3枚目

 あれからはいろいろあったね。生きる気力を失った僕だったけど、君は根気強く僕に付き合ってくれた。 廃人のようになってしまった僕に毎日会いに来てくれて料理を作って持ってきてくれていたね。何日もそれを口にしない僕に君はある日「食は命の源」泣きながらそう言って僕に無理やりにでも食べさせようとした。そんな君の姿が痛ましくて見ているのがつらくて、僕は自分のためではなく君のために君が持ってきた料理を口にした。そんな利己的な理由だというのに君は涙を流したまま嬉しそうに微笑むのだ。それを見た僕が何を考えていたのかなんて知らないのだろう。そんな姿を見て泣き出した僕は美味しいと言ってごまかしていたけれど、本当は君がこんなことで喜んでくれるのが嬉しかったんだ。こんな程度で、僕がご飯を食べる程度で喜んでくれるだなんて思わなかったんだ。僕は死ぬつもりだった。もうここで僕の人生は終わってもいいと思っていた。このまま朽ち果てていいと思った。それが僕の「選択」だった。それを君は覆したんだ。僕は君の笑顔のためにまだ生きようと思えた。君を置いていくことをできないと思ったんだ。家族を失った僕には君しか残されていなかった。…この時はそう思っていたんだ。おじさんのことは忘れていないよ。でもおじいちゃんと離れたばかりの僕にはまだ受け止め切れていなかったんだ。


 僕はまだ未成年だということもあり後見人が必要になった。見たこともなかった親戚たちが嫌そうな顔でこちらを見つめていた時、僕はまだ死を選択していたからそうでもいいと思っていた。ただ、おじいちゃんと過ごしたこの家で、おじいちゃんがこの世から離れていったこの家で自分の生も終わらせたかった。だから僕はこの家だけは譲れないとわがままを言っていた。そんな僕を見たこともない親戚たちは迷惑そうにしていた。おじいちゃんの遺産はすべて僕にいくように遺書が残されていたが、田舎住まいの会ったこともなかった僕を引き取るのは負担だったみたいだ。……あとから知った話だが、おじいちゃんも父も一家に変わり者として嫌われていたらしい。かなり厳しい家庭の中で異端であったのだと。それに母は施設育ちだったから、家族もいなかった。これを教えてくれたのは君も知っている僕の後見人になったおじいちゃんの友人だと名乗るおじいちゃんより若く、君のお父さんよりは年上のおじさんだ。寡黙で厳かな雰囲気のおじさんは一家の話し合いに割り込んできたために浴びせられた非難をものともせずに、ただ一言「あなた方が必要ないというのならば私がこの子を育てます。」とまっすぐな…なんの迷いもない瞳でそう言って見せたよ。なんなんだろうか、この人は。そう思いつつも僕は今の家から離されないのならば何でもいいと思っていた。だから帰るぞと手を差し出す彼の手を迷わずにとった。後ろからぎゃーぎゃー聞こえる声は不快ではあったけどあの家に帰れることに僕は歓喜していた。例えそれが死に場所を選んだだけだったとしても、とても甘美な幸福で、この瞬間は世界中の誰よりも幸福だとさえ思えた。この人が誰かなんてどうでもよかった。ただあの家に帰れる、あそこでおじいちゃんの元に行ける!それだけが僕の頭を満たしていた。


 その後、僕は死を待っていたのに君にそれを覆されたんだ。おじさんは君にとても感謝していたね。家に帰ってから全く表情を変えていなかった彼は、僕がご飯を食べたというだけで泣きそうな顔をするものだから思わず僕まで涙ぐんでしまった。当時の僕には全く分からなかったけれど、僕は自分が思っているよりも人に愛されているようだ。そのことに気付かされた出来事だった。愚かな僕はそれに気づくのがとてつもなく遅かったわけだけど、それでもこの出来事は僕の人生に大きな意味があった。君をこの命ある限り愛していくことを決めたのはこの時だったのかもしれない。

 君が思っているよりも君は僕にとって大きな存在になっているんだよ。そう、僕の生きる理由になるくらいには…。だから、君には僕のようになってほしくはなかった。僕のような卑怯で汚い存在になってほしくはないんだ。もちろん僕が君を幸せにできるならそれが一番だった。でも、そうではなかった。君は僕がいなくても幸せになれるし、君の人生に僕は必要なかった。君は……君は幸せになるべき人間なんだよ。僕のことに時間を割く必要なんかないのに、汚したくないのに……君は、優しいから、僕を見捨てることなんかできなかったんだね。


 あぁ……こんなことを言いたいんじゃないんだ、君を責める資格なんか僕にはないのに……。

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