暗雲のレイシン河
宴から数週間すると、シムレー号の乗組員たちにも、軍での調練は日常になりつつあった。最初は奇妙な筒-銃の恐ろしさに持つのも
また、レオンハルト、ルーチェ、ジークは社交儀礼に加えて、宴の夜は見学にとどまったダンスの練習も進めていた。特にルーチェは一行唯一の女として、ただ踊れるだけではなく、立ち居振る舞いから華やかさを求められ、上流階級としての基本的な事から叩き込まれていた。
その間、サーマイヤーフ曰く「ハッタリを利かせる」ための準備も進んでいた。シムレー号の乗員を飾り立て、アイユーヴ王国にとってアイク島との交渉が有益と思わせる
「それにしても嫌になっちゃうわよね」
「急に何だい、ルーチェ?」
「あたし達の時間は無限じゃないのよ。本当なら直ぐに王宮に行きたいのに、足止めされちゃってるじゃない」
「それはそうだけど、それを見越して閣下もその配下の皆様も、私達の立場を強化するための準備をしてくださっている。予定通りじゃないか」
「そうだけど…だって王宮側の許可が下りないのはちゃんとした理由じゃなくて、サーマイヤーフ様への嫌がらせなんでしょ?そういうのが許せないのよ」
「まぁ、それはそうだね。アイク島では下らない理由で決裁を
「折角の夢見た大地での仕打ちがこれじゃ、あたしが一生懸命になっていたのが馬鹿みたいでしょ」
「成程、そういう側面も有るのか。でもこちらでどんなに気炎を上げてもどうにもならないからね。準備期間がしっかり取れる、と前向きに考えよう」
多少の停滞は予定通りと進められていた以上、王国中枢部を
その辺りの事情をレオンハルトは軍庁舎で書類と格闘しているサーマイヤーフから聞いていた。秘書官のラングルムは今日もあまり二人の会話には口を挟むことなく、部屋の主と客人の唇を湿らせるための準備をしていた。
「外交…というのですか、実際に
「当たり前だ。戦争になりゃ、どうしたって死人が出る。シューラリス号の主砲が当たればどんな艦だって河底でおねんねだが、ありゃ弾も特注品の虎の子だしな。出来れば通常の砲撃でケリを付けたい。部下の兵士を殺す命令になる事は承知でな」
「主砲、とは私たちに
砲撃という言葉が何を意味するのか、レオンハルトは既に学んでいる。大陸の錬金術師が偶然見出した、火薬と呼ばれる秘薬を活用した兵器。500年の
中でもサーマイヤーフが乗る旗艦・シューラリス号の主砲は特注品だ。弾を撃ち出すのに、火薬ではなく精製水の超抜的な爆発力を使った、通常の砲とは比べ物にならない初速。また発射の際の衝撃に耐え得る特別な配合の合金を
膨大な手間暇と発想を単なる破壊のために注ぎ込んだそれに、ルーチェは嫌な顔をしながらも、大陸の技術を吸収するべく日夜
「有る事は有る。構造も発想も単純だしな。だが、ヴィセングルが今回持ち出してくるのは無理なんだよ」
「それは何故?」
「前にも言っただろ。都市連合は一枚岩じゃねぇ。ヴィセングル…都市国家一つの兵力じゃ水上での小競り合いで俺たちをぶちのめす事はできても、こっちの領内まで乗り込んで土地をもぎ取る事まではできねぇんだよ。そんな自己満足のために、精製水を馬鹿みたいに使うあの主砲クラスの兵器を戦場に持ち込むのは国全体としての許可が出ねぇ。となりゃぁ、向こうもこっちの艦に乗り込むか、火薬の大砲を何発もぶち込むか、とにかく真っ当な戦争をするしかねぇのさ」
決まった軌道を通らせることで重力水として機能させるアイク島方式に比べて、レテンド大陸が見出した精製水としての活用法は単純明快だ。核となる粘液の引力で
実の所、サーマイヤーフは重力水として使う方式を組み合わせる事で、道具を小型化せずに低重量化することができるのではと考えている。だが今は重力水を
「とにかくこんな状況だからな。兄上様も俺を此処に張り付けていたいだろうし、まずは国境の不穏な情勢を解決しなけりゃ王宮へ乗り込むことはできないぜ」
「それは当然の事と思いますが、わざわざお話しいただいたのは、従軍せよという命令ですか?」
「まさか。お前らに
「それは申し訳ありません」
「おまけに返答がつまらん。故郷でどうだったか知らんが、王侯貴族どもは冗談口にユーモアで返さない奴は相手にしなくなるぞ」
「はぁ…それは努力します」
会話に遊びが無いことはレオンハルト自身承知しているが、この場合は取り敢えずそう返答するしかない。その様子に不満そうに鼻を鳴らしているサーマイヤーフは戦闘の準備に忙しくなるだろうからと考えて、レオンハルトなりに気を遣って辞意を告げ、助言に従って王宮で出会うだろう貴人たちを覚えておこうと教師役のロギュートフのいる政庁舎へと向かった。
後に残されたサーマイヤーフは本格的な出兵に向けての準備を続ける。特に悩ましいのが相手の動きが多分に衝動的で、政治的に判断して妥当と思われる規模の戦闘になるのかが読めないことだ。他に不安要素を抱えている訳でも無いので、全兵力を投入して
かと言ってまさか過小な兵力でわざと負ける訳にはいかない。サーマイヤーフ自身の
「軍に入る時に王族の身分を捨てておけばな…」
「その場合はここまで栄達することは叶わなかったでしょう」
「それで一介の軍人として戦うのが、今になって本当の望みだったと気付いたんだよ」
「では我々は有能な指揮官を得られなかったことになります。またライナ様と出会う事もなかったのでは?」
あれこれ悩むうちに無益な
だがライナの事を想うと、面倒な事態に正面から向き合う意欲が湧いて来る。あるいはラングルムはそれを狙って話題に挙げたのかもしれない。
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