探偵少女は押しに弱い

 季節は流れ、四月十日の火曜日となった。


「やっぱり春は良いなぁ」


 響は木の枝に乗る鳥に笑みを見せると、鳥達は震えてから飛び去った。

 響はむっとしたが、鳥に怒っても仕方ないと思い高校へ向かった。


 信号を待っていると、同じ制服を着ている生徒達が響の瞳に映った。響は様々な髪形や背身長の生徒達を顔を軽く動かしながら眺めていく。数秒間眺めていると信号が青になった。響は顔を前に戻し信号を渡る。


「干潟の制服どう思う?」

「地味だよねぇ。というか校則硬すぎ――」

「別にマニキュアとかつけてもいいじゃん?」

「ね――」


 響と同じ制服を着た女子生徒が横を通り過ぎた。市立国潟高等学校しりつくにがたこうとうがっこうは干潟と呼ばれる。制服が地味で校則が硬いからだ。

 

「可愛いと思うんだけどなぁ」


 響は青色を基調とした軽い生地のブレザーと膝上下のスカートの服を眺めながら学校まで歩いた。数分かけて校門前に着くと入学式と書かれた看板が目に入る。


 響は看板前で写真を撮っている生徒達や談笑する生徒達を尻目に校内に入った。周りの生徒が上履きにはき替えていないことを確認し教室へ向かう。


 汚れが少々あるクリーム色の廊下を歩き一年二組と書かれた教室の扉を開ける。教室の机と椅子、黒板や窓といった普通の学校設備が視界に入った。響は黒板にはってある座席表を確認し、左の最後尾から二番目の席に座った。


 校庭や体育館、プールが見える位置を取れた響は笑みを浮かべた。授業中に面倒臭くなった際に外を見ることで暇を潰せると考えたからだ。


「お――い、そろそろホームルーム始めるぞ――」


 響が窓を眺めているとチャイムの音と同時に赤ネクタイを付けた大柄な男が入ってきた。まん丸の顔にパンチパーマ、細い瞳を持つ男は教壇に立つと自己紹介を始めた。


「皆さん、初めまして。担任の峯崎三水みねざきぞうすいです。主に物理を担当しています。野球部の顧問を担当しているので、入部希望者は私まで――」

「すみませぇん!」


 峯崎が自己紹介を行っている時だった。制服を着た生徒が扉の音を鳴らし教室に入ってきた。響は閉じかかっている目を微かに開きながら生徒を眺める。


 耳までかかる程度の髪にまん丸とした目、真っすぐと伸びた背筋を持つ男の子だった。現れた生徒に奇異な視線が集まる中、響は視線をそらしていた。


 響の顔が異様に熱くなり始めたからだ。風邪を発症したような症状が突如現れた響は冷や汗を浮かべながら窓を見る。そんな中、少年は峯崎の下へと向かった。


「名前は?」

藤堂慎平とうどうしんぺいです!!」

「遅延証明書は?」

「持ってないです!」

「遅刻理由は?」

「近くのばっちゃんを助けてたら遅刻しました!」

「そうか……藤堂。後で職員室に来なさい」

「イエッサー! ぞうすい先生!」


 慎平は敬礼のポーズをしながら地雷を踏み抜いた。峯崎は眉間に皴を寄せたが、ためいきをつきながら「分かった分かった。取り合えず、遅刻一回目な」と言いながら出席簿に遅刻と記入した。


「すみません、席は何処ですかね?」

「あそこだ」


 峯崎は響の右隣りの席を指差した。慎平は「あざっす」と元気良く頭を下げた後、席に座り周りの生徒に挨拶していく。そんな様子を見た峯崎はためいきをつきながら右手で後頭部を触った。

 

「……取り合えず、今は八時四十分だからそろそろ入学式の準備をする様に。いいな。それじゃ、ホームルームを終わります。起立、気を付け、礼」

「ありがとうございました!!」


 慌ただしいホームルームは挨拶と共に終了した。

 


