5枚目

 中学3年生は大忙しだったね。受験シーズンだったから学校も少しピリついた空気で息苦しかったのを覚えてる。生徒も先生も厳かな雰囲気だったのに、君はいつも通りだった。いつも通りの和やかな雰囲気で、お淑やかに笑って僕の隣にいてくれた。それが僕を落ち着かせてくれて、周りの空気に惑わされずに焦らずに受験勉強に集中することができた。たまに行き詰ることもあったが、そんな時は君やおじさんが外に連れ出してくれていた。ただのお散歩だったり紅葉狩りに行ったりしたね。受験が近いというのに初雪の日には2人で外に遊びに行ったりなんかもしたね。あの時はおじさんに受験前に体調を崩したらどうするんだと怒られてしまったが、無邪気な僕らの姿におじさんは微笑ましいと思っていたようだ。

 中学最後の年もいつものように僕らは仲良く過ごせたね。周りの影響も受けずに勉強も遊びも全力だった。田舎は娯楽が少なく遊びといっても限界があるため、みんなここを出て行きたがるけれど僕はそんなこと思ったこともなかった。おじいちゃんと過ごした家があったからか、それとも君がいてくれたからかは分からないが僕はここが好きだ。こんな歳になっても地元から出ずに1人暮らしているくらいだからね。…そう考えたら君がいてくれたから、という理由はおかしいかな。でも、ここには君との思い出がある。おじいちゃんと一緒だ。僕はここに思い出とともに生きている。だからこうしてここで思い出を綴るだけの手紙を書いている。それに何の意味もない。だってこれは誰にも届かない手紙なのだから。


 本当は、君の両親に君の進学先を変えるように説得してくれないかと打診されていた。受験年に困ったことといえばこのくらいだった。いや、そんなことないね、志望校に確実に受かるためならもう少し学力を上げなくてはならないと言われていたからね。でも、君と一緒に勉強した後に家でも勉強してって努力を積み重ねていけばいいと思っていたから。楽観的だって?そうだね…でも、君と一緒ならなんでもできる気がしてたんだ。いつだったかそれを君に伝えた時、君は顔を赤くして複雑そうな顔をした後恥ずかしそうにはにかんでくれたね。その時、僕の心臓はドクリと大きく鳴って自分の顔が赤くなるのを感じて少しそっけなく「もう帰ろう」と口にして急いで荷物を片付けた。顔が整っているというのに、君はそれに気付いてないようだった。自覚してくれてる方が危機感持ってくれて安心できるだろうけど、自分の素敵な長所に鈍感な君が君たらしめるものであり、それさえも君を輝かせる部分だった。

 あぁ、すぐ話が逸れてしまう。これは僕の言葉の羅列で、まとまりのないものだから仕方がないね。それに、それだけ君が魅力的だということが今こうして文字を書いてる最中にしみじみと感じるよ。


 何度も君に進学先について話を持ち掛けようとした。でも同じ高校に行くことを約束した手前、それを言い出すことは難しかった。君に例のお嬢様学校を勧めてしまえば男の僕は入学できないため約束を反故することになってしまうから。…というのが言い訳だ。言い出すことはいつだってできた。それをしなかったのは単純明快だ。ただ、嫌だったから。君と一緒にいる時間が減るのが嫌だった。僕の知らない君が増えていくのが嫌だった。僕の生きる意味の君の笑顔が遠ざかるのが嫌だった。本当は君のことを考えるのならば君の両親の言うことを聞くべきだったのかもしれない。それでも、僕は嫌だった。この先君が僕の傍から離れていくことが嫌で、怖かった。僕は”約束を守るため”というのを盾に自分の欲望のままに行動していた。そこに君の意思も君の両親の気持ちも何もなかった。ただの僕の欲だった。


 書いてて思い知らされるよ。この時から、いやきっと生まれた頃から僕は卑怯で欲深くて何かを持つ資格もないのに強く何かを望んでは手に入れることができず、できたとしても汚い手を使ってしかいない、そんな最低な人間なんだ。分かってた。分かってたんだ。だから僕は無理やり手に入れていた君を手放した。純真無垢な君からの手紙も汚れないように、極力触れないよう箱にしまい込んだ。また僕が君を汚さないように。僕がいなければ君はもっと輝かしい人生を送っていたんだ。そう思ってしまうんだ。君は否定するだろうし、僕は厭らしくもそうあってほしいと望んでいる。


 どうして、君はそんなに優しいんだい?

 こんな僕のことなんて忘れてしまえばよかったのに。

 どうして…。

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親愛なる君へ 七夕奈々 @tnabata-7

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