恋のアポトーシス

探偵少女はサディスト少女と将棋を指す

 四月十七日、火曜日。響は黒傘を差し登校していた。周りの傘に当たらないように注意を払う中、響は赤い傘を差す鈴佐と共に登校していた。軽く談笑しながら登校する中、二人の背中をポンと誰かが叩く。


「おはよう~~ございまぁ――す!!」

「おはよう、藤堂君。今日は早いんだね」

「今日は雨っすからね! 特にそう言う人いませんでした!!」

「そうなんだ。折角だし、一緒に行こうか」

「はいっす!! 二人をお供します!!」


 ビニール傘を差した藤堂は犬のような愛くるしさを見せながらがははと笑った。三人で談笑している中、「あ、そうだ」と言ってから藤堂が会話を切り出す。


「お二人は、一倉さんに彼女さんがいるの知ってます?」

「へ――そうなんだ」

「……知らなかった」


 鈴佐が軽く流す中、響は目を丸くしながら心の中で叫んでいた。心の中で飼っている乙女響が「そうなの!? モブ顔の一倉京君が!?」ととんでもなく失礼な言葉を口にしている。


「何しろ、清純で優しくて、真面目な方らしいですよ。凄いっすよね。けど一倉さんならそんな人とかと付き合えても納得しちゃうなぁ」

「それは何で?」

「だって、真面目そうじゃないですか。浮気とかしなさそうですし」


 藤堂の発言を聞いた響は一倉の顔を思い出す。数秒間浮気するような場面を想像してみたが、やはりモブ顔の彼に浮気する度胸があるとは思えなかった。


「そういえば、お二人は好きな人いますか?」

「ふぇっ!?」


 響は奇声を発しながら顔を赤らめる。両手で顔を隠しながら藤堂から顔をそらした。そんな様子を見ていた鈴佐がニヤリと笑みを浮かべながら肩を組み響にしか聞こえない声で質問する。


「何、アンタ好きな人いるの!? 教えなさいよ!」

「ふぇえ……教えられないよ……」

「何ぶりっこしてんのよ! 良いから教えなさい!」


 そんな二人の間に藤堂が割って入ろうとした。しかし、鈴佐は「アンタは入ってこないで! これは女子だけの秘密話よ!」と言って跳ねのけた。


 結局、響は鈴佐の質問には答えなかった。響は凛とした顔つきで藤堂と共にクラスに入る。響が座席に座り勉強本を取り出そうとする中、チャイムが鳴り担任の峯崎が入ってきた。


「先生、俺遅刻しませんでした!!」

「お、おぉそうか!! 偉いぞ!」


 藤堂が手を挙げて宣言する中、峯崎は硬い顔を朗らかにしながら芯の張った声で褒めた。すると周りのクラスメイトが拍手した。響もつられて拍手を行う。


「さて、そんなことは置いといてだ。今月の四月は何があるか知ってるな?」

「はい! レクリエーション合宿ですよね!!」

「正解だ、藤堂」

「あっざいます! ぞうすい先生!!」

「はっはっはっ、後で前に来い」

「え? あ、はい! 了解しました!!」


 峯崎は低い声で怒りを露にした。周りからくすくすと笑い声が聞こえてくる中、響は学生手帳を捲る。カレンダーのページを確認すると、四月二十八日の土曜日に行事として一年生のオリエンテーション合宿が書かれていた。


 響は頭の中で想像を膨らませる。夜風が吹く旅館の中、同じ部屋で浴衣を着ながら藤堂と共に星を眺める。そこで愛の告白を行い、藤堂と結ばれるのだ。


 ロマンチックな甘い夢を実現することが事件解決した響にとって一番の報酬だ。

 そのためには何としても同じ部屋を勝ち取る必要がある。


「あ、因みに学校の方針で男女は部屋分けるからな――」

 

 響は心の中で「ちくしょ――――!!!」と叫びながら澄んだ顔つきをしていた。キャラ崩壊しかかっている響も学内ではクール系イケメンを貫き通そうとしていた。


「それじゃ、今日の授業も頑張るように。起立、気を付け、礼」

「ありがとうございました!!」


 藤堂の大声と共にホームルームは終了した。その後、藤堂が峯崎の地雷を踏み抜いたことでこっぴどく叱られたことは言うまでもない。時間はあっという間に流れ放課後になった。


 藤堂と響が部室の扉を開けると、桜江と一倉が席の準備を整えていた。


「こんにちは、海瀬さんに藤堂君。海瀬さん、無事でよかったわ」

「うん、そうだね。海瀬さんは事件解決のヒーローだね!!」


 桜江が笑みを浮かべながら言うと、一倉も響を褒めたたえた。

 響は嬉しくなり自分自身で笑みを作った。


「海瀬さん、笑顔怖いわね。わざと?」

「もっと、もっと朗らかに!!」


 響は二人からかけられた言葉にショックを受けた。笑顔が改善していなかったことでは無く、好意を持っている藤堂に見られたかもしれないからだ。


「何言ってんすか! 海瀬さんの笑顔が怖いわけないじゃないですか! ねぇ、海瀬さん!!」

「そ、そうだね……」


 響は冷や汗を掻きながらかっこつけた表情に変えた。藤堂に見られていなかったことに安堵しつつ、響は「と、取り合えず二人の手伝いするよ」と気丈に振舞う。


「ありがとう、海瀬さん。それじゃ、何個か席出しておいてよ。その後は、いつも通り将棋しよう。幸い、盤は三つあるしね」

「分かった、じゃあ準備するね」


 響と藤堂は一倉達と共に部室の準備を数分で行った。

 机が整え終わったことを確認してから、響達は対局を開始する。


「よろしくお願いします」

「ひゃっはぁ――! よろしくぅ!!」


 対戦相手は美人の桜江、否、サディストの桜江だ。

 将棋になるとテンションが上がり、言葉遣いが粗暴になる。美人で将棋の鬼と言う属性から、文芸部が推し活している噂すらあるのだ。まだ将棋大会には出ていないが、出場したら将棋男子の情緒が可笑しくなるのは間違いないだろう。


 そんな風に響は分析しながら短い時間で指していく。お互いに相矢倉を組みがっしりとした展開の中、桜江が仕掛け響が受けるという展開が続いていた。


 持ち時間三分が刻々と減少していく中、藤堂達の方で決着がついた。藤堂の喜び方から察するに、一倉が花を持たせたのだろうと響は感じていた。


「ありがとうございました、参りました」


 その後数手指した後――響は、投了した。


「私のぉ……勝ちぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 両腕をあげながら高らかに桜江が勝利宣言を行っていた。

 直後、スイッチが切り替わったかのように桜江の表情が朗らかになる。


「ありがとう、海瀬さん。楽しかったわ」

「こちらこそありがとうございました、勉強になりました。因みに、何でそんなにキャラが変わるんですか?」

「う――ん、癖かな?」

「癖ですか」


 響は桜江のことが良く分からなくなった。

 そんなことを考えている間に、鈴佐と南村が部室に入ってきた。

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