第3話 出社②
いつからだろう。
こんなにも外に出るのが憂鬱なのは。
大人2人がなんとか横並びに歩ける程の通路を、灯りもつけず一人ひたすらに歩きつつ思考する。
元々私はここまで怠惰ではなかったはずだ。
暦もないので曖昧ではあるが、なにせ約100年前まではあの始業時間厳守大国日本で生活していたのだから。
ピシッとした黒いスーツと薄いカバンを装備し、毎朝小学生の弁当のおかずの気持ちを味わう電車に揺られ通勤、定時+αで帰宅する。
それが私の日常であり、なんら苦痛を感じていた覚えはない。
そうだ、あの日もそうだった。
日本の死因第一位などと揶揄されるトラックにあったわけでもない。ただアスファルトで舗装されガードレールに守られた歩道を、若干の疲れとともに、残業の灯りに照らされ明るい冬の夜空に若干危ない頭頂部を晒しながら歩いていた。
いつも渡る歩道橋に差し掛かり、まだ堅牢さを感じさせるコンクリートの階段を登ろうと足をあげ、灰色の一段目に足をつく。革靴から返ってくると思った硬い感触はなく、代わりに生い茂るコケを踏んだような柔らかい感触が返ってきたあの日。
仄暗い薄く赤みがかった半球から無数に煌めく光の粒が映える半球へと瞬きのうちに変わったあの日。
______
特殊鋼によって作られている円柱状の通路側から見て明らかに威圧感を感じさせる鉄扉、精密な魔印が刻まれているその扉を開ける。
…そういえば扉の向こうは党首室の壁になっているため窓が
「ムッ!」
くっ眩しい。
目がぁ目がぁ……。
……思うのだが何故人は地上に生活拠点を置くのだろうか。
日中は太陽が照らし明るいが夜間は暗く寒い。
防衛の観点から見ても、地上のほうが地下より圧倒的に敵が多く守りにくい。
作物の栽培拠点くらいは致し方ないとしても重要施設などが地上にあるなど非合理の塊といえるだろうに……。
そう君だよ、探索者ギルドだよ。
む?人が来たか。
「お久しぶりです、副党首。」
「昨日ぶりだろう、ベラ」
「貴方御自身のお顔を拝見するのは20年ぶりでしょう。」
「む?もうそれくらいになるか…。」
ベラ、本名ベラ・ハウネスト。
我等が党の優秀な幹部であり、元々は私が拾った捨て子だった娘だ。色白の端正な顔立ちに黒い眼鏡、赤ワインを連想させる髪を腰まで伸ばし一つにまとめている、いかにも仕事できますというオーラが出ている。
余談だが、ハウネスト党には姓にハウネストとつく者は皆、党が拾った捨て子か事情持ちだ。
帝国がいくら安定しているとはいえやはり身分格差は起こる。
貧乏子沢山、どこの世界でも起こるものでここも例外ではない。自分の飯すら怪しい連中が子供の飯など用意出来るわけもなく、少しでも家計のためにと子供を売りに出したり捨てたりする親が後を絶たない。
そんな子供たちの為に少しでも受け皿になれたならと、見込みのある子供はハウネスト党が里親になる。
あの時は、あの女好きが言い出したにしてはまともだと散々三人で笑ったものだ。
「さて、貴方が穴蔵から出ていらしたということは期待してもよろしいのですよね?」
「……なにをだね?」
仕事のできる女に何を期待されるというのか。
「新党首となって先の遠征の処理に当たられることをですよ、副党首。」
やはりか。
「致し方なかろうよ、党首が居らねば決まるものも決まるまい。
党首になるのは気乗りはしないが、あいつらとの思い出であるこのハウネストであいつらや私以外の者が幅を利かせる方が気に食わん。
それに、副党首の私以外に適任はおらんだろう。
グダグダとあの悪夢を引き伸ばすよりもさっさと次の夢を見る準備を進めたほうが建設的だ。」
組織たるもの明快な責任者というものは必要だ。
特に有事の際などは命令系統の複雑さは命取りになる。
「それは重畳。実は貴方が党首を失ったショックで地下に籠もられ続けたらどうしようかと、昨晩より幹部一同頭を悩ませておりました。
第一会議室に皆揃っております、まずはそちらに。」
ふむ。どうやらサブの機体が帰還と同時に壊れて以降、部下にいらぬ心配をかけさせてしまっていたようだ。
「それは、なんとも心配をかけたようですまない。
ところで皆というと幹部が全員揃い踏みだと思っていいのか?」
「はい。生存している幹部は、という注釈がつきますがそのとおりです。」
「8名、これより増えたか?」
「いいえ、8名です。党本部付きの3名、商会担当の2名それに加えて遠征組の3名です。」
「遠征組の残り12名の死亡確認は?」
「全員取れました。皆部下を守り散ったそうです。最後まで勇敢に戦ったと。」
「そうか、確認御苦労。」
さて、行きますか。
地属性魔術師(仮)の道標 @halzan2
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