探偵少女は見舞いに行く ①
四月十九日、木曜日の十時頃。ぽかぽかと温かい陽気に包まれた学校の中で響は普段通り授業を受けていた。隣では授業中であるにも関わらず机に突っ伏して眠りについている藤堂がいた。響が藤堂を起こすか悩んでいる中、物理教師の峯崎が近づく。
そっと両手を藤堂の横腹の辺りにもっていくと、勢いよく突き刺した。
「ぎゃっ! 雑炊先生、何するんですか!?」
「はっはっはっ……後ろで立って授業受けろよ。藤堂」
「……はいっす、すみません」
藤堂は雑炊と呼ばれたことで鬼の形相を浮かべる峯崎から目を逸らした後、教科書とノートを持ち一番後ろで立った。響はそんな藤堂に対して溜息をつきつつも、真面目に授業を受けた。やがてチャイムが鳴り響き、授業が終了する。号令を終えた後、唇を尖らせている藤堂が響の下へとやってきた。
「雑炊先生酷くないっすか? 寝るぐらい許してくれてもいいっすよね……」
「いやぁ、それはまぁ……うん、そうかもね……」
響は目を細めながら否定する言葉を飲み込み肯定の言葉を吐くと、藤堂は瞳を輝かせながら「だよねだよね!!」と明るい声で返答した。本来は真面目になってほしいことを願っている響も、藤堂本人に代わってほしいと伝えることは難しいようだ。
高鳴る胸音が藤堂に聞こえないことを願いつつかっこつけた顔つきでいると、藤堂が話題を出した。
「そういえば、一倉さん休んでるの知ってるっすか?」
「えっ、そうなの……」
響は驚いた声を出した。一昨日あった時の一倉は体調が悪そうになかったからだ。しかし、事件と結びつけるにはどうにも点と線が結びつかないため、早合点は不味いと考えた響は言葉を一度飲み込んだ。
藤堂が歌舞伎の浮世絵に似たポーズをとっている宮前に対し驚いた表情を見せる中、冷静さを取り戻した響は一度深呼吸してから藤堂に提案した。
「折角だし、お見舞いに行かない?」
「お見舞いっすか……いいっすね!!」
「だよね、折角だしみんな誘っていこうかな」
「いいっすね! 昼休みにお二人の教室伺いましょうか!!」
響の提案を聞いた藤堂が歯を見せながら快諾した。響と藤堂は鈴佐と桜江を誘うために二人の教室に放課後顔を出した。しかし、二人の姿は何処にも無かった。藤堂が近くにいた男子生徒に明るく話しかけ事情を聞いたところ、二人は早めに帰ったとのことだった。
「そうっすか……しゃーないっすね。なら二人で行きやすかぁ」
「そうだね。けど、一倉君の家分かるの?」
「分かるっすよ。以前一倉さんと話した際にどこら辺に住んでいるか情報送ってもらったので。遊びに行きたいなとも思ってたし、丁度良かったっす」
藤堂はそう言いながら学外でスマホを取り出した。いつものひょうきんな態度をとる藤堂に対し、響は顔を向けないでいた。何故なら、今の響は学校にいる時よりも胸が高鳴っていたからだ。
他のメンバーもいない二人きりの状態。たった二人だけのお出かけ。
動機はお見舞いでも、響にとっては全く別の意味になっていた。
「んじゃ、一緒に行きやしょ!」
藤堂が響に右手を伸ばした。爽やかな笑みを浮かべる藤堂を見た響は恥ずかしそうな表情を浮かべながら「う、うん……」と優し気に微笑んだ。両手を繋ぎながら、響達は一倉の下へと向かっていく。
「そういえば、響さんって両親とかっているんですか?」
「……いるよ、父さんだけだけどね」
「へ――そうなんすか。俺は二人ともいないんすよね」
響は目を丸くした。義父に育てられた響と藤堂が似ている境遇だとは全く考えていなかったからだ。どんな家庭環境なのか気になった響は藤堂の話を聞くことにした。
「俺はお爺ちゃんに育てられたっす。お爺ちゃんは様々な人達を支える立場にありながら、任侠を大切にしているっす。困っている人がいたら助けあう。そんな人と人が繋がることの大切さを俺に教えてくれたんすよね。そんな爺ちゃんだからこそ、俺はこうして生きていられるっす」
「そうなんだ……いい人だね、藤堂君のお爺ちゃん」
「えっ……そうっすか、嬉しいっす」
藤堂はあっけにとられた顔つきになった後、少年らしい笑みを浮かべお礼の言葉を返した。二人は一倉に渡すお見舞いの品を買ってから様々な話をしつつ家に向かう。
午後四時ぐらいになった頃、響達は一倉の家に到着した。
「ついたっすよ、ここが一倉さんの家ですね」
「大きいね……」
響の視界に入ったのは、濃い赤紫色の屋根が特徴的な三階建ての一戸建てだ。ガレージには銀色の車が入っており、家の前には銀のポストと表札が置かれている。
藤堂は標札の名前を確認してからインターフォンを押し名前を言う。すると、ベニヤ色の扉がガチャリと開いた。姿を現したのは、水色の柔らかい寝間着を着た一倉だ。頬が主に赤くなっており、だるそうな顔つきになっている。
「海瀬さんに藤堂君。どうしたの?」
「ほら、一倉君が体調を崩したって聞いたからさ。お見舞いに行こうと思って」
「あ、そうなんですか。ありがとうございます」
一倉は響から手渡されたお見舞いの品を両手で受け取った。中を軽く確認した後、「折角来ていただいたので何か作りますよ」と提案してくる。病人に無理させるのは流石に不味いと考えた響は断ろうとしたが、隣にいた藤堂は意外にも乗り気だった。
「人からの好意は受け取った方が得っすよ!!」
「う――ん……そうだね、受け取ろっか」
こうして、響達は藤堂の家にお邪魔することになった。
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