王国の歓待

 レオンハルトが上陸して見た物は所在なさげにたむろするシムレー号の乗組員と、未だに詳細の知れない金属筒を天に向けて構え、綺麗に整列するアイユーヴ王国の兵士たちを背景に、どことなく不機嫌そうなサーマイヤーフだった。

 サーマイヤーフの不機嫌は仲間たちの無秩序にあると当たりを付けたレオンハルトは、これ以上怒らせる前にと大きな声で指示を出す。

「皆、その立派なお方が先ほど話したサーマイヤーフ殿下だ。私が先頭に立つから皆も整列してくれ」

 レオンハルトが号令すると乗組員たちはホッとしたように3列横隊を作る。幸いなことに出航に当たっての式典の為に、皆何度も整列の訓練をさせられており、誰がどこに並ぶかで時間を費やす事は無かった。全員が所定の場所に落ち着いて姿勢を正すと、サーマイヤーフの背後に居た男が笛を鳴らす。笛に応じて兵士たちが筒をやや下に下げ、直立姿勢から右足をやや外側に開いて立ち直すと、一拍おいてサーマイヤーフがレオンハルトに目配せする。

「アイク島王宮騎士団所属、レオンハルト・カシウス以下シムレー号乗員30人、アイユーヴ王国のサーマイヤーフ殿下への拝謁はいえつが叶った事、嬉しく思います。殿下におきましては両国の友好の為、我らに寛大な処置をいただければ幸いに思います」

「アイユーヴ王国レイシン河方面軍司令、サーマイヤーフ・サエ=アナン・アイユーヴである。遥か北方より荒波を越えた勇者たちの来訪を歓迎する。これより貴君らは我が保護の下にある。両国の万代の繁栄のため、我が力を尽くすと約束しよう」

 外交など丸きり初めてのレオンハルトの口上はそれでもなんとか通じたようで、満足げにうなずくサーマイヤーフにも後ろで整列する兵士たちにも非難の色は見えない。

 レオンハルトが安堵していると、サーマイヤーフが後ろを振り返って先ほど笛を鳴らした男に何事か話しかけ、男は前に進み出て口を開く。

「レオンハルト卿、殿下の下へ」

「はっ!」

 レオンハルトが呼ばれるままにサーマイヤーフの一足の間合いまで入ると、サーマイヤーフは自ら一歩踏み出してレオンハルトに顔を寄せてささやきかける。

「お前の部下は全くしつけがなっていないな。どうしてくれようかと思ったぞ」

「申し訳ありません。彼らは皆この航海のためにつのった船乗りで、決して兵士という訳ではございませんので」

「その言い訳が王宮で通用すると思うなよ。まぁ良い、どうせ報告を上げて向こうの対応が決まるまでは時間がかかる。その間にアイユーヴ王国軍の流儀をきっちり叩き込んでやるからな」

 内緒話は終わりという風情で元の位置へ戻ったサーマイヤーフが再び後ろを見やると、どうやら副官らしい先ほどの男がまた口を開く。

「シムレー号乗員諸君にはレイシン河方面政庁舎に部屋を用意させていただいた。沙汰さたが有るまでは客人として寛がれるとよい。また、今夜は諸君らを歓迎しての会食が催される。アイク島では見られなかった食事や楽隊を楽しんでもらいたい」

「アイユーヴ王国並びにサーマイヤーフ殿下のご厚意に感謝いたします。全員有り難く参加させていただきます」

「今夜の宴が両国の歴史にとって記念すべきものになる事を祈っている。では案内の兵士を付けるので後に付いて頂こう、解散」


 簡素な儀式を終えた後、、シムレー号の乗組員は部屋に向かう前に会議用の大部屋に通される事になった。アイユーヴ王国の事務官はシムレー号がその巨体に見合った大所帯をその腹に収めていると思い、一部屋に二段ベッドを二つずつ置く荒業で何とか充分な部屋数を確保したらしいが、たった30人しか居なかったのでもう一度部屋を整え直すらしい。

 一方レオンハルトと彼が指名したルーチェと船医ジークは、サーマイヤーフと共に執務室へと向かっている。執務室には先程の軍司令官としての副官とは別の、政務上の補佐官が待機していて、今後の詳しい話を詰める事になっている。

 レオンハルト達を先導するサーマイヤーフと部下たちはレオンハルトには判らない理由で交互にちらちらと三人を窺っている。何か気になる事が有るのなら、と先んじて声を掛けようとすると、サーマイヤーフが再びレオンハルトに顔を寄せてささやく。

「それでその小娘は何だ?お前の愛人か何かか?」

「とんでもない!いや、まぁ、関係はその…しかしこの場に呼んだのは私情からではありません。彼女、ルーチェはシムレー号の建造を主導した優秀な技術者で、アイク島でも一、二を争う賢者です。今回の大陸への渡航そのものが彼女の発案になる物ですよ」

