第4話 子供心

    四


 うさぎは幼少期にバスに乗ると、最後部さいこうぶ座席ざせきに座っている記憶きおくよみがえらせていた。


『運転席の後ろに座るのは、話しがしたいから?』しくは、『大きなガラスまど視界しかい良好りょうこうだから?』と考えられる。間違まちがっても、好意こういがあるから? と考えないようにしていた。それが大人のたしなみと、理由 けしてる。


「運転手さん」

 みさきが、声をけてきた。

 際限さいげんなくめぐ思考しこうに、一爽いっそうひらめきが走ったように、妄想もうそうっていた。

「な~に、みさきちゃん?」

 うさぎは身動みじろぎ、左耳に神経しんけい集中しゅうちゅうさせた。トイレかも知れないと、考えだからである。

「塩分チャージが欲しい」

 うさぎは安全な場所にバスを停め振り返って、みさきをやった。体調不良たいちょうふりょうの顔色ではない。

 もうわけなさそうに見つめるひとみまれそうになり、タブレットを取るためにらした。

 

 タブレットを手渡すと

「今食べても良い?」

 あどけない笑顔えがおで、魅惑みわくけていた。

「良いよ。自分で開けられるかなぁ?」

 うさぎの返答に、みさきが口許くちもとほころばせてうなづいた。ぐに開封かいふうして、タブレットを口にふくんだ。

 うさぎはそれにほだされて

「タブレットは直ぐなくなっちゃうから、後で食べるといいよ」と言って、数個を取り出した。

 みさきはからふくろをゴミばこに入れて、うさぎが取り出したタブレットを、両手で受け取った。そして直ぐに着席ちゃくせきした。

 うさぎは安全あんぜん確認かくにんをして、バスをふたたび走らせる。


 みさきは三姉妹さんしまいすえっ子で、一番最初のバス停から乗ってくる。あね同様どうよう行儀ぎょうぎが良い。次女じじょの、りうは、少し奥手おくてのようで、入り口の一番前に座る。

しばらく乗ってこないから、こっちに座らない?」といて、運転席の後ろに移動したことから仲良なかよくなった。

 長女ちょうじょの、ゆあは、運転席の真後まうしろに座る。性格せいかく純真シャイで答えてくれるが、話しかけてはこない。


 うさぎは習慣しゅうかんで、乗り込むキッズのる。初夏しょかの子供たちは日焼けしていて、顔色かおいろ体調たいちょう判断はんだんできないからである。

 生真面目きまじめ性格せいかくは、親御おやごさんからおあずかりして、保護者ほごしゃさんがたもとに、大事なご子息しそくを送りとどけることを生業なりわいと考えていた。


「?」

 うさぎが感じた違和感いわかんは、神々かみがみが持つ思念しねん残像ざんぞうだった。

「今回は、気付きづくのがおそかったわね」

卑弥呼ひみこさん」

人見ひとみりの赤瞳あひとに、筋書すじがきを先読さきよみされないために苦労くろうしたわよ」

 バスがセンターにいた。

『行くわよ』

 うさぎに、思念しねんだけがとどいた。

何処どこへ?』

 うさぎの疑問ぎもんは、空振からぶりになり蜷局とぐろった。

『ゲノムに知恵ちえさずけたかみ正体しょうたいあばくのよ』

三妹さんまいさん?』

 うさぎに届いた思念しねんは、りうの声だった。

『しまった。容姿ようしまどわされてしまった』

 後悔こうかい余所よそに、うさぎが思念しねん変化へんげした。

大門だいもん遺伝子ゲノム辿たどりなさい』

 ゆあの声色こわしろとどいた思念しねんは、次妹つぎまいのものだった。

『やっぱり、姉妹しまいは姉妹に擬態ぎたいしやすいのかなぁ』とぼやきながらたましい発光はっこうして、みさきに憑依ひょういし消えた。


『ごめんね、みさきちゃん。のこされた遺伝子ゲノムからタイムスリップするだけだから許してね』

 こたえをく間もなく、うさぎは刹那せつな時空じくうえていった。


 移動いどうあいだに、今回の経緯いきさつ整理せいりしておこう。

 

 うさぎが社会勉強にみちびかれたのは、血にひそむものをあばくためだった。


 血液けつえきには人間に必要ひつよう栄養素えいようそ酸素さんそ遺伝子いでんしなどが流れている。

 そもそもが生命せいめい維持いじためだが、血栓けっせんともなう理由が曖昧あいまいになっている。

 老化ろうか現実げんじつとしてめなければならないが、それにともな必要量ひつようりょうはこ機能きのうそなわっているはずだ。としかさねることで、しょくほそくなる、というのが常識じょうしきである。しかし、摂取せっしゅ過多かた肥満ひまん傾向けいこうおちいりやすいのもたしかだ。


 更年期こうねんき障害しょうがいとしてバランスをぐずすことが、現代人の特徴とくちょうだ。成人病せいじんびょう発症はっしょうなどは、不摂生ふせっせいと言われている。


 伝達機能でんたつきのうにぶくなっている、なんてことは、自覚じかくがもたらすものだろう。想像イメージ現実げんじつのズレは、かさねてみないとわからないものだ。そうした事実じじつれることは、老化ろうかを受け入れること。そこに生まれるものは、未練みれんで、鼓舞こぶしたくなるようだ。そしてそれにあらがうことで、ボケが生まれてしまう。


 さきみじかくなれば、のこしたものの美化びかもある。現在げんざい死語しごになっている『因業いんごうじじい』が、まさにそれだ。「昔は」などと言って仕舞しまうのは、老化を意識してのことらしい。

 循環じゅんかんとどこおることで、連鎖れんさされるものが受ける現象ことを、どうやら見付けたようだ。


 女神が見付けたのは、プロメテウスを脅迫きょうはくしたゼウスの隠謀いんぼうだろう。悪意あくいはじまりが隕石いんせきならば、辻褄つじつまう。


 人間には未知みち領域りょういきでも、女神がからめば、科学かがくてき立証りっしょうされる、となる。それが未来みらいつなげる意味なのだった。そして現在いま粛清しゅくせいするために、過去かこいわくを探しだし、浄化じょうかする羽目はめになった、ということだ。


 今回は難度なんどが高いようで、三姉妹さんしまい女神めがみ協力きょうりょくする。うさぎをまわるのは、人間の裁量さいりょうを、女神めがみたちあやまらない為。生命いのちに 危害きがいおよばないためである。勿論もちろん幼気いたいけ幼心おさなごころに、それなりの配慮はいりょができるだけの経験けいけんが、うさぎにあるからである。


 女神めがみが、降臨しやすい純真無垢じゅんしんむくな心は、運転手をしながら見極みきわめていた。時代背景じだいはいけいがもたらす個性こせいも、大人達の概念がいねん観念かんねんで、おもいもらぬ方向ほうこうく。環境かんきょうへの適合てきごうは、防衛本能ぼうえいほんのうすらるがすもの。それが純真じゅんしんなのだ。


 経験けいけんがもたらすものは、繊細せんさいたましいらす。組織力そしきりょくまもるために、我慢がまんいるのだ。大人達おとなたちの言う協調性きょうちょうせいは、出るくいつためのもの。

 うさぎが社会しゃかいという枠組わくぐみび出した理由りゆうだった。特権階級とっけんかいきゅうのぼめるためには、あしいも、常套手段じょうとうしゅだんとなる。物心ものごころがつく、といった時代背景は、何時いつしかわっていた、ということだった。


 

 

 

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