私立探偵の謎解きは盤上で

チャーハン

ようこそ、将棋ミステリー同好会へ

探偵少女は笑顔が上手くなりたい

 京浜東北線の席に座りながら勉強本を読む少女がいた。昔ながらの制服を着たすらりとした体型の少女。肩までのびたつやのある黒髪と群青色の目を持つ少女の名は海瀬響うみせひびき


 海瀬に響と、綺麗な名前を持つ少女は名に相応しい容姿を持っていた。


 響に友達と言える人物はいなかった。響が人と関わらずに勉学に励んでいるからだ。人を拒み勉学に励む理由、それは両親を殺した犯人を捕まえるためだ。


 響を溺愛し大切にしていた両親は六歳の誕生日を迎えた日に殺された。犯人は未だ捕まっておらず、今もこの世の中でのうのうと暮らしている。


 響にとって、両親を殺した犯人を捕まえることは生きる意味である。もし、犯人が捕まるならば、響は自分の命を投げ出しても良い覚悟があった。


「次は――川口駅――川口駅」


 アナウンスと共に扉が開いた。響は書籍を学校カバンにしまい電車から降りる。

 スーツを着た人や老人と共に階段を登った後、改札を出た。響は財布を鞄にしまった後、顔を極力上げないようにしながら帰り道を歩く。


 周りからは楽しげな声が聞こえてくる。響は様々な人達の顔を眺め歩いていた。


「なんであの子あんな怖い顔してるんだ?」

「恋人にでも振られたんじゃね?」

「ハハッ、そっかぁ。青春だなぁ」 


 すれ違ったスーツを纏った金髪の男と黒髪の男が笑い声をあげながら去っていく。響は両拳を握りしめながら眉間に皴を寄せながら歩いていた。彼女が通る道には誰も寄り付かない。完全なる孤高である。


 響は駅から出て二十分歩いた後、一軒の赤い鉄筋コンクリート造りビルの前で足を止めた。中に入ると村岡ビルと書かれたプレートが目に入るが、響は目もくれず木と鉄で構成された手すりにつかまり黄白色の階段を二階まで上り扉の前に向かう。


 扉の横には「稲本探偵事務所」と書かれている木製標札があり、インターホンが置かれている。響がボタンを押すと、数回音が鳴り部屋から足音が聞こえてきた。


 扉を開けた途端に姿を見せたのは白色のワイシャツの下に青色のジーンズをはいた男だ。横を刈り上げた黒髪のソフトモヒカンに鋭く丸い黒目を持った長身の男は響に声をかけた。


「おかえり、響。卒業式の方はどうだった?」

「稲本さん、ただいま。特に何も。それより、仕事は?」

「今日はオフ。特に依頼もない」


 響は靴を下駄箱にしまいスリッパにはきかえる。

 辺りを軽く見渡すと法律関係の書籍やバインダーが入った棚や客とやり取りする際に用いるテーブル、仕事用のパソコンが目に映った。稲本達也いなもとたつやと十年間暮らしている響にとって代わり映えしない光景だった


「取り合えず、やることやってから部屋に戻ってきて」

「分かった」


 響は探偵事務所にある化粧室で手を石鹸で入念に洗った後、水で流す。

 横にかけられたタオルで両手を拭く最中、鏡に映った顔を見た。

 

「不愛想だなぁ」


 響は可愛らしくないことに愚痴を零す。響の理想とする探偵は誰からも愛され憧れを抱かれる人物だ。凛々しく事件を解決しながら人の心に寄り添える人格者。そんなヒーローに響はなりたかった。


 だからこそ、響は自分が気に入らなかった。人より整った顔を持っても不愛想では誰も寄り付かない。響が理想とするヒーローにはなれない状態だ。


「とにかく、どうにかして変わらなきゃな」


 響は両手で頬を叩き喝を入れた後、鏡で出来る限りの笑顔を作った。数分かけて納得出来る笑顔を作成した響は笑みを浮かべながら化粧室を出る。


「うわ、何だその顔!? こわっ!」


 響は稲本に殺意を抱きながら階段を登り部屋の中に入る。響の部屋は年頃の女の子の部屋とは思えないほど簡素だった。無地のベッドに開閉出来る窓ガラス、勉強本や探偵関連の漫画が入った棚に勉強用のパソコンと勉学に関連する物で埋め尽くされている。


 響はクローゼットの四段目から服を取り出し、数分で白色のワイシャツの下にジーンズと白靴下をはいた。響は脱いだ服を持って部屋から出た後、化粧室に置かれた金属かごに服を入れてから階段を降りた。


 部屋に着くと目に入ったのは、腕立てする稲本だった。


「おわっ、たか? 響」

「終わった。というか何やってるの?」

「腕立て伏せ」

「みればわかる」


 響は神妙な顔つきになりながら腕立てする稲本を眺める。

 腕が六十度ぐらい曲がっているが、負荷はかかっていないように見える。


「筋トレは負荷をかけた方がいいんじゃないの?」

「俺は、これで、良いのっ……っう、十回終わり!」

「少ないね」

「負荷かけすぎて動けなくなったら意味無いしな」


 稲本は肩で呼吸しながら呟く。

 響は右手を口元に当て首を数秒傾げた後、手を下ろし頷いた。


「それじゃ、勉強を始めるとしよう」

「分かった」


 響は頬を赤くしながら席に急いで座った。

 群青色の瞳がきらきらと輝き、口角が上がっている。

 百人に聞けば百人が可愛いという笑顔がそこにあった。


「お前はいつもそういう顔すればいいんだがな」

「出来ないんだから仕方ないじゃん」

「まぁ、そうだな。人には得意不得意あるしな」


 稲本はため息をつきながら書店カバーに包まれた書籍を持って席に座り、問題を出し始める。二人だけの静かな時間はあっという間に過ぎていく。


 長針が二周したころ、稲本が書籍を閉じた。

 響は「えっ」と言いながら目を丸くする。


「もう二時間たった。今日はおしまいだ」

「……分かった」


 響が残念そうな顔で呟く中、稲本が笑みを浮かべ提案する。


「今日は卒業祝いも兼ねて外食しよう。何がいい?」

「なんでもいいよ」

「なら、七時到着を目標に俺行きつけの店に行こうか」

「分かった」


 響はどんな料理が食べられるのか想像しながら階段を登り自室に入る。口角が上がり、目尻が下がっていることに響は気が付かないまま数分で用意を済ませた。


「響、相変わらず用意が早いな」

「探偵は何事も素早く行動する。でしょ?」


 響のどや顔を見た稲本は一瞬天を仰いだ後「そうだな」と笑みを浮かべながら言葉を返す。響は笑みを浮かべながら下駄箱から靴を取り出し外に出る準備を済ませた。


「忘れ物は無いよな?」

「スマホに財布、鍵に勉強本。ちゃんと入れてるよ」

「最後は余計だが……まぁ、いいか」


 稲本は目を輝かせる響に苦笑いを浮かべながら事務所を出ていった。

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