「ほう?アイク島では女でも表舞台に立てるものなのか?」

「いいえ、多くの女性は家庭を守ることを期待されて、滅多な事では職には就きません。ルーチェは…本人の意志と高い才覚が有ったので」

 レオンハルトの説明を疑ったのか信じたのか、アイユーヴ王国の面々は更にルーチェの顔をのぞき見たりこそこそと声を交わしたりしている。ルーチェの側はと言えば生来の人見知りを発揮して、ジークの陰に隠れるようにして、誰とも目を合わさないように身を縮こまらせている。

「ついでに聞くがそっちのうらなりは何だ?」

「殿下、お言葉ですがもう少し私の部下にも敬意を払っていただけると…」

「お前がその殿下ってのをやめたらな。言っただろう、王族扱いされるのは嫌いなんだ。儀礼ならともかく、普段は司令か閣下と呼べ」

「では閣下。私の部下を必要以上におとしめるのはやめていただきたい」

「わかったわかった。それでその細身の男は何者だ?」

「ジークは医師です。まだ若いですが、航海中に誰かが体調を崩す度に的確に処置してくれました。シムレー号では序列二位、私の身に何か有れば彼が指揮する事になっています」

 まさについでの質問らしく、全くジークに関心が無さそうだったサーマイヤーフは、ジークの職業を聞くなり大きく態度を変化させた。

「ほほう、ジークと言ったか。腕の良い医者なら大歓迎だぜ。海が本業でないならこっちに乗り換えねえか?何しろ生傷の絶えない職場だからな」

「へぇ?いや、その…シムレー号には潤沢じゅんたくな薬が備蓄されておりましたので…決して私の腕という訳では、はい」

 しどろもどろになるジークにレオンハルトが助け船を出す。

「閣下、からかわないでください。先程も申し上げた通り、彼は私が使命を果たせない場合にはシムレー号を率いて貰わねばならないのです。引き抜かれては困ります」

「冗談に決まってるだろうが、つまらん奴め。だが俺の所とお前の所で違う医術が出来上がってるとすれば、知識を与え合うのは悪くはねえだろう、どうだ?」

「は、はい。それは願ってもない事です。機会を作っていただけるのなら大陸の先人から多くを学び取りたいと思います」

「機会なら山程有るぜ。さっきも俺の副官が言ってたが、王宮で対応が決まるまではここに長逗留とうりゅうしてもらわにゃならんからな。それともう一つ…レオンハルト、そのでかい革袋は何だ?」

「これは私の愛剣です。鍛冶師はデュラディウスと銘…」

「はあ?」

 レオンハルトが提げた袋の中身を明かすと奇声が上がり、レオンハルトは目を白黒させる。

「どうされました?」

「どうした、じゃねぇ!仮にも他国の重要施設に武装して堂々と入る奴が有るか。おい、誰か取り敢えず地下の武器庫に持ってって検分しておけ」

「はっ!」

 サーマイヤーフが顎をしゃくると、兵士の一人がレオンハルトの手から強引にもぎ取ろうとして、レオンハルトの素振りからは予想外だったらしい重さによろめく。

「もう一人来てくれ。この袋、思ったより重いぞ」

「それじゃ俺が行く」

 兵士たちが二人がかりでデュラディウスを運ぼうとすると、ルーチェが慌てて割って入る。

「あ…待ってく、ださい。その…重力水が暴発するかも、しれないから…あた、しが…」

「重力水?何だ、それは?」

「あれ、大陸には無いのかな…?あの、その、まず運んでか、ら…」

「あ、ああ…」

 女性としても小柄なルーチェに合わせて、屈強な兵士が小刻みに歩く姿を、レオンハルトは少しユーモラスに感じたが、彼の緩んだ表情を見たサーマイヤーフの機嫌は急降下する。

「レオンハルト、貴様は阿呆か」

「はぁ、申し訳ありません」

「申し訳ないですむか。まさか他の奴も刃物やらなんやら持ち込んでねぇだろうな」

「それはご心配なく。式典の時にも伝えましたが彼らは純粋な船乗りですので。作業に使う小刀の類はまだシムレー号に置いたままのはずです」

「…いまいち信用ならねえな。阿呆なだけで害意は無いから護衛は良い。五人くらいでこいつの部下が集まってるところに行ってやばいもん持ってないか確かめて来い」

「了解」

 サーマイヤーフの指示に異口同音に数人が応え、その場を離れて行く。後に残ったのはレオンハルト、ジーク、サーマイヤーフの他に二人の兵士だ。

「全く…あの頼りなさそうな小娘が知恵袋だって話だったな。執務室に着いたらすぐに詳しく話を詰めようと思ったが、しばらくは茶飲み話になりそうだぜ」

「我々が出立した時点での島の情勢などは、私の方が知悉ちしつしております」

「どうも抜けてるみたいだからなぁ。まぁ全く身の無い話って事もねえか」

 ぼやいたサーマイヤーフが心なしか肩を落として再び歩き出すのに、他の四人も少し遅れて続いた。

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