トロイメライの眼差し
探偵少女と人が死ぬ夢を見る少女 ①
「それじゃ、行ってきます」
「あぁ、車に気を付けろよ」
白いワイシャツと青いジーンズを着た響は腕を組む稲本を見つめながら玄関を閉めた。水色のトートバックを肩にかけている響は白のスニーカーを軽快に鳴らしながら道を駆け、川口駅前に到着した。
軽く辺りを見渡すと見慣れた人物が視界に入る。
その少女は細い体躯と黒の割合が高い茶髪が特徴の女性だ。桜の木の下で眠る猫がプリントされた白シャツの上に長袖の水色オーバーシャツ、下には
少女は響に気が付くとスマホをトートバックの中にしまい響に声をかける。
「おはよう、響ちゃん。調子良さそうね」
「おはよう、宮前ちゃんも元気そうだね」
「そうね、だって今日はミステリー関連の行動をする訳だから。当然私も元気になるって訳よ」
「そ、そうなんだ……」
響は茶髪を軽く揺らしながら天使の様な微笑みを浮かべる宮前に笑みを見せないまま返答した。
「おはよう、皆」
「おはようございます、部長!!」
「おはよう宮前さん、響さん」
そんなやり取りをしていると、私服姿の
「みんな揃ったわね」
「あれ、南村先輩は?」
「言ってなかったかしら? 元部長は現地集合よ」
「……そうっすか、了解っす」
響は部長が居ないことにショックを受け下を向いている藤堂の心情を理解した。藤堂は響が昨日予想していた以上に一目惚れをしているようだ。下手をすれば先輩に奪われる。そんな恐怖心が響の中に湧いてきた。
「それじゃ、行きましょ!」
「う、うん!! 行こう!!」
響は自分の恐怖心を隠すために強がりながら返事を返した。涼しげな風が吹く町の中、響達は男女グループに分かれて会話していた。
「そういえば、響ちゃんって将棋経験あるの?」
桜江が優しい顔で質問する。響は肩を跳ねさせた後、桜江の方を見る。
「少しあるかな。
「棒銀良いよねぇ。相手の囲いを一直線に崩す破壊力。そして、崩されたときの相手の苦悶な表情……想像するだけでも、とても良いよね!!」
響は桜江から顔をそらし何回も瞬きしながら首を傾げる。宮前は響の左耳に囁いた。
「ごめんね、桜江はあぁ見えて将棋だけはサディストなの。だから、受け入れてあげて」
「わ、分かった」
響はとんでもない情報をカミングアウトされたなと思いつつ、「そうなんだ、確かに楽しいよね」と明るく返答した。女子グループが話題をコロコロ変えながら会話を弾ませる中――
「すっげ――! 一倉君彼女いるんすね!!」
「ま、まぁうん。付き合ってるって言ってもたまに遊びに行く位だけどね」
「え――! 十分凄いっすよ!! どんな人、どんな人なの!?」
「う――んとなぁ……簡単に言えば、清純で優しくて、それでいて真面目かな」
「そうなんだ! お似合いだねぇ!!」
「あ、ありがとう……藤堂君は興味ある人とかいるの?」
「俺はいるよ! ただ、まだ告白できないかなぁ」
「そっか……うん、頑張ってね!」
「おぅ! 頑張るよ!!」
男子二人は恋愛話をしていた。元気はつらつの藤堂と落ち着いたモブ系少年、一倉。相反する人物像だが彼らは結構馬が合っていた。そんな会話をしていると響達は目的地に到着した。
白色のタイルを基調とした四階建ての鉄構造マンションだ。
表札には「足利ビル」と書かれている。
「外観綺麗だね」
「数年前に建築された建物らしいわよ」
「そうなんだね」
響と宮前がやり取りを交わしていると女性が歩いてきた。グリーンのストライプシャツに白パンツと言ったモダンな組み合わせをしたおっとりとした顔つきの女性は宮前に声をかける。
「おはよぅ~~宮前ちゃん~~来てくれてありがとねぇ~~」
「いえいえ! ミステリー提供ありがとうございます!」
「フフッ、そう解釈してもらえるとありがたいわぁ~~」
「おはようございます、南村先輩! 荷物持ちますよ!!」
「あら~~いいのぉ? じゃ、甘えちゃおうかしらぁ~~」
「はいっす! 何でもお申しつけくださいませ!!」
響は南村が持っていた黒革のトートバックを持つ藤堂に心の中でお気持ち表明していた。その姿は
「ここから先は私が先導するからぁ~~皆、ついてきてねぇ~~」
響達は南村の後をついていく形でマンションの部屋に向かった。四〇一号室と書かれた部屋のインターフォンを押すと玄関が開く。黒色のシャツにベージュのパンツをはいたブロンド髪の女性だ。その女性は釣り目で南村のことを見ると、「来たか。入ってくれ」と呟いた。
「お邪魔します」
響は一番最後に玄関から入り、鍵を閉めた。靴を脱いで部屋に上がり軽く見渡す。
部屋はキッチンとリビングが繋がっている形で、リビングに黒色のダイニングテーブルセットが置かれている。棚の上には液晶テレビが置かれており、横にはWi-Fiルーターと固定電話が設備されていた。
「すまん、客人に用意出来る物は無いが大丈夫か?」
「ふふっ、良いわよぉ~~それじゃ、座らせていただくわね」
南村は椅子に座らず床に座った。人数分の椅子が無いと判断し、床に座ったのだろうと考えた響は同じように床に正座した。ブロンドの女性は響達と同じ様に床に座った。
「私の名前は
「はい、合っていますわ。私達、将棋ミステリー同好会は天まで届くエベレストから地球上で一番深いチャレンジャー海淵までどこまでも行きますわ!」
「フフッ、冗談がお上手の様で」
「本気ですわ」
「ハハッ、そんなご冗談を」
「本気ですわ」
「……あ、あぁ分かった分かった」
唯花は軽い口調で同意した後、「案内するからついてきてくれ」と言い立ち上がる。その際、南村がメンバーの方を見て忠告した。
「皆さん、今から見る光景は結構衝撃的だと思います。ですが、決して相手の事を馬鹿にしたりしないでくださいね。悩みがある人はその人なりに悩んでいるんです。だから、奇異な目で見たり扱わないで下さい」
「分かりやした、気を付けやす」
「分かりました。気を付けます」
響と藤堂は真剣な顔つきで同じ様に返答を返した。
「それじゃ、開けるぞ」
唯花がテレビの横にある扉に手をかけ、重々しい音と共に開く。部屋の電気が付くと同時に、内装が明らかになった。
そこにあったのは、部屋中に貼られた
「
唯花の発言と共に正気を取り戻した響は部屋の真ん中で毛布をかぶり体育座りしている少女が視界に入った。背中まで伸びていそうなつやのない黒髪を持つ小柄な体躯の少女は下を向きながら返答を返さなかった。
「すまん、入ってくれ。そして、話を聞いてやってくれ」
唯花は申し訳なさそうな顔をしながら響達を部屋の中に入れた。
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