける。
「……。」
「みやた?」
「あ……。深鈴様、只今戻りました。」
一瞬彼女の声に反応できなかった深八咫は、我に返ったというように一つ大きく息を吸い、主人の前へ跪いて頭を下げる。
傍にいた別の忍びはそんな深八咫を見て怪訝な表情を浮かべたが、自分は用済みだと判断したのか、深鈴に一礼するとその場を去っていった。
深鈴はおかえり、と言って深八咫の帰りを喜んでいたが、彼の額にいくつもの小さな傷がある事に気づいてはっとする。
「みやた!怪我が……」
「怪我、ですか?」
「はい。じっとしててください」
深鈴は、羽織の袂から小さな手拭いを出すと、血の滲んだ深八咫の額の傷に触れようとする。
深鈴の思惑としては手当の道具もないので、汚れでも拭っておこうというもの、だったのだが。
「……っ!」
深八咫は咄嗟に深鈴の手首を掴み、それを静止する。
深鈴はきょとん、として彼の顔を見ていた、
「その、汚れますし……大丈夫ですから、お気になさらず」
「そう、ですか。」
視線を逸らし、しどろもどろになる深八咫。
深鈴は、解放された腕を大人しく下ろす。
その小さな手に握られた手拭いが、所在なさげに主人の膝の上に戻された。
「みやた、何かありましたか?」
「え?」
「なんだか、不安そうでしたから」
不安という深鈴の言葉に、深八咫は一瞬言葉を詰まらせる。
しかし彼は努めて冷静を装うと、一言「平気です。」と返した。
すると深鈴は詮索する事を諦めたのか、ぱんぱん、と手を打って使用人を呼びつける。
そして手当の道具を持ってくるよう言い付けると、深八咫を隣に座らせ、ただ黙ったままそこに居た。
「……。」
深八咫は、ふとこの小さな主人に自身の思惑を打ち明けたらどうなるのだろう、と考える。
彼女は、肯定してくれるだろうか。
それとも、そのような愚かな真似はやめろと諌めるのだろうか。
……だとすればその時、自分はどうするのだろうか。
その疑問が頭をよぎった時。
深鈴の視線が自身に向けられているのを感じて……深八咫は、それ以上の事を考えるのを、やめた。
虚月夜 はるより @haruyori
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