探偵少女の恋愛調査 ②

 青色を基調とした軽やかな生地のブレザーと膝上までのスカートに身を包んだ響達は、一倉に気づかれないように注意しながら歩いていた。


 夕焼けに染まった街では、スーパーやチェーン店にお客さんたちが出入りしている。響はざわざわと賑わう街の様子を眺めながら一倉の尾行を行っていた。


 数十分間尾行を続けていると、一倉がコーヒーの絵柄が書かれたBURBER CAFEという店の前で足を止め、電話を始めた。


「どうしたんだろう?」

「海瀬さん。予想だけど、彼女さんとの待ち合わせだと思うよ」

「面白くなってきたわね! もう少し待ってみましょ!」

「そうだね、宮前さん。もしかしたらあんなことやこんなことが見られるかもしれないし。楽しみだね」


 響は二人の女子トークに耳を傾けながら、一倉の行動を注視していた。すると、一倉が横断歩道を渡り始める。


「あれ、場所変更するのかな?」

「追いかけた方が良いかしら? 全員で行った方が良いかも?」

「いや、ここはばらけよう。戻ってくる可能性もあるから、尾行は私だけで行うよ。二人は念のためカフェに入っておいて」


 響はそう言いながら尾行するために服を着替える。ブレザーとネクタイを自分のバックにしまった後、変装グッズである四角い黒眼鏡と黒色の帽子を身に着けた。


「どうかな、これで行こうと思うんだけれど」

「良いと思うよ、私も初見なら海瀬さんだって分からないもん」

「似合っているじゃない、響。あんたなら男装も行けそうじゃない?」

「分かった、じゃあ尾行は響に任せるわ」

「じゃあ、よろしくね。海瀬さん」


 響はスマホや財布をワイシャツの胸ポケットにしまった後、響のカバンを持ちカフェに入っていく二人に手を振った。


「さて、行くか」


 響は単独で尾行を開始した。信号が青になるのを待った後、一倉の前に行かないように気を付けながら横断歩道を渡った。


 尾行では瞬時の油断が命取りとなる。もし感づかれてしまえば、犯人を逃がし新たな事件を引き起こす危険性さえある。だからこそ、尾行において最も重要なのは自然体であることだ。


 自然体でいると、人々はなかなか気づかない。特に、普段とは異なる容姿なら人々の視覚を欺くことが容易だということだ。響は一倉に気が付かれない様に尾行を続けた。


 尾行は難しい。何せ、上手く人混みに紛れて歩く相手だと視線を逸らせばあっという間に見失う恐れがあるからだ。故に、尾行する際は時折リスクを冒さねばならない。


 響は自然な動きで彼の視線を避けつつ、一定距離を保ち続けた。普段歩くよりも脳の疲労と体の疲労が強かったが、ここで逃せば彼女の情報が分からない以上、手を抜く術はなかった。


 道路や建物の間を縫って進む一倉を追いつつ響は位置を適切に調整した。静かで地味な戦いが繰り広げられている中、響はスマホを取り出して時間を確認する。


「中々時間がかかるなぁ……二人に待っていてもらうのも申し訳なくなってきたよ」


 響は別れてから十五分経過していることに気が付き溜息をついていた。尾行である以上時間がかかるのは予想していたが、ここまでかかるとは考えていなかった。


「取り合えず、もう少しかかるって連絡しようかなぁ」


 響は怪訝な顔つきになりながら、連絡するために周りの邪魔にならない場所を捜そうとしていた。そんな時、響は一倉の前に一人の女性がやってきていることに気が付いた。響は真剣な眼差しで女性の顔を見る。


 深青色のコートの下に白色のワイシャツとスーツパンツを着ている女性の容姿は整っていた。女性の髪は肩まで伸びており自然なウェーブを描いている。深いブラウン色とアッシュトーンが混ざり合った髪の毛は太陽の光に当たると微かに輝いており、少し垂れ目気味の目は涼しげな色合いを持っていた。


