探偵少女は迷子に出会う

 響達は下校時間の時より活気づく川口駅周辺についていた。道中、響は人の表情を観察していた。探偵となった際に人の特徴を捉えられる様にするためだ。


 笑顔を浮かべるカップルや子供と手を繋ぎ一緒に歩く家族、響と同年代の男女グループ等、色々な人達の日常が見て取れた。様々な人の姿を眺めている中、響の視界に二人の男女が映る。


 青色の服を着た男性と白色の服を着た女性だ。女性は涙を流し、男性は額に汗を浮かべながら言葉を言っている。何を話しているのか気になった響は足を止めたが、稲本から急かされ観察を辞める。響達は手すりに摑まりながら川口駅の階段を登り切る。駅の方にゆっくり歩こうとしていた時だった。


「パパ、ママ……どこに行っちゃったの?」


 人混みの中、体を震わせ涙を流す一人の子供がいた。短い黒髪に丸い頬を持った男の子だ。青色の無地シャツと短パン、子供用の運動靴をはいた男の子は首を左右に振りながら不安げな表情をしていた。


 道行く人々は子供を無視して通り過ぎていく。子供を無視し行動する大人達に対し響は怒りの感情を抱いた。しかし、心を落ち着かせるべきだと考えた響は深呼吸した後、稲本の顔を見た。


「私、行ってくる」

「あぁ、俺も一緒に行こう」


 響と稲本は人混みを避けながら泣いている子供の前に向かった。泣きじゃくっている子供の前についた響は子供の目線まで膝を曲げてから質問する。


「僕。お父さんとお母さんを探しているの?」

「……うん。パパとママ、どこかいっちゃった……」

「それは大変だね。じゃあ、私達がパパとママをさがしてあげるよ!」

「ホント!? ありがとう、こわいかおのおねえちゃん!」


 子供は無邪気な毒針を響へ放つ。脳内で雷の音が鳴った後、響はへなへなと膝から座りこんだ。十歳にも満たないような子供から無垢な笑顔で言われる言葉は心を想像以上にえぐった。

 

「……取り合えず、交番へ向かおうか」

「……そうだねぇ、稲本さん」


 響は俯きながら稲本に返答を返した後、川口駅前交番へと向かった。

 ガラスで作られたプリンのような物体が載っている六角柱の建物に入ると、警官服を着た若そうな男が話しかけてきた。


「こんにちは、田淵たぶちです。本日はどんなご用件で?」

「この子が両親とはぐれてしまったらしくて……」

「そうなんですね。保護のご協力感謝します! ぼく、名前は言えるかな?」

「みきと!」

「みきとくんね。苗字は言えるかな?」

「え――っと……う――んと……」


 警官は口角を上げながら優しげな声色でみきとへ質問したが、返答は帰ってこなかった。響はみきとが焦っており、その影響で名前が言えていないのだろうと気が付いた。警官が腕を組み首を傾げる中、響は頭の中に先程の記憶が沸いてきた。


「みきと君。パパとママがどんな服を着ていたとかは言えるかな?」

「ぼくわかるよ! パパはね、青い服着てた! ママは、白の服着てた!」

「そうなんだ。教えてくれてありがとね」


 響は男の子の話を聞いて合点がいった。先程人間観察をしていた際に見つけた二人が男の子の両親ではないかと考えたのだ。


「稲本さん。この子の親、私分かるかもしれません!!」

「何ッ、本当か!?」

「はい! 付いてきてください!!」


 響は頬を高揚させながら自動ドアが開いた瞬間にすらりとした体型を活かし出ていった。虚を突かれた稲本も必死に追いかけるが差は縮まる気配は全くなかった。


 響は後ろを振り返す素振りすら見せず階段を駆け上がっていく。首を左右に振りながら目を大きくひらく。人の視線が集まる中、彼女は服装を正確に照合していく。決してミスしない様に細心の注意を払いながら響は走っていた。


