探偵少女は友人に接触する

 響たちは昼を回った蕨市駅前を歩いていた。空は雲一つない快晴で、風もない。目的地へ行くには最適な条件が揃っている。街を歩く度に他国から訪れたであろう人々の姿が見える。


「結構外国から来ている方とすれ違うけど、もしかして多いのかな?」

「う――ん、分からないわ」


 鈴佐が小首をかしげながら考えを巡らせていると、先頭を歩いていた一倉が振り返り返事を返す。


「蕨市にある様々な規模の町工場で外国から労働者が働いているって外国人のコーチから聞きましたね。蕨市に住んでいる外国人も多いと聞いてます」

「へぇ――そうなんだ。知らなかったな。教えてくれてありがとう」

「別にいいですよ。これ位、造作もないことなんで」


 お礼の言葉を聞いた一倉は右手に持ったスマホに視線を戻す。足音が長針の針のように軽快に鳴り響いている。その中に一つ、不協和音が混じっていた。響だ。


 響は鈴佐と楽し気に談笑している裏で、もう一つの様子を定期的に確認していたのだ。それは、藤堂と桜江の会話だった。興味を惹かれている男が他の女と喋っているのはやはり怒りが生じるのだ。


 響はそれが嫉妬心とは理解しても、顔や声には出そうとしなかった。表に出せば、かっこいい探偵と言う理想が崩壊してしまうからだ。決してバレないように心掛けながら一挙一動を見落とさないように意識を向けなければならないのは、骨が折れるものの響にとっては造作もないことである。


「どうしたの、響? 時々違う場所みているけど……はっ、まさかミステリー!?」

「違うよ、鈴佐ちゃん。ただ、この場所がどんなところか知っておきたくてね」

「そっかぁ……まぁ良いわ。ミステリー関連で気になったことがあれば相談してね。私が直ぐに動くからね!!」

「ふふっ、ありがとう」


 響は冷や汗を浮かべながらふ――と息を吐いた。響は忘れていた。彼女の隣にいる人物は超絶ド級のミステリー好きの一般少女なのだ。ミステリーに精通しており、趣味もミステリーに関連する内容を好んでいる鈴佐がいる以上、下手な視線移動は感づかれる恐れがある。


 冷静に分析した響は視線を向けずに声を聞くことに集中した。

 すると、二人の会話内容が少しづつ聞こえてくる。


「そういえばさ――昨日は大変だったんだよ」

「一体何かあったんですか?」

「それがね。私たち変な奴らに襲われたんだよ。チンピラって言うのかな」

「えぇ!? 大丈夫だったんですか!?」

「海瀬さんが私たちの事を助けてくれたから、無傷だったよ」

「ほっ……そりゃ良かったです」


 藤堂たちは昨日の事件について話しているようだ。告白や恋愛の話ではない以上咎める必要は無いと思った響は真剣な顔でうなずいていると、視線の先に少し大きな建物が入った。軽く外観を見ていると、一倉が立ち止まって振り返る。


「着きましたよ。バーネスの練習場所、西嘉山にしきやま高校です」


 西嘉山高校と呼ばれた場所は、響が通っている学校よりも少し小さかった。事実、響たちが通っている市立国潟高等学校よりも生徒数は少なく、外観も少し昔のような雰囲気が漂っている。グラウンドは砂で構成されているらしく、奥にはモップが置かれている。


「私たちの学校を干潟って言う人たまにいるけど、案外普通かもね」

「そうっすねぇ。皆そう言うんで他の学校どうなんだろって思ってましたけど、正直言うとそこまで大きな変化ないっすね」


 響は干潟の話で意気投合している藤堂と桜江を作り笑いで見つめていた。幸い、他のメンバーは学校に視線を向けていたため、響の怖い顔を見ることは無かった。


「……ん?」


 とある人物が響の視界に映る。響と同じぐらいの身長を持った黒いポニーテールの少女だ。赤く染まった柔らかそうなほっぺたを持った少女は、響を見るや否や慌てて電柱の陰に隠れた。


