第4話

 クオンに導かれて、ハイジとフミヲは乗機をジャンプ飛行させる。

 その合間にどうやら、フミヲは自分のデモルベレトを重力下仕様へと手動でアップデートさせたようだ。実は昔から、フミヲは同ロッドの計画兵種の中でも優秀だった。

 ハイジはといえば、下から数えた方が早い。

 イマジナリ・トレーサーの操縦以外は、ハイジは平均以下との評価しかなかった。


『ハイジ、前方に熱源多数。人間規模のものね……さっき言ってたエーグルの村かしら?』

「ああ、こっちでも確認している。それより」


 頭部を破壊されて失ったので、どうにも操縦席での視認性がイマイチだ。さっきからハイジはサブカメラの調節をしているが、正面のメインモニタは映像が揺らいで歪む。

 先程みたいにシステムとの接続係数を上げるのは、今は避けたい。

 たまたま負荷に耐えられただけで、次はフミヲみたいに気絶してもおかしくない。

 そう思いながら機器を調節していると、突然ドアップで尻が映った。

 丸くてふっくら柔らかそうな尻である。

 小さなエンジンのモーターグライダーを駆る、クオンの尻だった。


「……ふむ! 全体的に暖かい地域なんだな。だから薄着、っていうか、水着? みたいな」

『ちょっとハイジ! アンタ、なに見てるのよ!』

「クオンの尻なんか見てないって」

『っ、もぉ! アンタねえ、男の子ってこれだから!』

「お前こそ、その男の子ってのやめろよなあ。なんで姉貴面すんだよ」

『アタシの方がロットナンバーが上でしょ? カプセルから出たのだって先なんだから』


 そんな会話を交わしていると、どんどん熱源が近付いてくる。

 まばらで弱い反応は、フミヲの言う通り人間サイズの生物が密集している感じだ。

 そして、ようやく修正されたサブカメラが光学映像を伝えてくる。

 こじんまりとした小さな集落で、人影はざっと700人前後だろうか。


「あれが……エーヴル」

『人間に凄く似てるわね。……極端な薄着であることを除けば』

「やっぱ、そういう土地柄なんじゃないか?」

『うっさいスケベ! 鼻の下伸ばして、いやらしい!』

「……見えてるの?」

『見えるも同然よ、アンタのことなんか重々承知なんだから』


 そう、画像をズームしたが、エーヴルと呼ばれる人々はほぼほぼ人間と同じだった。特徴としては、細面の美男美女ばかりで、酷く痩せている。地球人類との大きな相違点は、両の耳が左右三つずつあり、翼のように広がったりしている。