 刻々と時間が過ぎていく中、響はとある男女に目がいった。顔を膝元に置いて泣いている女性と背中を擦っている男性だ。服装を見た直後、響は理解した。


「あの、すみません! 貴方達は、みきとくんのご両親ですか!?」

「はい。そうですけど……貴方は?」

「みきとくんを預かっているものです!」


 女性が顔を上げた後、響に対してとびかかった。涙でかおがしわくちゃになっているがそんなことはお構いなしに女性は響に大声で質問する。


「ホント!? ほんとにみきと君を見つけてくれたの!?」

「は、はい。川口交番にいると思います。案内するので、ついてきてください」


 響が顔を左に向けると、汗を拭いつつ息を整える稲本の姿があった。

 響は「ぷっ」と笑い声を出す。


「笑うなっ! とにかく、行くぞ!」

「は、はい! ふふっ……」

「だから、笑うなって!」


 響と稲本はそんなやり取りをかわしながら交番に到着した。

 自動ドアが開くと同時に、子供が飛び出してくる。


「みきと!」

「パパ! ママ!」


 みきとは両親の両肩に小さい手を伸ばし抱き着いていた。両親の安堵する表情とみきとの純粋な笑顔を見れた響は「良かったです、見つかって」と笑みを浮かべた。


「あぁ、そうだな」


 稲本は左手を腰に当てながら響を見つめた。数分経過した後、しゃがんでいた父親が立ち上がり響達へ頭を下げる。


「みきとを保護していただきありがとうございました。折角なので、何かお礼をさせてください」

「いえいえ、そんな結構で……」

「ぜひ、お願いします!!」


 響が申し訳無さそうな表情で断ろうとする中、稲本はきりっとした顔つきで承諾した。響が目を丸くしている中、稲本が響に顔を向けて小声でささやく。


「こういうのは、貰いどくなの! 相手の好意は絶対受けた方がいいの! だから、断るな!!」

「わ、分かった……」


 響は鬼の様な形相で見つめてくる稲本から目を背けながらぽつりと呟いた。稲本は「分かればいいんだ分かれば」と肩をポンポンと叩きながら笑みを浮かべる。


「それでぇ、お礼というのはぁ……」

「はい。こちらです」


 父親はズボンのポケットに入っている財布から紙を取り出した。両手で受け取った稲本は紙を見る。そこには新聞会社の名前と男の名前が書かれていた。


「私、記者やってるんです。知りたい情報があればご連絡ください」

「そ、そうですか。ご丁寧にありがとうございます」

「それでは、失礼します。ほら、みきと帰るよ――」

「うん! おじちゃんにおねえちゃん、ありがとう!! ばいばい!!」


 みきとは響達に手を振った後、手を繋ぎながら帰っていった。

 響は無事に家族が見つかったことに安堵しながら稲本の方を見る。


「どうしたの?」

「いや、何でもない」


 稲本は神妙な顔つきになりながら財布の中に名刺をしまった後、響に笑みを向けながら「それじゃ、行くか!」と明るい声色で言葉を言った。響も微笑みながら「そうだね」と言った後、お店に向かった。


 時間は進み八時十五分となった頃、響達は目的の店である梅牡丹うめぼたんに入っていた。落ち着いた雰囲気の音楽がかかった店内には大人の男女が多く見受けられた。響は周りの人達の様子を観察しつつ、メニューに目をやっていた。


「卵ときくらげの炒め物、刀削麵とうしょうめん、あんかけチャーハン。どれも気になるなぁ」


 響は独り言を呟きながら稲本に視線を向ける。

 稲本はメニューを見ながら「千円までな」と呟いた。


 響は口をへの字にしながらメニューを捲っていく。千円、八百円と中々に値段が張る。大盛だと追加料金が取られる以上、生半可に選ぶことは出来ない。


「稲本さん的には何がおすすめなの?」

「俺だったら、小籠包セットか五目チャーハンかな。ここのチャーハンは他の所と比較するとちょっと違う味がするからね」

「そうなんだ! じゃ、五目チャーハンの大盛で!」

「ははっ、太るぞ?」


 響は地雷を踏んだ稲本に殺気を向けた。稲本は鼻で笑いながら「これでおあいこだよ」と馬鹿にした口調で言ってみせる。カチンときた響は稲本を睨みつける。


「デリカシー無い発言辞めた方がいいよ? 老人ホームとかでしちゃうかもよ?」

「だいじょぶだいじょぶ。俺はこう見えて口は堅い方だ」

「まぁ、いいけどさ」


 響は会話を切った後、店員を呼びメニューを指差して注文した。同時に稲本も料理を指差し注文を済ませる。店員が「ご注文承りました」と言ってからメニューを回収した。


 響は店員が一定距離離れたことを確認してから稲本の目を見て質問する。


「さっき受け取っていた名刺って何なの?」


 言葉を聞いた稲本は口に運んでいたガラスコップをゆっくりと置く。

 沈黙の時間が続いた後、稲本は真剣な顔つきで口を開く。


「今はまだ教えられない」

「そっか。じゃあ、いいや」


 響は唇を尖らせながら相槌をうっていた。

 そんな時だ。


「お待たせしました。こちら五目チャーハンです」

「ありがとうございます!!」


 響は店員にお礼を伝えた後、白い湯気があがっている五目チャーハンに目をやった。焦げ目がほどよくついた具材達にきつね色のお米が噛み合わさり色合い鮮やかな料理になっていた。響は両手を合わせて「いただきます」と言ってから銀色のスプーンでチャーハンをすくい口に運ぶ。


 咀嚼するたびに程よく炒められたチャーハンの旨味が広がっていく。


「これ、美味しい!」

「だろう? ここのチャーハンは絶品なんだ」


 響は笑みを浮かべながらチャーハンを淡々と食べ続けた。その結果、稲本が注文した小籠包セットが来たときにはすでに食べ終わっていた。


「美味しかった?」

「うん、美味しかった!」

「そりゃ良かった。ほら、これも食ってみ?」


 稲本は小籠包が入ったれんげを小皿にのせて響に手渡した。響はお礼を言ってから小籠包を食べ始めた。最初にれんげの上で箸を用いて穴をあけ、汁を啜ってから本体を口に運び咀嚼する。


 ごくりと音がした後、響は笑みを浮かべた。


「美味しい!」

「そりゃ良かった!!」


 響の笑みを見た稲本も笑みを返した。



 私立探偵と私立探偵になりたい少女の和やかな卒業祝いはあっという間に終わりを告げる。時刻は二十一時。居酒屋でオジサンたちが酒を飲んで顔を赤くする時間。響達はゆっくりと帰り路を歩いていた。


「今日はありがとう、稲本さん」


 響は静かな道を歩いている中、口角を上げながら優しげな声色でそう呟いた。

 父親代わりの男と少女二人だけの足音だけが響き渡る夜の道の中、響はふと空を見上げた。建物の明りがほとんどない夜の空には満天の星空が浮かんでいた。煌々と輝く星々を見つめながら、響は思った。


 両親を殺した犯人を捕まえるだけでなく、こうやって人を幸せに出来る探偵になりたい。流れ星を見つめながら、そう思ったのだった。

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