第7話 契約の指輪

「でび、ちゅーぶ?」


 聞きなれない単語に、私は首を傾げた。


「人間界の配信サイトと変わらぬ。まあ、異なる点としては魔界のコンテンツも配信されていることじゃな」


 でびちゅーぶ。

 確かに響きなんかは、人間界の既存の配信サイトと似てはいる。

 いや、注目すべきところはそこではない。

 ここでいきなり、魔界の配信サイトが出てくることが可笑しいのだ。

 私は『でびちゅーぶ』という配信サイトに登録をしたこともないし、見たこともない。それなのにあの初配信を『でびちゅーぶ』で見ていたの言うのは、あまりにも納得がいかない。


「でびちゅーぶ、とかいうのに登録していませんよ!?」

「さっき言ったじゃろう。魔界のコンテンツも配信されている、と。逆に言えば、人間界の動画ももちろん配信されているということじゃ」

「違法配信じゃないですか!?」

「いや、違法だけど違法じゃないというか……。でびちゅーぶの運営が、今熱い人間界の配信を中継してくれるんじゃよ。だから公式だけど公式じゃないというか……。この際だから、でびちゅーぶに公式チャンネルを作ったらどうじゃ!?」

「流石に魔界のネットワークに接続するの、怖いですよ!?」

「大丈夫じゃよ、我がちょちょいのちょいで細工するからの」


 これから使っていくであろう大事なパソコンに、魔界のエネルギーを注入♡されたらたまったものではない。もしかすると時限爆弾になってしまうかもしれないし、監視機能がつけられてしまうかもしれない。お風呂上りにふらっとパソコンの前に来てしまった日には、私のほぼ裸の姿が拡散されてしまうかもしれない。

 それは避けたい事態だ、とてもとても。とはいえ、悪魔の力が宿ったパソコン。面白そうではある。ああ、我が身を顧みずにオカルト魂が炸裂しそうになる。気をつけないと……!

 するとベルゼブブさんは思い出したように言った。


「それに初配信で使っていた我の召喚呪文、魔界ネットワークで検索しないと出てこない代物じゃよ」

「そうなんですか?」

「我を召喚できるほどの魔力を持っている者がいなさすぎて、5年ほど前に人間界のインターネットから撤退したんじゃが。一応魔界ではニュースとして取り上げられたんじゃよ」

「それじゃあ私が見つけたのって……」

「何かがあって、魔界のネットワークに接続できてしまったんじゃろうな。だから今更魔界のネットワークが怖いとか言っても、遅いということじゃな」


 あまりにも頭を抱えてしまうことが多すぎる。えっと、私のパソコンはすでに魔界のネットワークに接続したことがあって、魔界の配信サイトは人間界の配信サイトを違法配信(恐らく)している。


「あと一つ。単純な疑問なんですけど、時間差で召喚されたのは」

「寝巻で見ていたからな、着替えが必要だった」

「寝巻きで!?」

「我だって、いつもこの正装を着ているわけではないぞ。それにな、あれは完全に30秒で支度しな、をリアルでやったんじゃよ。まあ、魔法の力ですぐ終わるがの」


 もう何を言われても驚かない気がする。

 いやでも、悪魔だってお風呂上がりののんびりタイムくらいあるだろう。

 それに魔法の力って……同棲していく中で拝見させていただく機会がきっとある。魔法を間近で見られるなんて、これほどまでに嬉しいことはない。


「ちなみにでびちゅーぶの同時視聴者数、どのくらいじゃったと思う?」

「500人、とか?」

「30万じゃ」

「さ、30万!?!?」

「ちなみに魔界の人口は百万程度だから、およそ三分の一は見ていた計算になるな」


 魔界の皆さんに見ていただけるのは、素直に嬉しい。けれど人口の三分の一も見ているのは、あまりにも桁が違いすぎる。日本でいうところの、年末の歌番組並みの視聴率じゃないか!

 ということは、それほどオカルト友達ができる確率があるってことだよね。

 圧倒的な数に驚いてはいたけれど、これならきっと良い風向きになりそうだ。


「悪魔ベルゼブブを召喚できる人間なんて、数百年ぶりだったからな。明日のトップニュースを飾るだろうな!」

「魔界の、トップニュース」

「一応我の権力を振りかざして、本人凸や自宅凸はせぬようマスコミ各社に声をかけておくから心配しなくてもよいぞ」

「さすが、ベルゼブブさん!」

「褒めても何も出ぬぞ~」


 今はこの奇跡のような出会いに感謝をしたくてたまらない。

 いくら褒めても足りないくらいだ。


「あ、そういえば挨拶がまだでしたね」

「確かに、正式には交わしておらんかったな」


 改めてベルゼブブさんに向き直る。


「《天魔セナ》こと赤坂聖菜です」

「悪魔に本名を明かしてもいいのか? 悪戯してしまうかもしれんぞ」


 ベルゼブブさんは悪い笑みを浮かべながら、上目遣いでこちらを見上げてきた。

 でも知っている。

 もう私と契約を結んでしまったのだから、その日が来るまで手出しは出来ない。むしろ守ることしかできない。


「やれるものなら、やってみたらどうですか?」

「ほう。あんなに噛みまくっていた少女が、こんな短い時間で生意気になるとはな。これは灸をすえてやらんといけないな」

「え?」


 するとベルゼブブさんは私の左手を恭しく取り、その薬指に嚙みついた。

 噛み痕は指輪のような形になり、すっぽりとその指に収まった。ベルゼブブさんはそれを撫でながら、にやりと笑みを浮かべた。


「お主のここ、守らなくてはならんからなあ。今は我のものであるという印をつけておいた。このしるしに細工をすれば、お主の五感を好いようにすることが出来るぞ?」

「私に手出しできないんじゃなかったんですか……!」

「成人するまで結婚しないように見張らなくてはならないが、それ以外に関しては特に制約はないぞ?」


 あと命を奪うこともできないな、と言いながらけらけら笑っていた。


「我はベルゼブブ。気軽にベルと呼びたまえ」

「こんなことをしておいて、気軽にベルとは呼べませんよ……」

「ほう、もしかして我にもっと弄んでほしいのか? 今なら出血大サービスじゃよ」

「べ、ベルちゃんと呼ばせていただきます!」

「それでよろしい、これからよろしくなセナ」




 —――――

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