絶望した少女は何を得たか?

 午後二時十四分。客があまりいない時間帯のファミレスで響はソファーに座っていた。目の前にいる三人が和気あいあいと話している姿を見つめてから、右を見る。隣では佐倉井が動揺しており、奥では鈴佐が真剣な顔つきで座っている。


 周りの雰囲気を感じつつ、響は横にいる佐倉井に話しかけた。


「佐倉井さん、質問したいことがあるんですけど話せそうですか?」

「……すみません、ちょっと難しいです」

「…………わかりました」


 響が視線を切ると、目の前にいる一倉が手招きをしていた。一倉の隣で騒いでいる桜江と藤堂を横目で見てから顔を近づけると小声で話し始める。


「どうですか? 聞き出せそうですか?」

「う――ん……少し難しいかも」

「そうですか。それなら、僕から仕掛けてみますね」

「ありがとう、お願いするよ」


 響がソファーに背をつけると、テーブルに両手を置きながら一倉が話し始める。


「佐倉井さんってさ、サッカー上手いよねぇ」

「え、ほ、本当ですか!?」

「うん。練習試合見てたけど、大人のコーチたちと遜色無いプレーできてたと思うよ。後ろからの指示も出来てたし、判断も的確。ボランチとしては最適解じゃないかな」

「え、えへへ……そんな風に褒められると、嬉しいです」


 隣にいた佐倉井が頬を赤らめながら髪を回している姿を目にした響は「なかなかやるなぁ、一倉君。女性キラーかな?」と思った。部内やお見舞いで会った際の一倉とのギャップに響は目を丸くするばかりだ。


「高校だとサッカーはやらないの?」

「はい。高校は男子サッカー部しかないのでここでやってます」

「そうなんだ」

「けど、楽しいです! 先生も優しいし、下の代も順調に育ってます! 並みの男子サッカー部なら圧倒出来ると思いますよ!!」

「凄いね! それも、佐倉井さんの賜物だ!」

「ありがとうございます……! こんなに……こんなに褒めてもらえるの……ひさしぶりです……っ……」


 響が感心していると、事態が変化する。隣に座っていた佐倉井が涙を流したのだ。その様子に気がついたミステリー同好会のメンバーが視線を向ける。


「一倉、何か変なことはやっていないでしょうね?」

「や、やりませんよ!?」

「……別に、カマかけただけだけだから真に受けないでよ」

 

 鈴佐の言葉を聞いた一倉が席に戻ると同時に佐倉井が体勢を戻した。


「皆さん、すみません。ちょっと思い出して、泣いていました。少し落ち着いたので、今から話そうと思います」

「……本当に、話せそうですか?」

「はい。たどたどしくなるかもしれませんが……頑張ります」


 泣きそうな顔になっている佐倉井を真剣な顔で見つめながら響は話を聞くことにした。


「少し、昔の話からしますね。私は、中学時代からクラブバーネスの女子サッカーチームで活動していました。サッカーが好きだからというのもあったんですが、何より友達のさりながいたからっていうのが大きな要因です。


 さりなは私にとって、唯一と呼べる友人でした。物静かで、あまり人と関わらない。けれど誰よりも優しくてまじめで頑張り屋さんな彼女のことが大好きでした。


 ……まぁ、私は本人がどう思っているか聞いたことが無かったので実際のところ何番目に好いている友人なのかはわかりませんが、私は一番彼女が好きだと本気で自負できると思います。はい。


 少々話が脱線しました、戻します。そんな日々が終了したのは、六月二十三日のことでした。その日は緑岡高校って呼ばれる学校と試合があったんです。先日に数少ない友達と再会して助っ人になってもらったことを覚えています。その試合がどうなったかは覚えていませんでした。試合が終わった後、私は数少ない友人と別れてさりなと一緒に帰っていました。建物から見える夕焼けや、綺麗な陽射しが美しいなと思いつつ歩いていました。その日も、それからも、ずっとずっと彼女と一緒にサッカーを続けていけると思っていました。


