探偵少女は将棋ミステリー同好会に向かう

 響は宮前と別れた後、高校一年生で習う内容の予習をしていた。授業外で学習時間を減らし探偵勉強に多くの時間を費やせるようにする為だ。しかし、響は前日と同じように学習効率があまり上がらなかった。


 チャイムが鳴った時に解き終えていたのは三問だった。十分で五問を解けた響にとって、ショックは大きかった。響は参考書を机にしまった後、真顔で峯崎の方を見た。


「ほ――い、それじゃHRを始め――」

「ずいませんっ!!」


 ガシャンと扉の音が鳴ると同時に、男の子が息を切らし入ってきた。その姿を見た途端、響はまた顔が熱くなった。心臓の鼓動が早くなり、呼吸も早くなる。それでもこれは恋じゃないと、響は自分自身の胸を叩きながら言い聞かせる。


「藤堂……入学式と同じ様に遅刻とは、なめてんのか?」

「舐めてません! ただ、味噌は貰いました! ほら、これです!」


 藤堂はそう言いながら藤堂とお婆さんが一緒に映った写真とお礼が書かれた味噌を見せた。峯崎は「信じられんな……まぁ、良い。取り合えず遅刻1回な」と言いながら出席簿の遅刻欄にマークを付けた。

 

「人助けは良いことだが、次からは遅刻するんじゃないぞ――」

「はい、了解いたしやした!!」


 峯崎がため息をついている中、藤堂は席に着いた。周りの男子生徒からちょっかいをかけられ笑いあっている中、響は胸の高鳴りが起きないようにする為に窓の外を眺めていた。


「それじゃ、今日の授業も頑張るように。起立、気を付け、礼」

「ありがとうございました!」


 HRが終わると同時に律儀に座っていた学生達は無造作にばらけ、集団を形成した。響はいくつかの集団を眺めた後、勉強を再開しようとしていた。そんな時だ。


「海瀬さんって、君だよね?」

「……!?」

「そんな驚かなくていいよ、海瀬さん。君も将棋ミステリー同好会入ったんでしょ? 俺も入ったんだ――! これからよろしくね!」


 響は頬をりんごのように赤く染めながら驚いたという声を出した。将棋ミステリー同好会に入ったのが自分だけだと考えていたからだ。思わぬサプライズを受けた響は窓の方を向いてから両手を皿の形にし口元に当てる。


 響は熱い吐息を両手に感じながら速まる呼吸をゆっくりにするために深呼吸する。吸って吐く動作をゆっくり行うことで焦りが緩やかに収まっていく。いつもの調子に戻った響はかっこつけた表情を浮かべ藤堂を見た。


「そうなんだ。じゃあ、これからよろしくね。藤堂君」

「こちらこそよろしくね! 海瀬さん!」


 藤堂はかっこつけている響と握手を交わした。


「それじゃ、また放課後で!」

「うん、そうだね」


 響は自分の席に戻る藤堂を数秒眺めた後、体ごと顔を窓の方に向けた。先程まで肌色だった頬は茹蛸の様に赤くなり、心臓の鼓動が痛いと感じるほどに早くなる。


 クラスメイトから「あの子湯気上がってるね」「タコなのかな?」と冗談が聞こえてくるが、響は把握する余裕を持っていなかった。響は鎖骨と首の間に右手の親指と人差し指を軽く当てながら呼吸する。


「す――っ、はぁ――っ、す―っ、は―っ……よし、収まった」


 藤堂を見る度に現れる症状の解決は迅速にした方が良いだろうと響は考えつつ授業の準備を始めた。


 授業はあっという間に終わり、昼休みとなった。

 お弁当が無い響は売店に一人で向かおうとしていた。


「響ちゃん! もし良かったら一緒に食べましょ?」


 財布を確認している響に対し話しかけてきたのは宮前だった。予想すらしなかったお誘いを貰えた響は天と地の差がある笑みを浮かべ「うん!」と声を弾ませる。


「因みに、部員は誰か把握したかしら?」

「今の所は藤堂君だけかな」

「そっか」


 宮前は塩ラーメンの薄いチャーシューを細麺と一緒に口へ運ぶ。響は口元を隠し美味しそうに食べる宮前をちらりと見てから自作弁当を食べようとした。


「こんにちは! 最中さなかさん!」


 宮前の目線に響が顔を向けるとポニーテールの幸薄そうな女性がいた。響が「学外関係者かな?」と考えている中、女性は柔らかい物腰で返答する。


「ふふっ。村中むらなか先生でしょ、宮前さん」

「そうでした! 失敬失敬」

「因みに、そこの席は空いてる?」

「空いてますよ! ささ、どうぞどうぞ!!」

「ふふっ、ありがとね」


 響は宮前の隣席に座り談笑する村中先生を眺めながら売店で購入した食べ物をもぐもぐと食べていると、宮前が響の方を見た。


「紹介しますね、村中先生。この子は海瀬響ちゃん。将棋ミステリー同好会の入部希望者です!」

「あっ、そうだったのね。よろしくね、海瀬さん」

「よろしくお願いします、村中先生」


 響は会釈してから食事を再開する。もきゅもきゅとご飯を食べていると村中先生の頬が赤くなっていることに気が付いた。響は私と似ているなと感じつつご飯を食べ終えてから「ご馳走様でした」と両手を合わせた。


「それじゃ、私そろそろ行くね」

「うん! また会いましょ!」


 仲の良さそうな2人の邪魔をしてはならないと考えた響は宮前に一言伝えて教室に戻った。


 時計はぐるぐる回転し放課後を迎えた。響は隣で机に突っ伏している藤堂の左肩を右手でトントンと触る。


「はっ!? 俺、寝てた!?」

「……うん、寝てたよ」


 響は藤堂と話す時の表情に変えて返答した。藤堂は上側に両手を伸ばした後、「それじゃ、行こっかぁ」と眠たげな顔つきで響に言った。響は藤堂と横に並びながら、部室へと向かった。


「本当に将棋ミステリー同好会なんだ……」


 響は扉の横壁に付けられた将棋ミステリー同好会と書かれた表札を横目で見てから部室の扉を開けた。その瞬間、聞こえてきたのは――


「ぎゃはははははっ! 私の勝ちぃ!」

「ぎゃああああああああ!!」


 将棋とは思えない絶叫だった。

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