探偵少女と人が死ぬ夢を見る少女 ③

 刀利から発生する事件の概要を聞いた響達は、昼飯を外で食べることになった。左側のソファーに宮前と響、桜江と一倉が座り右側には刀利と唯花、南村と藤堂が座っている。


「今日は先輩が奢ってくれるらしいですよ~~」

「馬鹿、奢らねぇよ。お前らも目を輝かせるな」

「まぁまぁお姉ちゃん。そう言わずにさ。何か奢ってあげなよ」

「お前なぁ……それを言えるのは千円がバイト一時間分の重さって知らない今の内だけだぞ……」


 唯花は溜息をつきながら全員分のドリンクバーを奢ることになった。一人当たり百八十円であるため出費としては非常に痛い。唯花が財布を見つめながらほろり涙を流していると、刀利が元気良くお礼を伝えた。


 刀利のお礼を聞いた唯花は刀利の頭をわしゃわしゃと撫でながら「このぉ~~可愛い奴め!」と笑みを浮かべた。そんな光景が微笑ましいと響は思っていた。


 今迄、響は知らなかった。こんな風にみんなで過ごす楽しさを。

 今迄、響は知らなかった。孤独では味わえなかった幸せを。

 響は知ってしまった。他の人と過ごすかけがえのない日々の大切さを。


 響は、知ってしまったのだ。それ故に、彼女の決意は決まっていた。


 昼ご飯を食べ終えた響達は唯花達のマンションに戻り将棋を指していた。


「ふんふん、成程ねぇ~~そう指すのぉ~~じゃあ、これはどうかな?」

「あっ、王手龍取り!! マジっすか!! 十枚落ちなのに強い!!」

「フフッ、経験の差よぉ~~」


 響は十枚落ちであるにも関わらず駒をほとんどとられた藤堂の事を軽く眺めた後、盤面に目線を戻す。響と宮前はお互いに原始棒銀げんしぼうぎんを指しており、相矢倉と呼ばれる囲いを形成していた。


 矢倉は縦の攻撃には強いが横の攻撃には弱い。そのことを理解している宮前は飛車を横に振った。囲いが薄い所をせめて拠点を作成しようとしたのである。


「フフッ、まだまだ甘いわね」

「くっ……」


 響は自身の状況が劣勢に追い込まれたことに気が付き冷や汗を流す。宮前は響の焦り顔を見つめながら得意げな表情で笑ってみせる。


「少し時間かかるでしょうから、これから起きる事件を再確認するわね。これから起きるのは、午後五時頃にマンションから徒歩十分ほどの距離にある道で会社員が不審者に刺される事件。被害者は三十代前半の会社員で百七十二センチの痩せ型。藍色のスーツに青と白のストライプを基調としたネクタイ、スーツと同じ色のズボンを履いている。髪型は七三分けで肌色感が強い。犯人は四十代後半の容貌に見える顔で百七十五センチの小太りした体型。服装は黒系で金髪、顔に少し痣があるのが特徴的。犯行理由は幾つかあるでしょうけれど、確実にあり得るとすれば怨恨でしょうね」

「いや、違う可能性もあるかもよ」


 響は真剣な表情で盤面を見つめながら呟いた。つらつらと楽しげに述べていた宮前の表情が少し曇る。宮前は首を傾げながら「何か間違えたかしら?」と声を高くする。


「夢の中で見た事件と現実で起きる事件には少なからず違いが起きる可能性があると思うよ。刀利ちゃんと話した時に聞いたんだけれど、夢の中よりも少し早く死ぬ人とか凶器が異なっていたこともあるようだし。もしかしたら、私達が予想しているよりも早く動く可能性だってある。だから、断定は出来ないと思う」

「それを否定したところで、事件の解決には結びつかないわ。私達がやろうとしているのは死人が居なくなる未来を変えると言う事だからね。神様みたいな事をやろうとするには、少なからず憶測と仮定でやっていかないと無理な事もあるわよ」

「けど、憶測だけだとイレギュラーが起きた時に対処出来ない可能性がある。それは分かっているでしょ?」


 響はそう言いながら次の一手を放つ。響が放った一手は宮前を悩ませるには十分だった。考える立場と意見を述べる立場が逆転した所で響が畳みかける。


「想定しなくちゃいけないことがあるとすれば、三つ。一つ目は被害者と犯人の位置が変わること。二つ目は犯人を取り逃し、逃げられること。三つ目は私達の誰かが犯人の人質にされること。特に三つ目は最悪だね。これが起きたら、捕まえるどころじゃない」

「そんなこと言ったって……じゃあどうすれば?」

「私だけで、犯人を捕まえる」 


 響は間髪入れずに返答した。返答を聞いた宮前は目を丸くしながら乱暴に立ち上がる。響の前に行った後、胸ぐらを掴み声を荒げた。


「馬鹿言うんじゃないわよあんた! それじゃ私達が邪魔みたいじゃ――」

「邪魔だよ」


 響は胸ぐらを掴みながら語気を強める宮前に冷たい視線を向ける。世界が凍った様な冷たい雰囲気が広がる中、マンション内にいるメンバーの視線が集まった。


 響は胸ぐらを掴んでいる宮前の右手を強引に引きはがした後、少し後ずさりしてから皆を眺める。


「邪魔なんだよ。貴方達だと、私からしたら足手まといにしかならない。そんな貴方達を死地に連れていけるほど、私は余裕が無い」

「でも……私達は――」


 宮前は反論しようとした。一人死地に向かう仲間を食い止めようとした。しかし、響の表情を見てしまった宮前は喉まで出かかった言葉を止め、うつむいた。


「大丈夫。私だけでも、事件は解決してみせるよ」


 響は優しい微笑みを浮かべながら宮前を抱擁した。静かな部屋の中、宮前の泣き声だけが部屋の中に響き渡った。



 響は荷物を用意した後、玄関前で靴を履いていた。将棋ミステリー同好会メンバーからの視線が集まる中、宮前が前に出て響の前に行く。


「さっきは声を荒げてごめんなさい。響、もし大変なことになりそうだったら、直ぐに私達を頼りなさい。火の中水の中、どんなところだって駆けつけるわ」

「ありがとう。宮前ちゃん。それと――」


 響は数秒間真剣な顔で下を向いた後、首を振ってから顔を上げる。そこには、楽し気な笑顔が浮かんでいた。


「それと――終わったら、対局の続きをしよう」

「――分かったわ、響。いってらっしゃい」

「いってきます」


 そんな会話を交わしてから、響はマンションから出ていった。

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