 一倉とその女性は軽く話した後、街へと向かっていった。

 その様子を見た響は直ぐに電話をかける。


「こちら鈴佐。どうした、響?」

「鈴佐ちゃん。ターゲットが動いたよ。現在女性と一緒に動いている。このまま電話繋げるから、桜江さんと一緒に来て」

「おっそうなのね、分かったわ! 今飲んでいるもの持ちながら行くわね!」


 響はそう言った後、スマホを耳にかざしながら一倉と女性を尾行する。歩く度に人混みが多くなり、街の喧騒が変わり始める。先程のカフェにいた時よりも人混みが多くなり、二人の姿を捉えることが難しくなり始めた。


 それでも響は負けなかった。何としてでも二人を尾行し続ける必要があるという謎の探偵意識が働いたからだ。解決した所で利益は無いがそれ以上に知りたいという探究心が強かったのである。


「負けてたまるか……!」


 決意を吐きながら、響は自然な装いを保ちつつ人混みをかき分けた。女性が見せる笑顔に対し、一倉は真面目そうな顔つきだった。いつもこうやって彼女に接しているのだろうかと響は感じつつ、街を歩いていた。


 それから数十分後、頭と体を酷使し歩いていた響は足を止めることが出来た。一倉と女性がフラワー喫茶「ヘデラ」に入ったからだ。


「鈴佐ちゃん、二人がカフェに入ったから電話切るね。場所は後で送るよ」

「分かったわ、響。尾行ありがとうね」


 響は電話を切ってからカフェに入り、周りを見渡した。

 上壁紙は水色と白で構成されており、上には花の絵画が飾られている。下壁紙には濃い茶色の木製の壁紙が貼られていた。壁一面を覆っている棚には書籍やポプリが置かれており、落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 

 床には木製のフローリングが敷かれており、座席はカウンターやテーブル席、ソファー席など様々な物が置かれていた。天井に吊るされた照明は暖かな光で室内を照らしており、窓から差し込む自然光も心地良い温かさと明るさを出していた。


「落ち着いた雰囲気のお店だなぁ、結構好きかも」


 響がそんなことを呟いていると、ブラウスレディスとロングエプロンを身に着けたポニーテールの女性がにこやかに質問してくる。


「こんにちは、おひとり様ですか?」

「いえ、後で二人来る予定です」

「分かりました。席はどうしますか?」


 響はチラリと一倉と女性の方を見る。彼らが座っている場所はソファー席だった。近めに座った方が良いと考えた響は店員に「ソファー席でお願いします」と笑みを浮かべた。


「は、はい……わかり、ました」


 店員の反応から察するにまた変な顔をしていたのだろうと分かった響は下を向きながらソファー席に腰掛ける。一倉と女性から近くの席に座った響はメニューを見つめながら話を聞いていた。


「それで……の件は……」

「はい、こちらとなっています」

「……んな、なんとか……」

「いやぁ、無理ですねぇ。そもそも、これが必要だと思ったのは貴方ですよ?」

「……でも」

「でもじゃありません。高校一年生は大人です。貴方も判断できますよね?」


 響は会話内容を盗み聞きしていた時、あることに気が付いた。

 明らかに彼氏と彼女の会話じゃなかったのだ。


「とにかく、決めてください。やるかやらないか、ここで。じゃなければ、今回の件は無かったことにさせてください」

「……分かり、ました……やります……やらせて、ください……」

「それは、良い選択ですね」


 響はメニューを眺めながら相手の表情を確認する。その時見せていた顔を見た瞬間、響は血の気が引いた。前回見た犯人よりも理性的でありながら、正気とは思えない様な不敵すぎる笑みを浮かべていたからだ。


「それでは、後日連絡しますね。後、今回は奢らせていただきますよ」


 女性はそう言いながら支払いを終え、外へと出ていった。

 店内には響と俯いている一倉が残っていた。


「一倉君、だよね? 私、海瀬響だけど。何を話していたのか聞いてもいいかな?」

「……海瀬さん、いたんですか」


 一倉は下を向きながら運ばれてきたハーブティーを眺めた。


「海瀬さん、一つ聞いても良いですか?」

「どうしたの、一倉君」


 一倉は顔を上にあげ、泣きそうな表情になりながら響の方を見た。


「僕、これから犯罪に加担するかもしれません」

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