第14話 将軍の胸の内

 アイリーンの少し疲れた顔を見ながら、ジェラルドは「無事に連れ出すことができてよかった」と、内心で胸をなでおろしていた。



 アイリーンの胸元や内股に赤いあざ、つまりキスマークをたくさんつけたのはジェラルドだ。昨日の夕食の最後に出した、口当たりはいいが度数の高い酒に、アイリーンはまんまとひっかかり、ぐっすり寝込んでくれた。もっとも強行軍で故郷から連れ出しているため、何もしなくても疲労でぐっすり寝てくれた可能性はあったが、まあ念には念を入れてだ。


 我ながらやり口が汚いとは思ったが、このおもしろい竜の国の姫を父の何番目かわからない妃にするのは気に入らなかった。この娘は自分の手元に置いておきたい。この娘を見つけたのは自分なのだ。

 頭ではわかっている。国同士の取り決めなのだから、自分が介入することではない。だが、どうしても気に入らなかった。


 だからわざと「男との情交のあと」に見えるように、胸元や内股にあざを散らした。母から、側妃に上がる娘には「身体検査」があると聞いていてよかった。


 異民族であるアイリーンの宮殿での扱いは、あまりよくないだろう。長らく従属している民族出身の母ですら、帝国の民からは「色付き」と下に見られているのだ。支配階級のルーシス族は黒髪に黒い瞳をしており、周辺の少数民族たちの髪の毛や瞳は赤かったり褐色だったりと、黒色ではない。そこから「色付き」と呼ばれる。そんな民族的なヒエラルキーのことを思えば、アイリーンは宮殿にいない方がいいはずだ。自分の側にいることがアイリーンのためになるか、というのはまた別問題だが。


 そう自分に言い聞かせ晒したアイリーンの裸体は目に痛いほど白く、すべらかな肌をしていた。

 特に胸元は、ふくらみがないため、年端もいかない子どもを汚すような気持ちになった。胸が小さい、というレベルではなく、本当に胸がない。

 その点は不思議に思ったが、アイリーンは実態がよくわかっていない竜族の娘である。こういう外見の娘もいるんだろう、と思うことにした。


 ただ、その白い肌を見て少しためらった。

 本当にこの方法でこの娘を助け出せるのか?


 何もしなければ、何もできない。


 その結論を出すのにどれくらいかかっただろう。覚悟を決めてアイリーンのすべらかな肌に唇を落とし、強く吸い上げる。


 肌が白いので、痕跡は鮮やかに浮かび上がった。目にした瞬間、自分でも驚くほどの支配欲、征服感がこみあげた。この娘を手に入れたい、と。

 一方で「どうしてここまで気になるのか」とも。


 竜族という珍しさから? それとも、見たことがないタイプの娘だから? それだけでここまで駆り立てられるものだろうか。

 いや、違う。それもあるが、それだけではない。

 一番気になるのはアイリーンの中にある光だ。


 初対面で斬りかかってきたアイリーンは、姉を守ろうと必死だった。二度目に顔を合わせた時は、遠くから舌を出しての「イーッ」顔。

 飛行艇では本当に嬉しそうな笑顔を見せてくれた。藍色の瞳がきらきらと輝いて、吸い込まれそうだった。

 こんなに素直で表情豊かな娘に出会ったことがない。

 アイリーンの中には、宝石がある。それはジェラルドの心を明るく照らしてくれる輝きでもあり、そしてジェラルドの中にある感情を揺さぶる輝きでもある。

 その輝きにどうしようもなく惹かれる。

 そのせいだろうか。アイリーンに関することには冷静さを失う自覚がある。

 これはよくない。気を引き締めなくては。


 情交の痕跡としては十分かな、と思うくらいに痕をつけたあと、ジェラルドは寝息を立てているアイリーンを見下ろした。寝顔はあどけなくて、実年齢よりも幼く見える。


 ――アイリーンが選ばれたのは、単に女王の妹というだけではないのかもしれないな。


 十九歳にしては幼すぎる体つき。覚えている限り、竜族の人々は自分たちと変わらないように見えた。大人の男女、年老いた者、見かけに関しては少なくともそう。アイリーンだけが特殊。もしかしたら、竜族の中でも特殊な存在なのかもしれない。……外に出ることを嫌う一族が、外に出すくらいだ。この未成熟な娘は、竜の国の中でも価値が低く見られていた可能性はある。


 だが、体つきなんて、自分にとってはどうでもいい基準。

 手に入れるためには、こんな小細工も、アイリーンの評判を落として皇帝から忌避されるように仕組むことも厭わない。

 頭ではわかっている。どうかしている、と。

 皇帝の花嫁をかすめ取るなんて。事実が明るみに出たらどんな処罰を食らうことか。


 寝ているアイリーンの髪の毛に手を伸ばす。さらさらと癖のない髪を指先でもてあそぶ。まっすぐでしなやかな髪の毛は、すぐに指の間から逃げてしまう。

 この髪の毛に触れた男はいるだろうか?

 姉の代わりに嫁ぐと決めた娘だ、恋人などはいないと思うが……、


 ――これから先、この髪の毛に触れていいのは自分だけだ。


 作戦がうまくいけば、彼女は自分の花嫁になるのだから。




「……何?」


 ジェラルドが見つめていたことに気が付き、アイリーンがこちらに目を向ける。

 屋敷に向かう馬車の中。


「だいぶ疲れているようだな。顔がげっそりしているぞ」

「……そりゃ、するでしょ……」


 ジェラルドの言葉にアイリーンが当たり前だという顔をする。

 動いた拍子にアイリーンの藍色の髪の毛が頬にかかる。昨日の夜、ジェラルドがさんざんもてあそんだ髪の毛だ。星が瞬く夜空の色。

 ジェラルドは目を細めて、藍色の髪の毛を見つめた。

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