探偵少女と怪しい資料

「一倉君が……犯罪を……!?」


 カフェの中、一倉が話した内容は響を動揺させるには十分だった。一倉は注文したローズティーを飲み干した後、謝罪の言葉を述べる。その様子を見た響は両手を前に出し振りながら首を振る。


「いいよいいよ、別にまだ犯罪に手を染めた訳では無いんだし。けど、一体どんな犯罪に加担する可能性があったのかは教えてくれないかな。探偵としてではなく、仲間として心配だよ」

「海瀬さん……分かりました。帰ってから、説明させてください。それと……無茶なお願いですが、皆には言わないでください。迷惑を掛けたくないんです」

「一倉君……うん、分かった。約束するよ」

「ありがとうございます、海瀬さん。それじゃ、お先に失礼します」


 薄い微笑みを浮かべる一倉は一礼した後、店から出ていった。それから数分後、響が注文したリンゴコーヒーが来ると同時に鈴佐と桜江が入ってきた。


「どうだった!? 彼女さんだった!?」

「どうだったんですか、海瀬さん!?」


 女子二人は近くに座るや否や、目を輝かせて質問した。響は目を瞑りながらリンゴコーヒーを口に運ぶ。ほのかな甘い風味と苦みが程よくブレンドされたそれを飲んだ後、響はカップを置いて二人の方を見た。


「残念ながら、彼女さんでは無かったようだよ。二人の会話から察するとだけどね」

「えぇ~~そんなぁ~~つまんないのぉ~~」


 響がゆったりと返答を返すと、鈴佐がぶーぶーと文句を言った。その様子を見た響が弱った表情を浮かべると、お淑やかに座る桜江が「まぁまぁ、折角入ったし注文してゆったりしましょうか」と提案した。


「……それもそうね! よし、私も何か頼もう!!」


 桜江の起点によって、鈴佐の調子は変化したようだ。そのことに安堵した響はほっと一息つきながら思考を巡らせる。学生犯罪として考えられるのは、最近問題となっている闇バイトだ。


 闇バイトは中学生や高校生と言った自己判断が正確に出来ない年齢層を巧みに利用し、大きな犯罪の罪をかぶせるという物だ。この犯罪の厄介な所は非常に多いが、特に問題となる点はデジタルタトゥーが残りやすい点だ。


 相手とやり取りする以上、万が一情報を渡していれば将来的に悪い輩から利用される可能性がある。それはいつ来るか分からない。大学生の時かもしれないし、ましてや社会人の時かもしれない。


 借りに一倉が闇バイトに加担しているとすれば、タイミングが分からない時限爆弾が人生の中に生み出されたことになる。そうだとすれば、あの動揺も納得出来る。


 響は闇バイトについてのリスクなどを自分自身で網羅的に分析した。しかし、分析したところで根本的な問題を変えることは出来ない。その問題は――


「響、それって何飲んでるの?」


 響が考える人のポーズをしている中、鈴佐が微笑みながら質問する。


「リンゴコーヒー。甘い風味と苦みが上手く混ざり合ってとても美味しい奴だよ」

「へ――そうなんだぁ。けど、私甘党だからなぁ。コーヒー苦手かも」

「なら、宮前さんには世界三大銘茶の一つであるダージリンティーがいいかも。ほのかな甘みが合わさって飲みごたえ抜群、何より見た目がオシャレなの」

「はぇ――なんか凄そう。じゃそれにする。というか桜江博識だね」

「私、こう見えて植物とか調べるの好きだからね。この知識もそれの一環なの」

「ほえ――すっごいなぁ~~あ、店員さん。ダージリンティーで」


 響はコーヒーを味わいながら、二人のそんなやり取りを眺めていた。



 時刻は流れ六時半となる。響はしゃっきりとした目つきで玄関扉を開けた。家に入ると直ぐに視界に入るのは、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいる稲本の姿だった。


「遅かったな、響。自習でもしてたのか?」

「いや、部活メンバーとお茶してた」

「へ――へっ!?」


 響は目を丸くする稲本を無視して手を洗う。鏡を見て少し笑う練習をした後、いつもの結果に終わり俯いた。ハァとため息をつきながら化粧室を出ると、稲本が目を細めながら「成長したんだなぁ」と言う。


「別に、普通でしょ。私も高校生だし」

「うんうん。良いなぁ、青春してて」

「いやいや! これも探偵になるための一環だから!」

「本当か……? いや、正直探偵になるの辞めても……」

「なるから! 探偵になるから!!」


 響はむっとした表情になりながら頬を膨らませた。稲本はゆっくりと頷きながら「そうか、なら頑張れ」と一言言ってから新聞に目をやった。


「今日はご飯どうする?」

「そうだな、八時半位に適当に何か作るよ。それまでに寝る準備は済ませといて」

「分かった。もろもろ済ませておくよ」


 響は自室に戻り、荷物を置いてからもろもろの作業を一時間程度で済ませた。時計の針は七時半を指しており、夜ご飯からは一時間以上余裕がある。


「時間あるし、今のうちに一倉君から今日の話聞こうかな……」


 風呂に入りぽかぽかの状態になった寝間着を着ている響はスマホを取り出し勿忘草のアイコンを押した。数秒間画面上に勿忘草が表示された後、チャット画面に遷移する。


「あれ、一倉君から何か来てる?」


 響は一倉から何か送られていることに気が付きアイコンをクリックした。数秒間ラグがあった後、会話画面に遷移する。すると、六時半の頃にPDFが送られていることに気が付いた。


「海瀬さん、夜分遅くに失礼します。本日宿題に追われているので会話が難しいです。つきましては、こちらの資料を見ていただくことで今日はお願いします。どうぞよろしくお願い致します……って、今日無理なのか」


 響は情けない理由で会話を拒否した一倉に溜息をつきながら送られてきたPDFをクリックした。数秒間画面がぐるぐると回った後、画面いっぱいに資料の内容が表示される。


「以下の人物の行動確認・現地調査をした後、逐次報告書を作成し連絡してください。このとき連絡する情報は以下の通りである。


①どのような行動をしたか正確にわかるようにすること。

②どの様な予定があるのか把握できるようにすること。


 情報が集まり次第、計画を実行する予定です。皆様のご協力に応じて報酬は増大させる予定です。最大で百万円渡す予定です。お仕事のご参加、お待ちしております。


 株式会社紫陽花 行動報告課 小笠睦喜おがさむつき


 響は資料に書かれていた文面を軽く読んだ後、天井を見た。


「怪しすぎるでしょ、これ」


 響は部屋の中で呟いたのだった。

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