 形式的な入学式が終了し、お昼になった。響は教室で1人参考書を読みながら黄昏たそがれていた。響が感じた胸の高鳴りや顔の赤みは未だ消えない。


「う――ん……集中できない……」


 響は右手で後頭部を擦りながら弱弱しい言葉を漏らす。探偵を目指す響にとって勉強は重要だ。なのに、響は慎平を見てから勉強に集中出来なくなった。このままだと探偵になる夢が叶わなくなる。


 響は焦りを感じながら脳を回転させていた。

 

「お邪魔するわよ!!」


 響の思考を遮る音が響くと同時に少女が一人、教室に入ってくる。黒色の割合が高めの茶髪と丸みのある黒目を持った女の子だ。女の子は胸を張りながら仁王立ちすると開口一番こう言った。


「私は一年三組の宮前鈴佐みやまえすずさ! 貴方、ミステリーに興味があるようね!!」


 響は目を丸くしながら見つめた後、参考書に目線を向けた。頭に入らないが、やばそうな人間を避ける時は勉強しているという行動をとるのが一番だからだ。


「大丈夫、怖くないわよ! 私、貴方にお願いしたいだけだから!」


 響は真横に顔を近づけながらねっとりとした優しい声で言葉を言う宮前に驚き、席からすっころんだ。尻と腰を軽く打ち「痛い……」と声を出す。宮前は申し訳なさげな顔つきになりながら「ごめんなさいね、少し焦りすぎたわ」と謝罪を述べた。


 案外話が通じるのかもしれないと思った響は念のため用件を聞くことにした。すると、宮前は響とは天と地の差がある笑みを浮かべながら両手をパンと鳴らした。


「お願い! 将棋ミステリー同好会に入ってくれない!?」

「……将棋、ミステリー同好会……?」


 響は困惑した。将棋とミステリーを合併させた課外活動は聞いた事が無かったからだ。響が脳内で処理している中、宮前はまた顔を近づけてくる。


「表は将棋をするけど、裏ではミステリー関連の調査をするの。学校じゃ味わえない様々な体験をする予定よ!」

「予定なんだ」

「そう、予定よ! 何故なら、私が今日作ったからね!」


 響は目を丸くした。入学式に部活や同好会を作るなんて聞いた事が無かったからだ。響が驚いている中、宮前は言葉を続ける。


「将棋同好会の入部者数が足りなかったから私が入会する代わりに将棋ミステリー同好会発足をするってお願いしたのよ。そしたら、部長は快く承諾してくれたって訳! お陰で初期から同好会設立が出来たのよ!」


 響は「めちゃくちゃだなぁ」と心の中で言いつつ、宮前の行動力を褒めた。普通の人間だと同好会設立で時間がかかるものだ。それを、人数が足りない部門を狙い取り込んでしまったのだから、相当頭が切れるのだろう。


 響は宮前のことを評価しつつ、眉を八の字にした。


「私、入る気ないよ?」

「は!? 何で、どうして!?」

「勉強に支障が出そうだし、それに私には夢があるから」

「それって、探偵のこと?」


 響が発言すると同時に宮前は返答を返す。なりたい夢を言い当てられた響は宮前から視線をそらす。しかし、宮前はそれを許さなかった。


「探偵を目指しているのね! とてもいいと思うわよ!! 私達の同好会は貴方の夢をサポートするわ! えぇ、勿論。嘘はつかないわ!!」

「う……うん……分かった……入るよ」

 


