第2話 馴《な》れ合い

    二



 うさぎは運転しながら、女神めがみたち思念しねんおくっていた。だれにも気付かれないそれは、意識いしき範疇はんちゅうおこなえる。


 うさぎが『もしかして!?』と、疑念ぎねんいだいた理由りゆう


 とある水曜日の出来事できごとである。

「ねぇおじさん」

 ともかは屈託くったくのない表情ひょうじょういてきた。

「おじさん? 運転手さんだよ、ともか!」

 みわが、訂正ていせいうなが発言はつげんで、うさぎをいたわった。

 うさぎはなんともおもわなかったが、ねぎらいをみ取り、笑顔えがおけた。赤信号にはばまれて、停車ていしゃしたからである。

「運転手さんは、貧乏びんぼうだったの?」

 ともかはわるびれたつもりもなく、無表情むひょうじょう淡々たんたん発言はつげんする。


 そう言った経緯けいいは、バスに乗り込んできたさいに、お菓子をあげた。その時に、

「運転手さんは、お菓子かしが好きなの?」

「?、まぁ、好きなほうかなぁ。運転手さんがみんなと同じ年のころ、今のように豊富ほうふになかったんだ。疲れたときに、何か一寸ちょっとだけ食べたい気持ちがわかるから、用意よういしたんだよ」

「お菓子かしがなかった時代じだいがあったの?」

終戦しゅうせん前後ぜんごまずしい時代じだいを知らないんだね」

 という会話かいわわしていた。発車はっしゃ時刻じこくになり、うさぎが勝手かってわらせている。

 その間、ともかはずっと、だまってっていたようだ。その忍耐力にんたいりょくは、ともかという女の子の器量きりょうをあげた。子供という認識にんしきは、ともかに失礼しつれいだと、うさぎはおもっていた。


「ともかちゃんは、お菓子かしきらいなの?」

 うさぎははぐらかすためではなく、個性を見定みさだめようとして、たずかえした。青信号になり、発車にかまけていた。

「好きよ」

 ともかは刹那せつなこたえた。

「私も好き」

 となり陣取じんどる、みわも口をはさんできた。

 うさぎは、『主導権しゅどうけんあらそいをけるために、即答そくとうしたのかな?』と感じていた。

 それが我慢がまんのご褒美ほうびなら、女の子の精神せいしん年齢ねんれいが、男の子より高いという世論せろんうなづける。そこに見えるはず不安定ふあんていさがうかがえないことが、もしやの原因げんいんつながっていた。


 唯唯ただただ感服かんぷくするのは、純真じゅんしんな心と接した時、大人の欠点あくいさらしたくない。善意ぜんいを持ち合わせていなくても、れた心には気付くのであった。


 うさぎは下車げしゃする全員に「さようなら」と、こえけていた。三名の女の子だけが、それに応えていた。

 ともかは「ありがとうございました」と言ってりて行く。

 みわは無言むごんりるが、バスの前方ぜんぽうに走り、かえって手をってくれる。

 せいらは「次は金曜日だからね」と、次回をげながら降りて行く。

 三者三様でも、個性こせい主張しゅちょうする仕草しぐさ可愛かわいらしい。うさぎ自信、えにしうらみをいだくほどの、あわれなひとものであった。このときだけは『こんな子供が出きるならば、結婚けっこんしておけばかったなぁ』と後悔こうかいする。

 そんな心に、『絶対ぜったいなんてありないのが人間だもんね』といましめていた。


 せいらがげる次回じかいに、三名だけが違う時間に乗ってくるのが金曜日である。選手に選ばれている三名は、スクールをえた子供たちが帰宅きたくするさいに乗ってくるのだ。

 最後さいご生徒せいとりたあと

「さぁ、しきりだよ。センターまでドライブしよう」と、うさぎは口にする。

 よゐ《い》こをえんじている三名はそれで、羽目はめはずし始める。

 みわは、ともかのところに行き、なにやら内緒ないしょばなしをはじめた。

 せいらは運転席の後ろにすわ

「今度の日曜日、あたしの誕生日なんだぁ」

 うさぎにこえよがしに発言した。

 作為的さくいてき発言で、うさぎが気にけることを見越みこしているようだ。

「何かしいものがあるのかな?」

こわい本」

「本?」

いたよ。小説家しょうせつかなんでしょう」

「それで本なのか。こわい本ならば、ホラーってこと、だよね」

「あたしたちでもめるこわい本。あるよね?」

「運転手さんが書くミステリもそっちけいだけど、書籍化しょせきかされてないんだよ」

「な~んだ」

 その時、信号しんごうわった。

 うさぎはそれで、バスをめてかえった。

 三名はいち列目れつめ列目れつめすわり、笑顔えがおつくっていた。

 うさぎはぐにスマホをり出して、したためた作品さくひんをアップした。それをせいらに手渡てわたした。

「本でなくても、漢字かんじばかりで読めない・・・ んじゃない?」

「読める本ってないの?」

 ともかが口をはさんできた。

「なら、める作品さくひんを書いてよ」

 せいらは、簡単かんたんに言い放った。

 うさぎは考えあぐね

「誕生日には間に合わないよ。取りえず書店しょてんに行き、誕生日に間に合わせるから、書くのは来年の誕生日じゃダメかなぁ」

小説しょうせつって、何日なんにちくらいで書けるの?」

「どうしたの、みわちゃんまで」

「あたし、小説しょうせつを書いてみたいの」

毎日まいにち書くなら、3ヶ月 くらいで書けるはず」

曖昧あいまいなんだね」

「ともかちゃんまで・・・」

「なら、ともかの誕生日までにしよう」

「ダメだよ、せいら」

「みわは、夏休みの自由じゆう研究けんきゅうで、書きたいんだよね」

「書くほう興味きようみわけなんだね」

「あたしは読みたいだけなんだけどね」

一日いちにち五千 文字もじ書くなら、十日とうかで五万 文字もじ言葉ことばあそびじゃないから、一日千文字 くらいしか書けないとおもうよ」

「夏休みをつぶさないとダメってわけだね」

「どうして夏休みにこだわっているの」

派遣はけん期限きげんは、夏休みいっぱいなんでしょ」

「自分で言ったんだから、間違いないでしょ」

「そういうことだったんだね」

 うさぎは言い、バスの発車はっしゃに取りかった。交差する向きの信号が変わったからである。

 その後は信号機につかまることもなく、センターまでノンストップだった。

 うさぎのこたえをった三名は、せきを立ったままで到着とうちゃくした。うんわるいことに運転手のリーダーが待っていて、三名は立っていることをしかられる羽目はめになる。

 狼狽うろたえる三名に

「ごめんなさいして、りなさい」

 うさぎが助言じょげんして、ことなきをた。禁止きんしされているお菓子かしあたえた意味いみは、そういうことだった。

 観光かんこうバスでつちかった経験けいけんで、うさぎが飲食をとやかく言うことはない。せきあるまわることでさえ、危険行為きけんこういにならない訓練くんれんけていた。ただすべての運転手うんてんしゅがそうであるわけではない。ルールをまもるから、意見いけんができることをおしえるために、口にしないだけであった。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る