探偵少女は元部長に無茶苦茶嫉妬する

 響達は目の前で頭を下げながら謝罪の言葉を述べている男女を見ていた。

 

 女性は長い黒髪が特徴的で文学少女のような落ち着いた雰囲気を纏っていた。身長は響とあまり差は無いが、勝ち誇っていた時の狂気的な笑みや言動は微塵も感じることは出来ない。


 隣にいる男性はツーブロックの髪型が特徴的な人物で、地味である。負けた際に情けない声を出していたため、響の第一印象は弱い人だった。


 独断と偏見の人物分析を行っていると、後ろの扉が開き宮前と女性が入ってきた。女性は黒髪ワンカールのミディアムレイヤースタイルを揺らしながら目尻が下に伸びた瞳で響達を数秒間見つめた後、にこやかに微笑んだ。


「皆さん、初めましてぇ~~私、去年まで将棋同好会で部長の仕事をしていた南村琴乃みなむらことのです~~よろしゅうお願いします~~」

「お願いしやっす!!」


 南村が挨拶を終えると同時に藤堂が真っすぐ立ってから頭を下げた。響はその際に藤堂の顔に起きた変化を見逃さなかったが指摘せず「よ、よろしくお願いします」と頭を下げながらたどたどしく挨拶した。


 南村はゆっくりとした口調で言葉を続ける。


「ふふっ、元気が宜しいようで嬉しいわぁ~~ねぇ、宮前ちゃん」

「そうですね、元部長! 流石私と言ったとこでしょう!」


 宮前が胸を張りながらふんと鼻で息を吐く中、南村は「頑張ったわねぇ~~ありがとう~~」とパチパチと両手を叩いた。


「皆さん、自己紹介してもらってもいいでしょうかぁ~~」


 南村がそう言った後、突如手を挙げた人物がいた。それは、顔を赤くしていた藤堂だった。響が心の中で驚いている中、藤堂は説明を始めた。


「初めまして! 藤堂慎平ですっ! 将棋は興味を持ったので入部を希望しました! まだまだ初心者ですが、お願いしゃっす!」

「フフッ、初心者さんなのね~~私達は初心者も歓迎だからどんどん聞いて、成長していってね~~」

「はいっす、南村さんッ!!」


 響は仲良さげに話している藤堂の顔を真顔で見つめながら他のメンバーの自己紹介を聞く。女性が桜江薫さくらえかおる、モブ顔が一倉京いちくらきょうだった。


「自己紹介ありがとう~~皆さん、これから宜しくね~~」

「よろしくお願いしやっす!」


 響は目元をきらきらと輝かせながら元気に挨拶する藤堂をかっこつけた顔つきで見つめながら挨拶した。そんな中、顔を上げ終えたことを確認してから南村が口を開く。


「宮前ちゃん。ミステリー関連のお願いがあるんだけれどいいかしら~~?」

「ミステリー!? ミステリーって言いましたの貴方!?」


 その直後、宮前の表情が狂気的な笑みに変わる。その姿はさながら餌を待ちきれんとばかりに尻尾を振る犬の様だった。


「オカルト、UFO、殺人事件! ミステリーならなんでもござれですわ!」

「いや、殺人はあまりよろしくないかと……」

「だまらっしゃい!!」


 響は理不尽に叱られている一倉の事を憐れみつつ、依頼内容を聞くことにした。南村が真剣な眼差しで話したその依頼は響が今まで嗜んできた書籍では聞いた事が無い部類だった。

 

「私の友達の妹がね、夢の中で人の死を見るらしいの。解決してくれないかな」


 その内容は、殺人事件やUFOとは異なるものだった。怪異の内容に近い類の依頼を聞いた響の理解が追い付いていない中、宮前が威勢良い返事をする。


「分かりました、部長さん。私達で悩みを解決してみせますわ」

「部長!? 解決出来るんですかそんな問題!?」

「悩んでいる人がいたら手を貸してあげる。それが人間ですわ! つべこべ言わずに解決しに行くのよ!」

「……そうっすね、部長の言う通りっすわ。人が悩んでいたら解決する! それが、人間ってもんでしょうよ!」

「そ、そうだね藤堂君! 私もそう思うよ!」


 響は藤堂が言い切った後に言葉を続けた。その様子を見た宮前が「流石探偵志望、期待してるよ!」と目を輝かせた。響は周りから視線が集まっていることに気が付き冷や汗をかいた。


「探偵、良いじゃないっすか!! 応援するっすよ!!」

「あ、ありがとう……」


 響は元気良く発言した藤堂の顔を見ながら弱弱しく返事をした。その後、宮前の提案により悩みを持った人物の家には今週の日曜日に行くこととなった。



 その日の夜、響は宿題を数十分で完了させ予習に取り掛かろうとしていた。しかし、文字を書く度に部室で見た光景が思い浮かんだのだ。


 藤堂が部長を見た際に顔に起きた変化。それは今日宮前達が話している時に教員に起きた変化と同じであり、響が藤堂を見た時と同じ変化だった。


「顔、赤かったな……もしかして……」


 元部長のこと、藤堂君は好きなのでは?


 響の脳内でそんな言葉が反響する。頬を両手で触りながら上下に動かし目を閉じて眉間に力をこめる動作を数回したが、言葉は取れなかった。


 響は筆記用具を置いてからベッドに寝っ転がった。中学時代まで存在しなかった心臓の高鳴りは、勉強が出来ない警鐘ではなく別の感情を指し示していた。


「もう、何考えてんのよ私……! 確証が無い癖に嫉妬して……!」


 響は無関係の元部長に嫉妬心を抱いていたのだ。口では違うといっても鼻元に置いている両手が彼女の感情を物語る。しかし響は数回鼻呼吸した後、冷静さを取り戻した。


 そのまま、何故こんな感情を抱いているのか分析し始めたのだ。


「何でこんな思い抱いているんだろう。もしかしたら小学校とか中学校とか一緒……いや、私なら気が付くか。って、何考えてんのよ私! 

 彼に恋心なんて抱いてないから!! 」


 響は蓑虫みのむしの様に布団にくるまりながらぶつぶつと藤堂のことを考え始めた。


 しかし、答えは生まれず、ただただ元部長に対する身勝手な嫉妬心が生まれるばかりである。身勝手すぎる気持ちを抱いていた響は自分が自分では無い様な錯覚に陥りかけていた。


 そんな響が布団から出たのは稲本から「ご飯が出来たぞ」と言われてからだった。


 その日の晩御飯で、稲本から軽口を言われた響がどんな対応したかはご想像に任せよう。

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