 なのに――現実は、違いました。


 ――ごめんなさい、ほのみ。

 ――私、サッカーを辞めることになった。

 ――それと、もうこれからは会えない。


 私は耳を疑いました。彼女がそんなことを言うはずがない。誰よりも聞き上手で、私なんかに優しく接してくれる彼女がそんな酷いことを言うはずがない。私はただ、そう思い聞かせようとしました。でも、さりなは私の言葉を否定します。とても静かに、私の言葉を否定します。


 理由を問い詰めても、教えてくれませんでした。悶々となぜという言葉が頭の中を支配する中、私は別れました。その日から、彼女はクラブバーネスに顔を見せなくなりました。連絡を何件も送っても、メールを送っても、彼女は答えてくれません。


 理由は単純でした。彼女が、アイドルになっていたからです。アイドルになれば、様々なことが忙しくなってしまう。だから、サッカーをやめたんだ。私なんかよりもそっちの道を選んだんだ。仕方がない。夢を追ったのなら仕方がない。私は、自分に言い聞かせようとしました。


 けれど、その日から、ぽっかりと穴が開いたんです。その穴は、不思議なことに、じくじくと痛みを持っていました。そして、私の心をずっと蝕んだんです。それが何かを知ることができたのは、高校でした。


 入学して三日間、私は少し浮いていて。あまり友達もいない状況でした。理由は単純で興味を持ったことにはとことん話せるけど、他のことには興味を持てないそんな幼稚な気持ちが招いた結果でした。


 私は、中学時代よりも友達が減った現実に耐えられなくなったりしました。人よりも勉強が苦手な私にとって、唯一の楽しみが友達付き合いなんです。どんなことでも、どんなことよりも友達が好きなんです。たったそれだけなんです。


 そこで――私は気が付きました。私はつらかったんだって。私は、友達がいないと何にもできない存在なんだって。気が付いてしまったんです。


 ぽっかりと空いた穴が開く感じがしました。


 その日から、たまにテレビでさりなが映る姿を目にしました。明るい光を浴びながら愛くるしい笑みを浮かべている彼女は、サッカーしている時よりさらに明るくて、輝いている。そんな風に感じたんです。私から離れたから、そんな存在になれたんだ。私がいなかったから、そうなれたんだ。


 私なんかより、彼女は何倍もすごいんだ。そんな彼女が頑張っているんだから、私も頑張らなきゃ。そう思って、自分なりに頑張っていたんです。少し話し方を変えたり、性格を変えたりしたら、少しづつ話せる人もでき始めたんです。人は変われる。そんなことを、頭がよくないなりに思ったりしました。


 またまた話がそれてしまいましたね。

 すみません、ちょっと話したいことが多くて。

 そろそろ、本題に入りますね。


 あの日は、四月十一日でした。学校が始まって一週間位経った頃、少しづつ話せる人ができて軌道に乗り始めていました。人は変われるんだって少しづつ強く思いながら日々を過ごしていたためか、勉学にも力が入っていたのを覚えています。


 そんなことを思いながら午前の授業を受けて、昼休みになりました。私は普段のようにお弁当を食べるためにカバンを漁っていたんです。そんな時でした。私のスマホが鳴ったんです。知らない電話番号でした。私は間違い電話だったら面倒だなと思いつつ、それをとりました。


 ――久しぶり、ほのみ。元気?


