第2話 つがいがいない、ということ

 竜族はつがいを見つけないと大人になれない。

 だが、ごくまれに――数十年に一人くらいの割合で――つがいが見つからない者が生まれる。

 つがいは年頃になる十四、十五歳あたりから、どんなに遅くとも十八歳ごろまでに見つかる。十八歳の時点でつがいが見つからなければ、その者はもう「つがいがいない者」になってしまう。

 アイリーンの見た目が少年っぽいのは、そのためだ。アイリーンにはつがいがいない。大人になれないから、胸のふくらみもなければ腰のくびれもない。そしてこの先も、女性らしい丸みを帯びた体つきになることはない。


 幼いころは、必ずつがいは見つかると信じていた。だって、見つからない人のほうが少ないのだから。年頃になると、どんな人とつがいになるのか毎日ドキドキしながら過ごした。同世代の少女たちが一人、また一人と大人っぽくなっていくのを見るたびに、自分のつがいはどんな人かな、大人になるってどんな感じなのかな、などと夢想したものだ。


 けれど。けれど、である。


 十五歳を過ぎ、十六歳を過ぎ……。

 つがいが必要という体質柄、年頃の男女にはお相手探しの機会が多く設けられている。アイリーンだって、そうした集まりには顔を出した。せいいっぱいおしゃれをして、よそいきの笑顔を浮かべて。


 けれど。けれど、である。


 そこにいた男の子たちは、アイリーンを選んではくれなかった。みんな、その場にいるほかの女の子たちを選んでいった。ちょっといいな、と思った男の子がほかの女の子の手を取る風景を、何度見たことだろう。


 期待より不安が大きくなった十七歳は、ドルフと「もし相手が見つからなかったらどうしよう」という話をしていた。

 不安だらけで迎えた十八歳、ドルフに相手が見つかり、同世代でつがいがいないのは自分だけになっていた。

 そこで、ようやく悟った。

 ああ、自分は「つがいのいない者」だったんだ……と。


 そう気づくと、異性に選んでもらうためにめいいっぱい女の子らしく装う今の自分は、本当に滑稽。この先、誰かに選んでもらうこともないのだから、と、十八歳の誕生日を過ぎた時に長く伸ばしていた髪の毛を切った。服装も男性のものに、一人称も「私」から「僕」に変えた。言葉遣いだって、わざと。

 滑稽な姿をさらすより、変わり者を演じているほうがまだましだ。


 ただ、アイリーン自身、どうして、と思わない日はない。

 好きで未成熟なのではないし、できるならつがいがほしいと思っている。

 なぜなら、つがいが見つからない人間は、二十歳までしか生きられないからだ。二十歳の誕生日を迎える少し前から衰弱が始まり、誕生日を過ぎた頃に亡くなってしまうのである。子どもが残せない個体は長生き不要、と竜神が判断したのだろう。


 それが、つがいが見つからないアイリーンの運命。今は初夏。雪解けの季節生まれのアイリーンに残された時間は、もう一年を切っているのだった。

 誰にも選ばれない寂しさを味わっているアイリーンとしては、あと一年もしないうちに自分の時間が終わることにどこかほっとしているのだが、姉のエルヴィラはそうではないらしい。アイリーンが髪の毛を切った頃から、情緒不安になることが増えたように思う。


 アイリーンは幼い頃、火事で祖父母と両親を亡くした。助かったのは女王に選ばれすでに家を出ていた姉のエルヴィラと、その姉を訪ねて神殿を訪れていたアイリーンだけ。

 エルヴィラからしてみれば、唯一助かった妹も運命に連れて行かれようとしているわけだ。

 一人ぼっちの寂しさはよくわかる。アイリーンとしては、姉を一人置いて逝くことが最大の気がかりなのだが、まあ、どうしようもない。




 しばらく一人で歩いている時だった。

 不意に耳をつんざくような轟音が大地を震わせる。

 森にいた鳥たちが一斉に飛び立つ。空気が震える。畑で農作業をしていた人々が驚き慌てたように農道に出てきては、一様に空を見上げる。

 アイリーンも同じように空を見上げた。何も見えない。でも音が近づく。

 嫌な予感がする。心臓がぎりぎりと締め上げられるような圧迫感。


 ――さっきまでなんの音もしなかったのに!


 風下から近づいてきたのかもしれない。

 やがて山々の合間から「それ」は姿を現した。

 巨大な銀色の塊。


 ――大きい!


 はるか上空を飛んでいるのは見たことがあるが、こちらに向かって降りてくる姿は初めて見る。

 それは大型の飛行機だった。

 あまりの圧迫感に、アイリーンはすぐには身動きができなかった。農道に出てきた人々が威容に圧倒され騒ぎ始める。

 それはアイリーンたちの頭上で旋回をすると、降りる場所を決めたのか更なる降下を始めた。

 湖に向かっているようだ。


 あそこには竜神が住んでいる――姿なんて見たことはないが。

 それだけではなく、あそこには姉の暮らす神殿がある。

 竜の国の人にとって、湖は神聖な場所でありおいそれと近づく場所ではない。例外は竜神に仕える女王だけだ。神殿は、湖畔から湖面上に突き出るようにして建てられている。


 たいてい、外から来た人間は女王に用事があるものだが、あんな大きな飛行機でいきなり女王の目の前に現れるなんて非常識だ。

 アイリーンは走り出した。


 姉が危ない。

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