霧の中で

「あ、あやめっち!あれ見てみ!」

「え?どれ?」


「ほら、なんか鳥居立ってるで」

「うわっ!ほんまや。富士山に鳥居立ってる」


「いっしょに鳥居をくぐってみるか?」

「そやな」


「今、うち、あやめっちの手をにぎってるよ」

「よし、ほな、いっしょにくぐるで~」


「せぇ~の!えいっ」

「とりゃ~」


「うわーっ!いっしょに鳥居くぐったー」

「ええことあるかなー」


ヒュウウウウーッ


「うわっ!なんやなんや?」

「なんか白い霧みたいなん急にフワーッと吹いてきたでー!」


「うわーっ!あやめっちのことしか見えないー!言うても、前から、あやめっちのことしか見てないけども」

「うわーっ!真っ白い霧で、イセっちの声しか聞こえへんー!って言うても、イセっちは前から声だけやったけど」


「あやめっちに抱きついてるでー」

「そうなんやー!って...あれ?」


「どしたん?」

「なんか、イセっちの姿、ぼんやりと見えてきたような気する。白い霧の中で...」


「えーっ?ほんまにー?」

「うわっ!なんか、着物姿の可愛い女の子、うっすら白い霧の中に、浮かび上がってきたような気する...」


「えーっ?たしかに、うち着物を着てるよー」

「なんか、明るい紫っぽい中に大きな花、咲いているような...」


「うわっ!当たってるー!うちの着物やわー」

「なんか、背はちっちゃくて、可愛らしい感じの女の子...ほっぺた紅くて可愛い」


「うわっ!うちやん!見えてるの?」

「真っ白な霧の中で、他は何も見えへんのに、イセっちの姿だけは、霧の中に浮かび上がってきた」


「きゃあああ、あやめっち!抱きついてもええ?」

「さっきから抱きついてるやん」


「あ、そうやった」

「イセっちの姿、見えて嬉しい」


「うちも、あやめっちに見てもらえて、めっちゃ嬉しい」

「イセっち、めっちゃ可愛い...」


「きゃあああ、嬉しいわー!今のうちにチューしたろ」

チュッ

「うわーっ!イセっち~」


「あやめっち好きー!ずっとずっと好きやったー!」

チューッ

「うわーっ!イセっち~!前も、どこかで会ってたような気する...」


「ほんま?嬉しい...うちのこと覚えてくれてるの?」

「え?いや、どこで、どう会ってたのかは覚えてないけど」


「そうかー」

「なんとなく、前にも会ってたような...そんな感じする...こうやって、ふたりで会ってたような...」


「もう、それだけでもええわっ!また前みたいに会えてるだけでも」

「前も富士山やったん?」


「いや、富士山は初めてやけど...あっ、そう言えば、前も、こんな真っ白な霧の中に、ふたりでいたことあったなー!覚えてる?」

「え?覚えてない...」


「あれは渡月橋のあたりやったっけ?」

「え?渡月橋?」


「最初の渡月橋のできた頃、ふたりで手をつないで歩いてたら、急に真っ白な霧出てきて...」

「そうなん?」


「うんっ!今みたいに、まわり何も見えへんから、しばらく、ふたりでじっと抱き合ってたやん...」

「へぇー、そうやったんや?」


「覚えてる?」

「いや、覚えてない...」


「ほな、北斎さんと会うた時は?」

「北斎さん?」


「1810年代ころ、北斎さん、関西に旅行でよう来てはったやんか」

「えっ?北斎さん?」


「北斎さんを渡月橋に案内した時も、うちとあやめっちとで真っ白な霧に包まれたことあって、その時もまた今みたいに、ふたりで抱き合ってたよな~」

「えっ?そうやったっけ?」


「覚えてないの?」

「覚えてないなあ...」


「北斎さんのことは?」

「北斎さん?」


「葛飾北斎さん!京都で渡月橋あたりを案内したやんか」

「いや、覚えてない」


「そうなんやー」

「渡月橋を描いた葛飾北斎さんの浮世絵なら見たことある」


「えっ?いつ?」

「ちょっと前かなあ。高校の図書室かどっかで、チラッと見て、その時『えーっ?葛飾北斎は渡月橋も描いてたのかー』って思た」


「へぇー!どうやった?それ見て」

「いや、めっちゃきれいで感動したよー!『うわーっ!渡月橋やあああ』って思って」


「渡月橋やから、その絵の中に富士山は描かれてなくても、良き浮世絵だよねー」

「ほんまそれな」


「今はまた富士山で、ふたりで、こうやって抱き合ってるやなんて」

「前にも、やっぱり、イセっちとは会ってたのか」


「あやめっちと、またこうやって、富士山で再会できて嬉しいわ~」

「うちも!イセっちの姿見れて、なぜかめっちゃ嬉しい」

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