 驚きました。声が明らかに、さりなだったからです。私は女子トイレに走って向かった後、小声で電話を続けました。様々なことを話しましたよ。えぇ、沢山、沢山。正直、電話で昼休みが終わるんじゃないかってぐらいには話しました。


 それほど嬉しかったんです。私が嬉しそうに話を続けていると、チャイムが鳴りました。それが、授業の合図だと私は理解し、電話を切ろうとしました。

 

 ――待って、最後に一つ聞いて。

 ――あなたに、会いたいの。場所は私が通っている学校前の公園で。


 予想外でした。会えるなんて考えていなかった私は首を上下にせわしなく動かしながら受け入れました。その日の授業は、全く頭に入りませんでした。


 学校が終わると、すぐに電車へ乗って公園前に向かいました。学校の近くでは、芸能人に見えるような方々が多くいました。グラマラスな方や、美顔を持つ人たちを見るたびに胸が跳ねるような気分になりました。


 そんな中に、一人見慣れた少女を見つけました。それを見た瞬間、私は大声で名前を叫びました。言葉を聞いた彼女は、優しく微笑みながら挨拶を返しました。


 ――久しぶり、ほのみ


 言葉を聞いた瞬間、私は無我夢中で彼女に抱き着きました。柔らかい感触と、朗らかな匂いを持った彼女は本人であるとすぐに理解できました。嬉しかった私は、ゆっくり話をしたいなと思いカフェに行こうか、図書館に行こうかと提案しましたが彼女は微笑みながら断ってきました。


 ――タクシーに乗って、遠くへ行こう。


 静かにそう聞いた時、私は驚きました。そんなにお金がなかったからです。私は払えないよと伝えましたが、さりなが全額払いたいと口にしていたので渋々了承をすることにしました。


 その場所に到着したのは、夜六時ぐらいでした。周りに全く人がいない場所にある公園に、彼女は向かっていたのです。私はどういうことかわからず、困惑していました。彼女に聞いても、何も言ってくれなかったんです。私は妙な不安感を抱いていました。


 ただ、その時は特に問題もなく公園に入ったんです。公園の中は暗くて、視認できるのはブランコと人が隠れられそうな草木ぐらいでした。そんな公園の中、私たちはブランコに乗っていました。


 ただただ、静寂が訪れました。こっこっとなる時計の音が、静かな夜を満たしていたのを覚えています。そんなときでした。さりなが妙なことを言ったんです。


 ――これから、私は死ぬかもしれない。だから、貴方はそれを見てほしい

 ――けどね。もしあなたが勇気を出せたなら――私の恋人に伝えてあげて


 さりなはそう言ってからメアドを渡してきたんです。そのメアドは、一倉君のものでした。直後、さりなが私に聞こえる程度の声で指をさしました。


 ――今すぐあの草木に隠れて! 今すぐ! 隠れて!!


 私は目を丸くしながら人が隠れられるぐらいの草木に隠れました。けれど、何が起きているのかが知りたかった私は軽く草木から顔を出したんです。


 そこにいたのは、悪そうな見た目の男たちでした。人相が悪い男たちの手には鈍器のようなものが握られています。それを見た瞬間、私は言葉を失いました。男たちの目線が明らかに、気持ち悪いものだったからです。


 私は、ここから出たら死ぬなと思いました。同時に、出なければ彼女が死ぬ。そう思ったんです。動け、動け、動け、動け。私は自分の足をたたきながら心の中で叫びました。でも、動きません。私の足は、全く動きません。


 そんなときでした。さりなの声が聞こえてきたんです。


 それは、普段とは考えられないような大きい声でした。まるで、誰かに伝えるようにするために出したような声。それを聞いて、私は理解しました。


 彼女は、記録させるために私を呼んだんだと。


 私は、死ぬかもしれないと思いながら彼女の姿を動画で撮影しました。必死に大声を出して、複数の男たちに自分のことを伝える彼女を見つめながら、私は必死に動画を撮り続けました。


 私は、息を殺しながら彼女の声を記録し続けました。

 そうして、記録を終えたとき――彼女の姿はどこにもありませんでした。


 まるで、最初からいなかったような状態でした。

 私は――泣きました。ただただ、泣きました。


 自分が、馬鹿で、弱い、そんな存在であることに――


 絶望して、泣きました。」

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