探偵少女の脳内会議(箸休め回)
爽やかな青空に包まれた四月十五日、響は「藤堂が南村に告白し付き合う」という夢を見て目が覚めた。
「やめてよ、縁起でもない……って別に好きじゃないし」
響はぼそりと呟きながら布団から出る。薄生地の寝間着を着たまま顔を洗い、
「……にぃ――」
響は鏡を見つめながら笑みを作る。映されたのは笑顔では無く恐怖心を煽る顔だ。
「こんな笑顔じゃ、藤堂君から嫌われちゃうな」
響は俯きながら化粧室から台所に向かい、冷蔵庫を開けてから収納棚のコップを取り出した。じょぼじょぼと音を鳴らしながら冷水を入れた後、扉を閉めて水を口に運ぶ。
響は冷たさと潤いを感じた後、空になったコップを桶に入れ部屋に戻る。二十分間勉強を行った後、響はベッドに腰掛けながらスマホを触り始めた。
普段スマホを触らない響が使用する理由。それは前回の同好会で連絡用のグループを作成したからだ。SNS経験に乏しい響にとって、生まれて初めてのそれは興味を惹いた。
心地良いリズムで音を鳴らす鼓動を聞きながら響はSNSのアイコンを押した。画面上に勿忘草とアプリ名が表示された後、アプリを使用する画面になった。響は、前回宮前から教えてもらった操作を行おうとしていた。
「……え、あれ……え、ちょっと、ちょっとまって?」
響は足を揺らしながらベッドに寝っ転がる。スマホを持ち上げ目を細めながら画面を見る。何回瞬きしても、その画面が変化することは無かった。
響の目に映っていたのは、新しい友達の項目と藤堂慎平という名前だった。猫のアイコンを使用した藤堂の名前を見た響は目を丸くした後、細めながら首を左右に動かした。
開演する音が鳴る。赤幕が上がり映されるのは、証言台に立った響と眼鏡と紺スーツを着た天才風の響、緋色のスーツを着た傲慢な顔つきの響だ。
眼鏡を付けた裁判長の格好をした響がかんかんと音を鳴らす。
「それでは、開廷します。被告人、海瀬響。貴方は藤堂慎平君を勝手に彼ぴっぴ判定し、変なメッセージを送ろうとしましたね?」
「し、してません! わたしはしませんよそんなこと!!」
「そうですか。それでは、検察側に聞きましょう」
緋色のスーツを着た響が声を荒げながら机を叩く。普段の響からは予想もつかない行動をする検察官の響は語気を強めながらはきはき喋った。
「裁判長! 被告人は彼氏ではないただの同好会メンバーに変なメッセージを送ろうとしました! 実際の画面がこちらです!!」
検察官はそう言いながらベッドで横になっている響のスマホ画面を見せる。そこに映っていたのは、絵文字と顔文字を多用した自己紹介文を作成している響の姿だった。
「きゃああああああ!! 何見せてるんですか!?」
「被告人、貴方に止める権利はありません」
「このようにぃ! 被告人は彼氏ではないメンバーにとんでもない内容を、個人的に送信しようとしています! 彼女になりたいなら、もっと落ち着きもてや!!」
検察官風の響は被告人の響にメンチを切りながら怒声をあげる。被告人の響は怯えながら「すみません、すみません!」と頭を下げた。その様子を見た弁護士風の響が「裁判長、私からも良いですか?」と優しい声色で言う。
被告人の響は優秀そうな顔つきの響を見ながらこの人なら大丈夫かもしれないという淡い期待を抱いていた。しかし、現実は非情であった。
「裁判長、私達は藤堂君が間違えて登録したと思います! かっこつけた表情だけを見せている相手に恋心を抱く訳がありません!」
「ぐふぅ!!」
「そもそも、あまり話してこない相手に一目惚れするなんてありえないんですよ!! ラブコメじゃあるまいし、現実であるわけ無いじゃないですか!!」
「がはっ!!」
「裁判長、故に私は彼女の弁護を拒否します!!」
裁判の傍聴をしていた中高生や老人達がざわつき始めた。
その様子を座って眺めていた響は、一言だけ呟いた。
「なんだこりゃ」
そう言った後、響の意識は現実に返ってきた。数回深い深呼吸をしてからスマホの画面を見る。そこに映っていたのは、藤堂からのメッセージだった。
「海瀬さん、おはようございます! 同じクラスの藤堂慎平です!!
海瀬さんと友達になりたいなって思い、友達登録しました!
これから仲良くしてくれると嬉しいです!!
よろしくお願いします~~!!」
響は藤堂のメッセージを見てから自身の考えがおこがましいものだったと気が付いた。下書きとして書いていた二百文字の怪文書を削除し、普通の返答を返した。
「ふ――っ……やっぱり、ほどほどの関係性の方がいいよね」
響は返信がこないだろうと考えながらスマホの画面をそのままにして部屋から出た。その後、ぐるぐると回っている犬とよろしくねの文字が描かれたGIFスタンプが送られたことを響はまだ知らない。
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