 自然とハイジは、宿敵の白いイマジナリ・トレーサーを思い出した。

 ――羽耳。

 それは、常軌を逸する無敵のエース。

 ハイジにとっては、同胞を何人も殺した仇でもあった。


『ハイジ、とりあえずクオンが誘導してくれてる。中央の広場に降りるわ!』

「了解。なんか、村人たちも驚いてるな」

『当然でしょ? 翻訳機によると、小さき神って連呼してるみたい』

「小さき神、かあ……さっきの巨神に比べりゃそうかな」

『巨神?』

「だってそうだろ? 戦艦並のデカさだぜ?」


 思い出しても身震いする。

 先程交戦した敵は、圧倒的な強さだった。

 まるで勝負にならない。

 大人と子供、というレベルですらない。

 ピーキーながら高度なチューニングが施された、二人の専用機が全く相手にならなかった。あの羽耳すらも追い詰めてみせたハイジが、手も足も出なかったのだ。

 質量は、イコール破壊力。

 それは巨大にして純粋な暴力装置だったのだ。


『ッ! ……ちょっと、なにあれ……ハイジ、見て! 広場の中央っ!』

「おいおいなんだよ……えっ? ちょっと待て、おいっ!」


 クオンがグルグル旋回しながら、着陸地点を誘導してくれてる。

 バイクみたいに跨って乗るモーターグライダーで、風防もなく生身剥き出しの翼……そして、尻が丸見えだった。

 だが、そんな思春期を拗らせる小麦色も、瞬時にハイジは忘れた。

 同時に、武器を構えて臨戦態勢を整える。

 背後では、フミヲのデモルベレトが対物ライフルの撃鉄を引き上げていた。


「あ、あれは……羽耳っ! どうしてここに!」


 そう、今しがた思い出した羽耳だ。

 だが、様子が変だ。

 村の広場、その中央に大樹が枝葉を広げている。

 その根本に横たわる羽耳は、経年劣化で風化し朽ち果てたかのように見えた。

 既に樹の根に絡まれ大地に埋まりつつある。

 それでも、くすんだその白ははっきりと戦慄を思い出させてきた。


「フミヲ、離れて待機してくれ! ターゲットから目を放すなよ!」

『ちょ、ちょっとハイジッ!』


 油断なく愛機を構えさせ、全兵装をオンラインへ。

 だが、右腕のガトリングステークは残弾が心もとない。左腕のシールドも、射出するべきパワーアンカーが失われていた。

 残念だが、一撃必殺を誇るデモルセーレの戦闘力は失われている。

 それでも、羽耳を見たからには警戒心が粟立った。

 ゆっくり広場に着地し、デモルセーレが片膝を突く。

 コクピットのハッチを開けたハイジは、ふと思い出したように腰の拳銃を抜き放った。


「ハイジ お疲れ ここ エーヴルの、村 安心 安全 休める」


 直ぐ側に着陸したクオンが、身振り手振りも交えて一生懸命話してくれる。

 同時に、エーヴルと呼ばれる人たちは皆がざわざわとハイジを囲んだ。

 彼ら彼女らの、左右三対六枚の耳が立っている。

 恐らく、警戒心が耳に出ているのだろう。

 だが、そんな住民たちに両手を広げて、クオンは叫んだ。


「小さき神 新たに、二人! 来た! 小さき神の、使徒! 来た!」


 その言葉に、言葉にならない声の連鎖が音を連ねた。

 ようするに、エーヴルたちは「おお!」と驚いたようだ。

 それも、どちらかというと悲観よりも歓迎の意が感じられた。

 パイロットスーツの上を脱いで腰に結んで、鼻血塗れのヘルメットは置いてきた。だから翻訳機を使うことはできなかったが、ハイジに気持ちは伝わっていた。

 敵意はない。

 朽ちて伏せた羽耳も、動く気配がない。

 ほっと息を吐き出し、そしてハイジは声を張り上げた。


「すんません! よくわからないけど、お世話になります! 助けてください!」


 大きく頭を下げた。

 姉と慕った女性、シオンの母国の伝統だ。日本という国だったらしいが、その島国では礼節がもっとも尊ばれる。文化的に優れた国で、数多の芸術や娯楽を生み出し、それを求めて訪れた客人に敬意を持ってもてなした国だと聞いていた。

 この頭を垂れる仕草は、オジギと呼ばれる行動である。

 敵意がなく、歓迎の意思を伝えるうやまいの動作なのだ。

 ハイジの姿にエーヴルたちはざわついたが、その中から一人の老人が歩み出る。


「顔、あげて 方舟の人 使徒 言った あなた、使徒 小さき神 使徒 歓迎」

「そ、それじゃあ」

「小さき神 村 守る 女神 会って、ほしい」

「女神? それは……」

「こっち、来る 使徒も 女神も 同じ 村、歓迎する」


 老いた白髪に顎の髭、老人はどうやら村の長らしい。老いて尚も、美しい顔立ちを面影に見て取れる。周囲の者たちがそうであるように、若かりし頃は絶世の美丈夫だったと思う。その老人は、杖を手にハイジをいざなった。

 背後で警戒しつつ、デモルベレトは銃口を羽耳に向けて止まった。


「女神に、乞う 使徒 新たに 二人 700年ぶり 女神、おでまし 乞う」

「700年だって!? ……ついさっき、ワープに同時に巻き込まれたのに」


 だが、疑いつつも現実を噛み締める。

 眼の前に巨大な樹木が立っていて、生い茂る枝葉は立派に空を覆っていた。樹齢数百年と見ても、その根本に埋まる羽耳はそれ以上に刻を重ねてるようだ。

 もはや、白亜に輝く死の天使の面影はない。

 戦闘能力を喪失していることは明らかだった。

 だから、肩越しに振り向いてデモルベレトのフミヲに小さく頷く。

 そして、銃をしまったその時だった。


「お久しぶりですね、地球人……の造った、遺伝子細工の人形よ」


 突然、目の前に全裸の女が現れた。

 とても美しい、白い肌に白い長髪の美女だ。

 ほのかに輝くその全身は、輪郭だけをはっきりとハイジの網膜に焼き付けてくる。

 思わず鼻を押さえたが、興奮と劣情が出血を強いてきた。

 鼻血を手で拭いつつ、ハイジは謎の美女に向き直る。


「だ、誰だっ! 久しぶりだって? ……ん、これ……立体映像?」

「私を搭載した機体の能力で、この場に人格を投影しています」

「なんで裸なんだっ! こ、困る!」

「既に余力がないのです……イマジナリ・トレーサー、マスティマは……もう、動けません。純粋にメモリ不足でもあります」


 マスティマ、それが羽耳の名か。

 確かに、もうマスティマは稼働状態にない。それは、ハイジにもはっきりとわかった。そして、初めて知った……誰もが羽耳と呼んで恐れた白銀の悪魔は、マスティマという名だったのだ。

 そして、疑いが確信に変わる。


「私はAI……マスティマの制御用に組み込まれたプログラムです。私を追い詰めた人間は、あとにも先にもあなたたちだけでした」

「や、やっぱり無人機! だからあんな滅茶苦茶な……お前はAIで、この立体映像は」

「繰り返し申し上げますが、マスティマの動力は尽きかけています。コミュニケーションを試みようにも、着衣を表現するデータのためのメモリがないのです」


 周囲のエーヴルたちは、かしこまって膝を突いていた。

 ハイジはただただ、唖然としながらマスティマを前に立ち尽くす。

 そんな彼に濡れた睫毛をしばたかせながら、マスティマは真実を語り始めるのだった。

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