 響は稲本と共に食卓を囲んでいた。この日のラタトゥイユにご飯、サラダといった構成だった。響は自分で作ったラタトゥイユを味わいつつ、稲本の方を見た。


「稲本さん、今日入学式があったんだよ」

「おぅ、そうだな。勿論、顔は出したぞ。気が付かなかったかもしれないが」

「うん、気が付かなかった。正装すると本当に分からないね」

「それは心外だな……」


 稲本はかけていた黒縁眼鏡をくいっと動かした後、響の顔を見つめた。


「それで、何かあったのか?」

「うん。私、同好会に誘われたの」

「良いじゃないか。名前は?」

「将棋ミステリー同好会」

「将棋ミステリー同好会……?」


 稲本は聞きなれない単語を聞き眉を八の字にしながら数回首を左右に傾けた後、言葉を口にした。


「部長は何年生なんだ?」

「私と同じ学年」

「はへぇ――凄い子がいたもんだなぁ」


 稲本は水を飲みながら腕を組み頷いた。

 響も同じように水を飲もうとする中、稲本は目を細めながら響に声をかけた。


「お前、恋してるだろ」

「んっ!?」


 響は目を見開きながら口に含んだ水を飲みこみ胸を叩いた。おでこに汗を浮かべながら息を整えた後、稲本を睨みつける。稲本は口角を上げながら笑い声を出した。


「はは! お前、好きな人が出来たのかぁ!?」

「そんなわけないから!!」

「その様子を見て違うって言っても、意味ないねぇ~~」


 響が顔を赤らめながら声を荒げる中、稲本はにんまりと笑みを浮かべながらぬめっとした口調で言った。また水を飲んだ後、響の方を見る。

 

「いやぁ、良かったよ。お前が恋愛感情持ってて」

「べ、別に持ってないから! まぁ、気になる人はいるけど……」

「それは恋愛感情だぞ」


 稲本が冷静に言う中、響は顔を赤くしながら反論した。


「べ、別にそれ以外もあるでしょ! 例えば、憧れとか!」

「ははっ、そういう考え方もあるよな」

「だから、恋愛感情じゃないって!!」


 そんな2人の食事はあっという間に終わった。



 翌朝、響は稲本と朝御飯を食べていた。背中を軽く丸めながらジャムが塗られた食パンをもしゃもしゃと食べつつ、時折欠伸をしている稲本を見た。眠たげな様子の彼を見た響は「昨日遅かったの?」と質問する。


「あぁ、ちょっと調べものしててな。遅くなった」

「そっか。はやめに寝るように気を付けなよ」

「そうだな」


 響は「ご馳走様でした」と言ってから流し台に食器を持って行く。


 食器と手を水で洗った後、歯磨きや着替えを済ませ、学校に行く準備を終えた。響は先日の理由を聞くことなく、学校に出発した。


 響は同じ制服を着た生徒達と共に学校へと向かっていく。道中、彼女に話しかけてくる人物はいなかった。響は顔を下に向けながら学校へ向かおうとしていた。


「わっ」


 突然後ろから肩を叩かれた響は高い声を出しながら後ろを向く。

 そこに立っていたのは、悪戯小僧のような笑みを浮かべている宮前だった。


「響ちゃん! 一緒に学校行きましょ!」

「えっ、いいの? 私なんかで……」

「良いの良いの! 同じ同好会の仲間だからね!」

「……ありがとう」


 響は宮前と共に学校へと向かった。信号機で待っていると、周りの男子から注目が集まる。煽る様な声と細い眼の視線を感じた響はたじろいだ。宮前は響に肩を組みつつ「ふふっ、ありがとうね」と弾むような声で返事を返した。


 宮前の対応を真似しようと思った響は最上級の笑みを作り男達の方を見る。直後、男達が放ったのは女性に放ってはいけない言葉だった。響はショックのあまり、足を止めて地面を眺めた。


 そんな響の頭に、温もりが走る。


「大丈夫大丈夫。あの人達が見る目、無かっただけよ」

「……本当?」

「うん。だから、前向いて歩きましょ!」


 宮前は天使のような微笑みを浮かべながら明るい声で慰めた。響は数回目元を擦った後、笑みを浮かべながら「ありがとう、宮前ちゃん」とお礼を伝えた。響の笑顔を見た宮前は「やっぱ、可愛いじゃない!」と声を弾ませたのだった。

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