探偵少女の情報調査 ③(副題:グッドバイ)
二十、三十の容貌を持つ男は響たちに下卑た視線を向けた。
響はポケットの中を確認してから顔を強張らせつつ、仲間達を目で追う。
ミステリーオタクの鈴佐は、何度も口を開閉しながら恐怖心を紛らわそうとしていた。時折、響と目が合うと申し訳なさげに眉を八の字にする。
将棋を指す時に気性が荒くなる桜江は、丸椅子とカウンターの間に挟まりながら震えている。「助けて」と声を震わせていることから、理性を保つのが難しい状態だろう。
響は心の中でまずいと感じた。
万が一相手が銃を携帯していたら、自分たちが人質になりかねない。
もしそうなれば、鈴佐達は理性を保てないだろう。
彼女たちの人生を狂わせる訳にはいかない。響は心の中で決意しながら脳内で盤面を構築する。一つ一つ、相手がする可能性のある要求を想像し、解決策を導き出す。
文字に書かずに盤上で想像するのは至難の業だ。
それを理解していても、響はやるしかなかった。
頭の中で想像する中、マスターたちの話声が聞こえてくる。
「マスター、今月のみかじめ六十万を渡してもらおうか?」
「断る。お前達に許可を貰わないと出来ない事業はしていない」
「あぁん? 舐めてんのかおっさぁん!?」
男の一人がテーブルを蹴り飛ばした。
倒れる音が店の中に響き渡り、緊張感が増す。
テーブルを蹴り飛ばした男は首音を鳴らしつつ、マスターを睨みつけた。
「アンタに断る権利なんてねぇ。力が無い人間は、全てを奪われる。それが、俺達の流儀だ。アンタは弱い。だから、俺達に従え」
「断ると言っているだろう!」
マスターは顔を赤くしながら怒鳴った。響の横を、ビール瓶が通過した。ビール瓶はくるくると回転しながらテーブルを蹴った男の顔面を捉える。
もろにくらった男は壁に当たった後、地面に倒れこんだ。額からは
「おい、おっさん。何をしたのか分かっているのかぁ……?」
どすの強い声を出しながら、男が響たちに視線を向ける。右手を後ろのポケットに入れ、何かを取り出した。それは、本来日本では存在することの無い武器だ。
乾いた破裂音が響くと同時に、響の後頭部に生温かい感触が伝わる。
思考を中断し、振り返る。
そこにいたのは、右肩から赤い血を流しているマスターだった。
苦悶を顔に滲ませながら酒が入った棚に背中を付ける。傷口を左手で抑えているが、血は止まる気配を見せない。響が息を呑みながら冷静さを保とうとしていると、一人の少女がマスターに駆け寄った。鈴佐だ。
「マスター! ねぇ、マスター!?」
「これくらい……何てことねぇよ……くっ……」
マスターはそう言いながら真っすぐ立った。
体は震えているが表情は死んでいなかった。
白煙を吐く銃を持った男は、顔を右手で抑えながら大きく仰け反った。
「あはっ! あはっはっはぁ!! いい反応だぁ!!」
男は笑い終えると、突如真顔になり銃弾が何発入っているか確認した。頷いた後、目尻と口角を上げながらひっひっひっと笑った。
「お前ら三人、誰か一人来い。俺たちの楽園に案内してやる」
「……やめろ。お前達は行くな」
「ガヤは黙ってろぉ!! 殺すぞくそがぁ!!」
男は銃を天井に向けて放つ。破裂音と共に光源のガラスが割れた。
「まだ四発、弾が残ってる。お前達は全員殺せる状態だ。俺に従わなかったらどうなるか分かるよな? とにかく、お前ら三人は真ん中にいるそいつを中心に横に並べ」
「……分かったわ。桜江、アンタも立ちなさい」
「嫌だ……死ぬのは、嫌だ……」
「死にたくないなら、私……部長の言う事を聞きなさい」
目と声を震わせている鈴佐の言葉を聞いた桜江は全身をぷるぷると震わせながら立ち上がった。顔中が涙で染まっているが、持っている端正な顔は崩れていなかった。
男は響たちに近づいてくる。
体全体を舐め回す様に見てくるその姿は気持ち悪いと言うほかなかった。