 響はショックを受けた。


 作り笑いが予想以上に悪い反応だったからだ。

 響は顔を覆いながら地面に座り込んだ。


「ど、どうしたのよ。響」

「ダメだ……私やっぱり笑っちゃいけないんだ」

「……何言ってんの?」


 鈴佐は呆れ顔で響を見つめながら事情を聴きだそうとしていた。


「一体どうしたんだろう……って、あれ?」


 一倉が学校から視線を切り響の方へ体を向けた時、一人の少女が電柱に隠れていると気が付いた。彼はこめかみを右手の指で掻きながら少女の前に近づく。


 少女の肩を後一歩で叩ける範囲に入る、と思われた直後だった。


「ご、ごめんなさい。許してください!!」


 少女が電柱から飛び出して一倉に頭を下げたのだ。突然の謝罪に理解が追い付かなかった一倉は困惑した表情で諭した。数秒間かけて相手を冷静にさせた一倉は相手の姿を確認していく。


 胸元まで来た時、彼は服に書かれた文字に気が付いた。


「クラブバーネス……か。君、今日ここで練習予定の子?」

「はい、そうですけど……私、何か悪いことでもしましたか? あそこで蹲っている人に無茶苦茶怖い顔で見られたんですけど……」

「見間違いじゃないかな。あの人はそんなことしないし」

「そ、そうですか……」


 一倉の言葉を聞いた少女は目線をそらしながら胸元に手を置いている。

 呼吸が早く、赤い頬がより赤くなっていた。一倉は右手で後頭部を軽く掻いた後、相手の視線に合わせながら質問する。


 一倉は顎に手をやりながら少々考えた後、言葉を口にした。


「聞きたいんだけれど、佐倉井ほのみさんって知らないかな?」

「佐倉井は、私ですけど……どうかしたんですか?」


 一倉は目を丸くした。目の前で怯えている少女が佐倉井だと全く考えていなかったからだ。一倉は少し深呼吸を行ってから、佐倉井に質問する。


「取り合えず、ちょっと聞きたいことがあるからいいかな?」

「は、はい。良いですけど……」

「良かった。それじゃ、僕についてきてください」


 一倉は佐倉井の左手を右手で軽く握りながら歩道を歩く。二人の足音だけが響き渡る中、一倉は響たちの前に到着した後、手を離し佐倉井の背後に着いた。


 佐倉井が体を震わせながら動揺していると、腕を組んだ鈴佐が質問する。


「それより、この子本当にサッカーやっているの? 将棋やってそうな雰囲気を醸し出しているけど……」

「舐めてるんですか? 私はずっとサッカー一筋ですよ? 何なら今ここでサッカー勝負しても良いですけどどうします? やりますか?」


 鈴佐の言葉を聞いた佐倉井が語気を強めながら彼女に詰め寄る。その言葉を聞いた鈴佐は「いいよ、やろうやろう!」と何故か乗り気だ。不味い状況になった一倉が必死に頭を使っていると、思わぬ救世主が入ってきた。藤堂だ。

 

「すみません、うちの部長こんなんですけど真面目なんで許してあげてください。取り合えず落ち着いてくださいね。ほら、まずは深呼吸しましょ。吸って、吐いて」

「ス――ハ――ス――ハ――……と、とりあえず要件を聞きましょう」


 藤堂が鈴佐から少し恨みを買うという形で一旦話の収拾がついた。

 そんな状況の中、立ち上がった響が質問する。


「私たち、三竹さりなさんの行方を調査しているんです。有益な情報があったら提供してくれると助かります」


 響が三竹の名前を口にした直後、佐倉井は目を大きくひらきながら後ろを向いた。一倉の顔や体格を確認した後、口を開く。


「…………もしかして、一倉さんですか?」

「……そうです。三竹さんとは、お付き合いさせていただいています」

「……そっか。そういうことか」


 佐倉井は下を向きながら戸惑いを顔に浮かべた。様々な感情が複雑に絡み合った表情であたふたと体を動かした後、目を瞑る。眉間にしわがよるほど強く閉めた後、真剣な顔で響たちを見て言葉を口にした。


「その日――私は、さりなが誘拐される現場にいたんです」

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