探偵少女はお茶会に行く ①(箸休め会)

 四月二十一日、土曜日午前十時。朝ご飯を食べ終えた響は宿題を消化するために勉強机に向かっていた。今日は外出予定が無いため水色の寝間着を着たままである。


「ふわぁ……眠いなぁ」


 響は欠伸をしてから両腕を軽く伸ばし眠気を取ろうとした。

 しかし、夜更かししたからか疲労感は取れなかった。だが、何としてでも課題を終わらせたかった響は深呼吸してから勉強を始めた。


 響の勉強方法は、問題演習を繰り返しつつ間違えた問題は板書しながら何度も声に出すという手法だ。五感を用いた勉強法はただ書き取りするよりも効率的で頭に入りやすい。


 ただ、この日に関しては別のようだ。


「駄目だ……つかれたぁ……」


 響は自堕落な顔つきになりながらベッドの上に寝っ転がった。

 少しだけ仮眠しようと考えたようだ。目を瞑り、力を抜くことを意識する。こうすることで、ノンレム睡眠を行い体力回復を狙おうとしていた。


「……誰だよぉ、うるさいよぉ」


 そんな響の思惑は一本の電話によって瓦解した。

 響は怪訝な顔になりながら電話を受け取る。


「もしも――し、どなたですか?」


 響が苛立ちながら語気を強めると、スマホから返答が返ってくる。


「私、桜江だけど……後の方が良かったかな?」


 響はその声を聞いた途端、目を丸くしながらベットから体を起こした。油断していた自分の甘さを脳内で叱責してから普段のカッコつけた口調に戻る。


「ごめんごめん、ちょっとわからない問題があったから苛立っていただけだから大丈夫だよ。どうしたの?」

「お昼頃に宮前さんとカフェに行く予定なんだけど、海瀬さんも来るかなって。あ、難しそうだったら大丈夫だよ」

「いや、ひまひま、超暇だよ。うん、超行きたい」

「なんか変な口調になっているけど……良かった。後で場所送るからよろしくね」


 響は嘘をついた。本当ならば片さなければならない課題があるが、中学まで経験してこなかったお出かけをしてみたいと思ったのである。それも只の調査関連ではなく完全な趣味のお茶会だ。


「楽しみだなぁ、お茶会」


 響は体を左右に揺らしながら服を確認しようとした。直後、響は気が付いた。

 彼女が着ている服は寝間着や制服、白いワイシャツしかなかったからだ。


 響は後悔した。中学時代の響にとって服を着る行為は習得的行動の中でも最下位に当たるジャンルであり、ファッション何て考えたことも無かったからだ。そんな時代のつけが、今になってやってきたのだ。


 響の脳内で、とある映像が再生される。

 それは、白ワイシャツを着て行った場合の反応だ。


『二人とも、お待たせ!!』

『響……もう少し服装考えられない? 今日女子会だよ?? そんなくそダサいファッションと一緒にいなきゃいけないなんて私耐えられないわ』

『そうだね、私もちょっと一緒にお茶したくないかなぁ。もう少し私達の次元まで、やってきてからお茶会に来てくれない?』

「あ……あがが……がが……」


 寝間着を着た状態の響は顔を白くしながら床に座り込んだ。ファッションセンスが高い鈴佐と桜江とお茶会する際にも関わらず、いつもの服を着るしか手段が無いからだ。


 裕福な家庭なら服を買うという手段もあったが、家計を支えているのが稲本だけである以上、ねだるのは難しかった。しかし、このまま座り込んでいた所で何か解決するわけではない。

 

「取り合えず、稲本さんに相談するか……」


 顔を下に向けながら響はとぼとぼと歩き扉を開ける。

 キッチンの方へ向かうと食器を洗っている稲本の姿があった。

 稲本は食器に目線を向けながら「何か用か?」と質問する。


「実は……今日同好会の子達と食事しに行くことになったんだ。だから、お金出してもらえると嬉しいんだけれど……」


 それを聞いた直後、稲本の手が止まる。蛇口を止めた稲本はゴム手袋を外してから響の顔を見つめる。数秒間沈黙が続いた後、腰に手を当てながら稲本がキッチンを後にする。


 階段を駆け下りる音が部屋中に響き渡った後、稲本は戻ってきた。

 右手には見慣れた紙切れが数十枚もある。


「何円入るんだ? 五千か? 一万か? それとも、十万か??」

「いや、そんなにいらないでしょ。ただの高校の付き合いだよ?」

「分からないぞぉ。俺が大学の頃なんか飲み会だけで軽く万札が飛んだからな。持っておくことに越したことは無いんだよっ、と!」


 稲本は微笑みながら響の右手に五千円札と千円札二枚を握らせた。

 予想外の大金に驚いた響は動揺しながら「こんなに貰えないよ」と返事を返す。


「いいってことよ。これぐらい大したことじゃねぇからな。それに、俺は嬉しいんだよ。お前がこうして友達が出来てくれて」


 響は目の前で男泣きする稲本を見つめながら「そ、そうなんだ。じゃあありがたく使わせていただきます」と頭を下げながらお礼の返事を返し、部屋に戻っていった。


「本物の樋口一葉と野口英世だ……久々に見た……」


 響はお札を見つめながら目を輝かせた。七千円は格安ファミレスであれば豪遊出来る程度のお金だ。これだけあれば、お金に関しては決して困らないだろう。


「あ、そうだ。場所を確認しなきゃ」


 響は場所を確認するためにスマホ画面上に表示されている勿忘草のアイコンをクリックする。画面いっぱいにアプリのロゴが表示された後、画面に会話ログが表示される。


「あれ、新しいグループがある」


 響は新しいグループが作られていることに気が付いた。クリックすると、響含め2名のメンバーが加わっていることがわかる。将棋アイコンを用いているのが桜江、ミステリー小説の写真をアイコンにしているのが鈴佐だ。


「なるほど、この中で会話する予定なのね」


 理解した響はトークルームに参加を押してからアプリを開始した。

 直後、画面上に一件目の会話ログが表示される。


『今日の午後二時に池袋駅で合流しましょう』


「池……袋……!?」


 響が目にしたのは、予想だにすらしていなかったメッセージだった。

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