探偵少女は事実を言われて少しへこむ
バーの事件から一夜明け四月二十二日を迎えた。朝ご飯を終えた響は洗顔した後、不器用な笑みを見つめてから顔をしかめる。
「ダメだぁ。笑顔が、下手すぎる」
響は長い溜息を吐きながら柔らかそうな髪の数本を回した。チラリと鏡に目を向けても、可愛らしい笑顔はなく困惑した表情が鏡に映る。
「初対面の人に会うのに、これで大丈夫かなぁ」
今日、響たちはクラブバーネスに所属している佐倉井ほのみに接触する。彼女から事件に関連する情報を聞き出し、早期解決に結びつけるためだ。
素早い情報調査をする上で、コミュニケーション力は重要な点だ。相手に良い印象を抱かせれば話を引き出しやすくなる可能性はあるが、逆はほとんどない。不信感を与え、情報調査を無意味に長引かせる要因になる。
「いやいやいやいや、駄目だ駄目だ。もう少し練習しないと」
響は両頬をぺちぺちと叩いた後、笑顔を作った。数秒前に作った笑顔よりは人が見ても恐怖心や不快感を与えない表情になっていた。
「お――い、そろそろ時間だぞぉ」
扉を叩く音とともに、稲本の声が聞こえてきた。響は口を軽く開いてから「分かった。そろそろ出るね」と言ってから自室に戻る。
そして、前日に用意したリュックの荷物を再確認した。
「スマホよし、財布よし、筆記用具よし、と」
一通り準備を終えた響は部屋の窓から外を眺めた。
ほとんど雲が無い青空が広がっている。最高のお出かけ日和だ。
響は軽く頷いた後、自室を後にし玄関前に向かった。
下駄箱を確認すると、先日履いていた靴は見当たらなかった。
「すまないな、響。まだ靴は洗っている途中でな」
「そうなんだ。洗ってくれてありがとうね」
「あぁ、良いってことよ。車とかに気をつけてな」
「うん。じゃ行ってきます」
「行ってらっしゃい」
少し目尻を下げながら響は家を後にした。
ビルから出ると、眩しい陽射しが射し込んでくる。
響は細目になりながらその場を後にした。
自動車や建物を横目で確認しながら川口駅の階段を登り改札前に向かう。電車の電光掲示板に目をやると、次の電車が九時三十四分に到着することと五分間遅延している情報が把握できた。
「少し早く到着しちゃったかなぁ」
響が顎に手を当てながら頷いていると、右肩を優しく触られた感触があった。
「わっ!」と声を出しながら前に数歩歩き、後ろを振り向く。
彼女の視界に映ったのは、灰色のフード付きシャツの下にジーンズを履いている男だった。ツーブロックの黒髪を左手で擦りながら目を丸くした男は首を傾げながら響を眺めていた。
響は眉間に皴を寄せつつ口を尖らせる。
「一倉君……驚かせないでよ。私驚いちゃったじゃん」
「え、あぁすみません。僕が何かしましたか?」
「私の肩軽く触って来たじゃん」
「いや、触ってないですよ」
「え、そうなの?」
「はい、本当ですよ」
響は一倉の顔をじっと見つめた。嘘をつく人物は目をそらしたり笑みを浮かべてごまかそうとする人間が多いが、数秒見つめても該当する行動を一倉は行わなかった。
「私の勘違いだった。本当にごめん」
「別にいいですよ。それより、今日何を聞くかは考えましたか?」
「うん、三つ考えてきたよ」
「ありがとうございます。それじゃ、もう少し待ちましょうか」
「そうだね」
その後、響は一倉と軽い世間話をしながら時間を潰す。
十分程度経過すると、鈴佐たちがやってきた。
オシャレな服を着た鈴佐や桜江、渋い服を着た藤堂の姿が見えたが、先輩の姿はなかった。受験勉強で忙しいのだろうと響は感じていた。
「おはよう、響」
「おはよう、鈴佐ちゃん。今日も服似合ってるね」
「ありがとう、響。さて、皆揃っているようだし行きましょうか」
鈴佐の号令の下、響たちは駅構内で停車していた電車に乗った。
平日は人でごった返している京浜東北線の車内は閑散としている。
響は七人座れる席の一番左に腰掛けた。
しきりに軽くよりかかっていると隣に鈴佐が座る。
「響、アンタ昨日は大丈夫だった?」
「お陰様で調子は取り戻したよ。昨日は声荒げてごめんね」
「大丈夫よ。桜江も文句は言ってなかったし。それに、ほっとしたわ。響も嫌な事は嫌だなって思う感情があるんだなって」
「ちょっと待って、私そんなに感情分かりにくい?」
「うん。響は喋ればわかるけど、顔だけだと何考えてんのか分からない。アンタは自分の命を蔑ろにした行動するから、何考えているのか分からなくなるのよ。前回の事件だって私たちに何も言わずに『人質になる』とか言い出すから本当に心配したのよ」
真剣な顔で言葉を口にする鈴佐を眺めながら響は行動を思い返した。
同好会最初の事件。
響が単独で犯人を捕まえるために行動した結果、命の危機にさらされた。
そして、先日発生した事件。
響が人質になり油断した犯人から情報を抜き出し撃退したが、最悪の場合取り返しのつかない事態になる恐れがあった。
とどのつまり、響は自分の命を利用して様々な事件に挑戦しているのだ。傍から見れば狂人と言うほかないだろう。
響は長く息を吐いた後、鈴佐の方に体を向けて頭を下げた。
「本当にごめん、思い返したら私相当死に急いだ行動してるね……」
「はぁ……やっと気が付いたのね。そうよ、アンタは大馬鹿。自分の命を簡単に解決方法にあげちゃう大馬鹿よ。少しは、私達のことをもっと信用しなさいよ」
「ちゃんと信用はしてる、けどね……」
響は胸の前で人差し指を合わせながら目をそらした。機嫌を取るためか、少し口角が上がっている。鈴佐がそんな響を眺めながら軽くため息をついた。
「まぁ良いわ。説教しようと思ってるわけじゃないし。ただ、こっちが思っていることを分かってくれればいいわ。さて、と。皆、目的地に着いたし降りるわよ」
響は電車を降りる。蕨駅と書かれた看板を見てから辺りを見渡すと階段が見えた。響は皆に置いていかれないように気を付けながら階段を登った。
「取り合えず、蕨駅に着いたわね。一倉、ここからどう行くの?」
「僕が知っている場所にあるなら、駅から少々歩くところにあります。ただ送信元の相手と連絡を取れていないのでいるかは分からないですね」
「え、そうなの?」
響が神妙な顔つきで呟くと、一倉が響の顔を見ながら言葉を返した。
「はい。昔お世話になったコーチに聞いたんですけど佐倉井さんは連絡なしに来る人らしいので、いるかどうかわからないんですよね。こちらからメールしても、佐倉井さんは返信をくれませんでしたし……」
「そっかぁ、そうなんだぁ……」
響が吐息交じりの言葉を口にしていると、鈴佐が一倉の前にやってきた。
「かと言って引き返すわけにはいかないでしょ。三竹さりなを救うことが出来るのは、彼女の事を理解している一倉だけだからね」
「宮前さん……そうですね。さりなを直ぐに救うためにも、こんなところで立ち止まる訳にはいきませんね」
鈴佐の言葉を聞いた一倉は瞳に熱を込めながらはっきりと言葉を伝える。表情が引き締まっており、背筋も良くなっていた。
「それじゃ、皆さん。行きましょうか」
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