探偵少女は見舞いに行く ③

「失踪した……?」

「はい。今から一週間前に、さりなの両親から連絡が来たんです。うちの子、まだ帰ってきていないんだけど知らないかって。僕はそのことを聞いた時、取り乱しました。さりなが失踪する訳が無い。きっとこれは悪い夢だ。そう思っていました。ですが、僕が思っていた以上に現実は非情でした」


 一倉は悲しげな表情でスマホの画面を見せた。そこに表示されていたのは、「芸能学校に所属する生徒が相次ぎ失踪。犯人は未だ不明」と書かれたネットニュースだ。


「さりなが通っている学校で生徒が失踪を続けているんです。既に十人も失踪していて、学校側も犯人探しに尽力すると言っていますが未だに成果が上がっていません。だから、僕は何としてでもさりなを助けるために個人的に動くことにしました。それが、前に見せたあのアルバイトです」

「あぁ、なるほど。そう言う事か」


 響はスマホを取り出し、以前貰っていた資料を開いた。

 藤堂にも見える位置にスマホを置きながら会社名に指を指す。


「これは私の推測だけれど、これはさりなさんが失踪した学校が依頼した人物調査ってことであってる?」


 響は一倉の真意を確かめる為に真剣な顔つきで質問した。その言葉を聞いた一倉は机に突っ伏しながら頭を下げた。


「いや、違います。寧ろ、逆なんです……その依頼内容は、さりなが連れ去られた可能性がある犯罪者グループの奴なんです」

「何だって!?」


 その言葉を聞いた藤堂が言葉を荒げる。誰にも言わずに無断で犯罪グループに加担しようとしているのだから当然だろう。


「藤堂君、落ち着いて。とにかく今は状況整理が必要だから」

「……分かりましたよ。ったく、何で伝えてくれないんだよ……」

 

 藤堂は苛立ちを見せながらも響の言う事を聞いた。響は一倉の方を向きながら質問する。


「一倉君。これは重要な事だからもう一度聞くけど、本当に加害者側の会社なんだね?」

「はい。これは本当です。実際、僕はあの女性に言われました。私達の仕事は依頼者が求めている人物の行動データを集め、誘拐する際の幇助ほうじょが目的だと。そのためなら、どんな手も使っていい。相手に一生消えない傷をつけたっていいしトラウマを植え付けてもいい。とにかく、目的を達成する為ならどんなことでもしてくださいって」


 響は表情を硬くしながら両手を固く握りしめながら右を見た。座っていた藤堂の表情は、響以上に険しかった。まるで獣のような目つきをしている藤堂を見た響は恐怖を感じ目をそむけた。


「僕、決めました。このアルバイトは断ります。その代わり、独自のルートで調査しようと思うんです。二人とも、これを見てください」


 響と藤堂は一倉が見せてきた画面を凝視した。画面には「クラブバーネス」と手書きの文字が表示されており、下には佐倉井ほのみと名前が書かれている。


「クラブバーネス……一倉君は、この場所知っているの?」

「はい。場所については知っています。クラブバーネスは、小学校の頃に僕が参加していたサッカークラブチームの事だと思います。ただ、佐倉井さんに関しては僕も知らないですね。何せ、男子と女子でチームは別れていましたし」

「そっか……それなら知らなくてもしょうがないね」


 申し訳無さそうな表情の一倉を見つめながら、響は頭の中で情報を整理していた。今回の事件で一番最初に解決しなければならないこと。それは被害者であるさりなを無事に保護すること。


 そして解決するに辺り障害として転がっている事。それは一倉の個人情報が流出する恐れがあるという点だ。高校生であり、未然にアルバイトを受けなかったという点で解消出来る可能性はあるが、万が一インターネット等を通じて公開されれば彼の人生に傷がつく可能性がある。それだけは何としてでも避けなければならない。


 まるで将棋の盤面で一つ一つ定石を組んでいくかのように、冷静かつ着実に問題を解いていく必要がある。そのためには、様々な人達の力が必要になるだろう。


「一倉君。明日学校これる? その時に皆で話し合いたいんだけど大丈夫かな」

「……はい。大丈夫だと思います。取り合えず、自分なりに資料を整えますね」

「ありがとう。それじゃ、私達はそろそろお暇するよ。藤堂君も帰るよ」

「……はいっす」

 

 藤堂は響に呼びかけられて席から立ち上がった。直後、藤堂は一倉の隣まで行き土下座した。予想もしていなかった行動をとった藤堂に対し二人の視線が集まる。


「一倉さん、さっきはすいませんでした。一番辛いのは一倉さんなのに、身勝手に感情的に振舞い一倉さんに嫌な思いをさせてしまいました。本当にごめんなさい。もう二度と、この様な嫌な事はしません」

「ははは……うん、そうしてもらえると助かるよ。それに、藤堂君が怒ったのは俺の行動も悪かったしね。こちらこそごめん。これからも仲間として宜しくね」


 一倉は藤堂に対し手を差し出した。顔を上げた藤堂が右手を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。藤堂は申し訳なさげな顔つきになっていたが、そのことを一倉は特に言及しなかった。


「それじゃ、待たね」

「失礼しました。明日はお元気で」

「うん、また明日」


 響達はそう言ってから家から出ていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る