この感情に名前は無い

カビ

第1話 前編

走るくらいしかできなかった。


ドッジボールでは、すぐに当てられて、残り時間は外野でボーッとしていた。


バレーでは、トスとレシーブのどちらもボールが明後日の方向に飛び、最も大切な「つなげる」ことができなかった。


ダンスでは、自分ではリズムが取れているつもりだったけど、録画してもらった映像を観て絶望した。


他のスポーツも一通りやってみたが、周りの迷惑になる前に辞めた。


それでも、私の大好きなスポ根漫画の主人公のように、何か運動系の部活に入りたかったので、中学に上がる半年前の私は焦っていた。


頭の片隅で、まさか、私には全てのスポーツの才能が無いのではないか。あの泥臭くも美しい漫画の主人公にはなれないのではないかという考えがよぎった。


そんな悩みを振り切るために、学校から家まで走って帰った。

距離は、2.5キロといったところだろうか。


息が苦しかった。

足が重かった。

腕が痛かった。


でも、走り切った。

\



スポーツで、最後までやり切ったのは、これが初めてなのかもしれない。


なので、こんな風に調子に乗っても仕方がないと思うんだ。


(あれ?もしかして、私って、長距離だったらいける?)

\



「ラストスパート!」

チームメイトの声が聞こえる。


私の前を走っているのは3人。あと1人追い越せば、ベスト3だ。


とっくに限界を迎えていたけど、この後動けなくなっても良いと思い、もう一段階スピードを上げる。

もちろん、前を走る子も必死だ。私が追い越そうとしているのを察してスピードを上げた。


悲しくないのに涙が出てくる。


視界がぼやけて、今どの辺りを走っているのか分からない。


バンっ。


誰かが私を抱き抱えていた。


「頑張った!」


あー。

ゴールしたのか。

タイムや順位を確認する前に、私は意識を失った。

\



4位。

何度見ても4位だった。


顧問も親も褒めてくれた。

でも、4という数字は、私に重い敗北感を与えた。

\



「美咲、なんか調子悪い?」

「うーん」


あの大会から1ヶ月。私のタイムは伸び悩んでいた。

切り替えなくてはならないのは分かっているけど、身体がついていかない。


「なんか悩みがあるなら聞くよ?」

「ありがとう」


陸上バカの私の唯一の友達である理佐は、私がキツイことを言っても笑って流してくれる良い子だ。


陸上しか、私の価値を証明できることがないので、チームメイトには、ついキツイ口調になってしまう。


直さなきゃと思っているのだが、中々治らない。

結果、私は理佐以外の部員からは嫌われている。


「あ、次私の番だ」

「頑張ってね」


理佐は、私と同じ長距離選手だが、「楽しく走りたい」とユルイことを言っているタイプ。タイムは私より大分下だ。


ちょっとでもあの子が良いタイムを出せるように応援しなきゃ。


今思えば、そんな傲慢な気持ちで応援したから、バチが当たったんだ。

\



「すごい加藤さん!松浦さんと6秒差!」


‥‥‥6秒。


他の部員達が盛り上がっている声が聞こえない。


え?6秒って‥‥‥6秒?


私もあの輪に加わって理佐を褒めてあげないといけないのに、身体が動かない。


気持ち悪い。


初めての大会直前の緊張状態でも、こんなに吐き気は催さなかった。


‥‥‥マズイ。


(1番近いトイレどこだっけ‥‥‥?)


私は、口に手を当てながら、陸上選手とは思えないほどゆっくりと、トイレに向かった。

\



「美咲。一緒にお菓子たーべよ」

「う、うん」

「え!珍しい!間食は良くないからっていつも食べないのに!ほらほら、ポッキーをたんとお食べー」


理佐はいつも通りだったけど、私はダメだった。


ポッキーを9本もらった。

久しぶりに食べたけど、やっぱり美味しい。

\



「加藤さん、また自己新だよ!」


もう、私の記録は超えられていた。

陸上部のエースは理佐になっている。


練習が終わり、部室にカバンを取りに行くと、中から話し声が聞こえてきた。


「松浦さん、あれだけ調子に乗ってたのに、情けないよねー」

「安牌で側に置いてた加藤さんに抜かれるとか、ダサすぎでしょ」


私は、構わずに扉を開けた。

話し声がピタッと止まる。


「悪口は、本人の聞こえない場所でね」


2人のチームメイトは、焦ってカバンを持って出ていった。

ジャージのままだけど、良いのだろうか。


まあ、これで部室を1人で広く使えるし、良しとしよう。


そういえば、そろそろスパイクの手入れをしなければならないんだった。

泥が付いてしまっているスパイクを外に持っていき、手入れをする。


この時間が私は嫌いではない。


何かを綺麗にする作業は、心地がいい。


「あれ?みんなは?」

いつの間にか、理佐が側にいた。


「えっと、帰った」

さっきのチームメイト達には強気で行けたのに、理佐とは上手く話せなくなっている。


「そっか。私もスパイクの手入れしようかな」

隣に座る理佐。

私と同じように手入れに夢中になっている。


「‥‥‥」


私は、自分のスパイクの裏の尖っている面を見る。


今だったら。


「‥‥‥!」


私は、何を考えた?

一瞬でも考えてはいけないことではなかったか?


「?美咲?」

「ごめん、私帰るね」


早口でそう言って走り去る。


陸上部にあるまじきメチャクチャなフォームで校門を抜ける。


私は、理佐と一緒に居てはいけない人間なんだ。

もう外灯がないと暗くて危ない道を走りながら、私は理佐と離れる決心をした。




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