第2話 初配信で悪魔召喚 中

「何を呆けておる。お前が召喚したのであろう? このベルゼブブたる我に願いはないのか?」


 本当に悪魔を召喚してしまった。

 しかもとんでもないネームドに反して、可愛らしいビジュアルの。


 悪魔ベルべブブ。

 七つの大罪、暴食担当。

 蠅の王。

 まさかこんな大物を呼び寄せてしまうなんて、思ってもみなかった。確か呪文の内容は、ベルゼブブ要素があったけれども。

 肩口で切りそろえられている、ウェーブがかった黒髪。血のように真っ赤な瞳。黒を基調としたゴシックなミニドレス。そして何よりも目に入るのは、頭に生えた角。

 Vtuberがリアルに存在していたら、こんな感じなんだろうなを体現したような見た目だった。


「我に見とれているのか?」

「そうですね! とても可愛らし……美しくてずっと見ていられます!」


 この返答で問題ないよね?

 つい見たままの「可愛い」を言いそうになったけれど、「美しい」の方が合っているはず。人生で一番頭を動かしている気がする。


「我に恐れを抱かず、美しいと褒めることが出来るとは。なかなかの精神力の持ち主だな」


 いえいえ、とても恐れを抱いておりますよ!

 でも召喚した悪魔に対して、少しでも弱みを見せてしまえばジ・エンドだと聞いたことがある。だからこそ褒めに褒めまくって、ご機嫌よく帰っていただくに限るのだ。

 上機嫌そうに微笑むベルゼブブは、こちらへ近づいてきた。

 超絶至近距離だ。

 この悪魔、そんなに私と身長は変わらないのに色気と可愛さの両立がとんでもない。

 そして私の腰を抱き、頬に手を添えながら言った。


「召喚者とはいえ、愛いな」

「愛い、でしゅか……」


 あーーーー!!!

 噛んでしまった、至近距離のベルべブブさんの前で盛大に披露してしまった。

 それに気づいていないのか、優しくスルーしてくれているのか、そのままベルゼブブ様口説き劇場は続く。


「忙しい我が時間を割いて召喚に応じてやったんだ、まさか願い事がないとは言わないだろうな?」

「そうでしゅね……」

「何もせず魔界へ帰るなど、ベルゼブブの名に傷がついてしまう。ああそうだな、お前が願いを言わぬなら、街の一つでも滅ぼしてやろうか」

「それはちょっと勘弁でしゅね……」

「安心しろ、少しは待ってやる。今の我は機嫌がいいからな」

「ありがとうございましゅ……」

「街を火の海にするときは特等席で見せてやろう。終わったら、お前を魔界に連れ帰って、愛でるのも一興だな」


 街壊滅を特等席で眺められるとかいう権利、とても嫌すぎる。

 しかもある意味プロポーズ的な発言もされているし、私は悪魔のお嫁さん(旦那さんかもしれない)になっちゃうかもしれないってことですか。あんなことやこんなことをされてしまうということですか。

 悪魔とのそういうの、気になると言えば気になる。

 オカルトマニアなので、ありとあらゆる悪魔の生態系は知っておきたいのが本音だ。けれどそれは安全が担保されている状況だからであって、今の私は暫定『される』側なのでお話が変わってくる。

 悪魔のせいで、頭がピンクヒューマンになってしまう。

 心の中の「悪魔のせいにしてしまう人間の方がよっぽど悪魔かもしれませんね」と話す少女を思い出してしまった。


「もしかしてお主、我を前に緊張しているのか?」

「緊張のあまり、たくさん嚙ませていただいておりましゅ」


 ベルゼブブさんが至近距離に来てから、噛み噛みオンパレードを開催してしまっていた。誠に遺憾である。

 すると、ベルゼブブは腰に当てていた手を背中へと移動させた。


「それも仕方ないか。ほれ、我が背中をさすってやろう。ゆっくりでいいからな、おまけに深呼吸でもつけるか?」

「ありがたく、頂戴します」


 深呼吸をありがたく頂戴する、ってなんだろう。

 そもそもベルゼブブに背中をさすってもらうとかいうこの状況、人類史上初なのではなかろうか。こんな大悪魔に深呼吸を促されるとか、あまりにも不敬が過ぎませんか。それを許してくれるあたり、案外悪魔って優しいのかもしれないと思い始めている自分がいた。

 それならば、こんな願いもかなえてくれるのではないだろうか。

 勇気を振り絞って、ベルゼブブに向き合った。


「恐れながらお願いがあるのですが、よろしいですか」

「いいぞ」

「願い事、ツケておくことは可能でしょうか!」

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