「ふぅん……なるほどねぇ、これからあの方も喜ぶかもなぁ。もしかしたらアイドルと嘘をついてもバレなさそうだ。ま、あの人の元に届いたらそいつがどうなるかは知らねぇけどなぁ。ひゃっひゃっひゃ」
響は両拳を強く握りしめつつ、二人の状態を確認した。鈴佐は響が想像するよりも心が強かった。少しだけ涙ぐんでいるものの、冷静な判断は出来るだろう。
それに対し、桜江はパニックを起こしていた。呼吸が荒くなり、ひゅーひゅーと息を吐いていた。高校生が犯罪に巻き込まれればこんな反応になるのは当然だ。
「鈴佐、桜江さん。私に任せて。この状況、私が打開する」
響は二人にしか聞こえない声量で決意を込めた。
「あんた、まさかまた自分を犠牲にするんじゃないでしょうね?」
声を震わせている鈴佐の言葉を聞いた響の肩が跳ねる。顔を下に向けながら黙る響を見た鈴佐はかすれ声になりながら非難した。
「なんであんたは! いつも自分を犠牲にしようとするのよ!」
「……仕方ないじゃん。私には力が無いんだから。だからせめて、二人を守るためにこの身体を捧げるよ。それに、鈴佐ちゃんがいれば同好会としては成り立つしね」
響の言葉を聞いた鈴佐は「バカ……バカッ……!」と言葉を吐き捨てた。
「桜江さんも将棋大会頑張ってね。私がいなくなっても、みんなはいつも通り活動をしてくれればいいから」
「海瀬さんッ……」
桜江は大粒の涙を零しながらわなわなと肩を震わせた。
響は二人に言葉を告げた後、一歩ずつ前に踏み出す。
表情筋が震え、真顔を保てなくなった。
呼吸も早くなり、胸が痛くなる。
それでも、彼女は歩みを止めなかった。
仲間を助けるためなら、命を投げうっても良いと思ったからだ。
響はスマホをいじる男に対し、声をかける。
「私……を……人質に……しな……さ……」
「こりゃ、ありがたいねぇ。まさか自分から来るなんてなぁ。ありがたいねぇ」
男は響に肩を組みながら顔を近づける。
「心意義に免じて、お友達は許してあげよう。けどなぁ、俺は仲間を奪ったお前らを許さない。死にたくても死ねない、生き地獄に追い込んでやる」
「それは……どんなもの?」
「そうだなぁ。いわゆる麻薬漬けって奴だ。お前さんは美形だから、ボスも長い期間玩具にしてくれると思うぜ? そうなりゃ、俺達もお零れ貰えるかもなぁ」
「……最低なのね、貴方達」
「最低? あぁ、最低さぁ。何せ最近有名なアイドル、三竹さりなも拉致したしな。ボスが一番好きなタイプだから沢山観察してから、玩具にするんじゃねぇの?」
「……彼女達に牙をかける期間は?」
「大体、二週間かな。まぁ、三竹さりなに関しては今日から数えても二週間は猶予があるんじゃねぇの。逆に言えば、二週間後までだろうなぁ。まぁ、お前に教えた所で意味は無いけどな。生きてきたこと全て、忘れちまうんだからよ」
「…………ふふ、ふふっ」
「……何か、様子がおかしいな。お前、何か――」
男が響から手を離し、バーから出ようとしていた時だった。
響が鈴佐に向けて何かを投げたのだ。
鈴佐は慌てた様子でそれを手に取った。
画面に映っていたもの。
それは、録音中になっているスマホだった。
「てめぇ! まさか俺から情報を抜き取るために――」
男が気が付くと同時だった。
響は大きく右足を振りかぶり相手の股間を蹴り上げた。
鋭い蹴りをくらった男が両手で股を抑えながら床に倒れる。
「アンタにはそれがいらないでしょ!」
響は体勢を崩した男の股に追撃をかける。
様々な人々の思いを乗せた蹴りは、男に予想以上のダメージを与えた。
「やめろ! やめろぉぉぉぉ!!」
男は顔を赤くしながら股を抑え続ける。
「堅くしてんじゃねぇよ! このくそゴミがぁ!!」
何度も蹴りを入れた響が、思いっきり右足を振り下ろす。
直後、ぐちゃりと何かが一つ潰れる感覚が、男の脳内に走った。
勲章を破壊された男は体液を辺りにまき散らし、意識を手放した。
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