探偵少女はお茶会に行く ④(箸休め回)
午後二時三十分、響達はバーの席に腰掛けていた。日差しが強い今日であるにも関わらず、部屋の中はひんやりと冷たい。右隣では顔を赤くした鈴佐が黄色い液体が入っている飲み物を流し込んでいた。左隣に目をやると、両肘をバーのカウンターにのせながら体を前傾姿勢にしている桜江が座っている。
響は二人の様子を確認してからマスターに問いかけた。
「すみません、アルコールが入っていない飲み物なんですか?」
「あぁ、大丈夫だ。鈴佐ちゃんの大好きなオレンジジュースだからな」
マスターがニヤリと笑いながら果実が印刷された紙パックを見せる。普段スーパーでよく見るジュースだ。安心していると、マスターが響達にジュースが入ったグラスを手渡してくる。
「俺の奢りだ」
「ありがとうございます」
響は戸惑っている桜江を目で追いつつ、グラスの中身を口に流し込む。さらりとした柑橘系の味が口内を満たしていく。たまにある粒粒の感触を感じつつ飲み干す。
「美味しいですね。これ」
「だろう? 俺流に改良したオレンジだから当然だがな」
マスターは笑い声をだしながら顔を真っ赤にしている鈴佐からグラスを受け取る。素早く中に飲み物をついでから、手渡した。洋楽が一巡した所で、響が話しかける。
「何年もやっているんですか?」
「あぁ、おおよそ十年は経ったかな」
「十年ですか。凄いですね」
「あっと言う間だったよ。人生は二十歳を超えたら一瞬だしな」
響はお代わりした飲み物を口にしつつ将来を想像する。すると、横に座っていた鈴佐が呻きながら顔を左右に振った。緩んでいた顔が引き締まっていた。
「……私、もしかして酔ってたかしら?」
「うん、無茶苦茶酔ってたよ」
「そっか……マスター、私の頭かち割ってもらってもいい?」
鈴佐は顔を真っ赤に染めながら目元に涙を浮かべていた。響達は席から立ち上がり体全体を使って凶行を止めようとする。
「だ、大丈夫だから! 別に誰にも言わないし! それに可愛かったよ!」
「そ、そうそう! だからさ、鈴佐! 落ち着きなよ!」
「ならいいけど……言わないでね」
「うん、言わないから。安心して」
響達は涙目になりながらカウンターに突っ伏している鈴佐を慰める。普段よりも声が弱弱しいことから想像以上に辛かったようだ。
響が席に座り一息つくと、酒瓶を持ったマスターが二人に頭を下げた。
「助かったよ。後少しでまた損失が発生するとこだった」
口ぶりから察した二人は言及せずに相槌を打った。また静寂に満ちた時間が流れていく。すると、酔いと悲しみから覚めた鈴佐が顔を上げる。
「悪かったわね二人とも」
「可愛らしい部分が見れたし問題ないよ」
「宮前さんにも可愛らしい一面があるのね~~」
桜江はそう言いながらスマホを見せる。そこに映っていたのは机に突っ伏している 鈴佐と飲み物を口にしている響だった。
「ちょ、あんた! 消しなさいよ!!」
「えぇ~~いやだよぉ。別に投稿しないし、ね?」
「うぅ――ん……まぁ、いっか。桜江さんだし」
「ほら、海瀬さんも賛同してくれているよ」
「……はぁ。まぁ私も落ち度があるし、良いわよ」
「やったぁ! 大切にするね!!」
桜江はスマホを両手で持ちながら笑顔になった。写真は問題が起きなければ流出しないが、もしもがあればどうなるかは分からない。
しかし彼らは言及しなかった。この問題よりも大きな事件に取り組んでいるからだ。マスターが三人の顔を見てから質問する。
「鈴佐ちゃんから聞いているけど、君達は何やら奇妙な活動をやっているようじゃないか。確か……将棋ミステリー同好会だっけか。どんな活動をする組織なんだ?」
その言葉を聞いた鈴佐がむっとしながら丸椅子から立ち上がる。腕を組みながら響と桜江の後ろに向かうと、二人の肩を触りながら紹介を始めた。
「私達はね、将棋とミステリーに日々を費やす者の集まりよ。最近だってとある事件の解決に貢献したし、今も絶賛事件に挑戦中よ」
「ほぉ――かっこいいことやっているじゃないか。因みに、今はどんな事件に取り組んでいるんだ?」
「今は、芸能学校生徒連続誘拐事件解決の為に動いているわ」
その言葉を聞いたマスターの表情が硬くなった。先程まで出していたほんわかとした空気が一気に殺気を帯びた空気に変貌する。予想だにしなかった空気の変化を肌で感じた響は一瞬たりとも目を離さないように気を付ける。
「芸能学校生徒誘拐事件か……以前にも似たような事件があったな」
「え、そんなのがあったの!?」鈴佐は目を開く。
「あぁ、確か五年前の事件だ」
マスターは腕を組みながら説明を始めた。数分間かけて聞いた話は今回の事件とは異なる点もあるが、大半は類似しているものだった。
「それで、犯人は捕まったんですか?」桜江が質問する。
「いや、それが捕まっていないようだ」
「そうですか……」
響は下を向きながらため息をつく。
桜江が天井を眺めながら「何か組織が絡んでいれば調査出来るのに……」と言った。
その言葉を聞いたマスターは、右手を顎の下に当てながら「アポトーシス」と低い声でいった。静寂が流れた後、口火を切って説明を始める。
「アポトーシスならあり得るはずだ。奴らは人海戦術を用いた犯罪行為を関東各地でやっている半グレ組織だ。そんな組織であれば今回の誘拐事件も成立出来る」
「ちょ、ちょっと待って!? 何でそう言い切れるの?」
「そうですよ、半グレと言っても加担している理由が無いですよね」
マスターは磨いたグラスに注いだ水を飲んでから口を開こうとする。
その直後だった。扉を乱暴に開けて二人の男が入ってきた。
「俺達ゃアポトーシスの構成員様だ! マスター、金を出しなぁ!」
「命が惜しけりゃ従うべきだぜぇ? げっひっひぃ!!」
その男達は、醜悪な笑顔を浮かべていた。
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