第3話 奥州街道にて

空想時代小説


 路銀のほとんどを使い果たし、伊兵衛の足取りは重かった。背中を丸めて奥州街道をとぼとぼ歩いていた。宿に泊まることはできず、荒れ寺や廃屋が寝床となった。

(これでは道場破りでもしなければ生きていけぬではないか)と思いながらも、江戸をでれば道場があるわけがなく、伊兵衛の足取りはますます重くなっていた。

 宇都宮まで来た時に、ある武士から声をかけられた。

「お主、仕事をせぬか? 腹いっぱい食えるぞ」

という誘いに伊兵衛はすぐさまのった。その武士についていくと、一軒の旅籠に入るように言われ、土間に入ろうとすると、一人の武士が背を向けて座っていた。伊兵衛は何かを感じた。

「どうされた? 遠慮なく上がられよ」

その武士が伊兵衛に声をかけた。

「この宿は、ぞうりを脱ぐ前に立ち合いをする必要があるのですか?」

「どういうことかな?」

「かげにお二人、今にもかかってきそうな気配です」

すると、案内してきた武士が

「見事! 合格でござる」

「これは試験でござるか?」

「いかにも貴殿の腕前を見せてもらったしだいだ」

そこには、4人の武士がいた。その内の年長者である武士が話を始めた。

「わしは、信州浪人、横山畿内。実は、隣の宿場の長老から頼まれ、宿場にはびこるやくざ者を始末するように頼まれている。相手は20人。やっかいなのは5人の浪人がいるとのこと。こちらも5人となったので、互角といえば互角だが、やくざ者も相手にしなければならぬ。少し策を考えておる。どうだ? やるか?」

返答に困っていると、他の面々が自己紹介を始めた。

「わしは、近藤井三郎。旧高田藩士である」

案内をしてきた武士だ。

「拙者は、千葉周三。紀州浪人でござる」

殺気ただよう雰囲気の武士だ。先ほど入り口で感じたのはこの殺気かもしれない。

「われは、今井雄太郎。旧広島藩士でござる」

槍を持った武士である。いずれも戦経験のある強者に見えた。伊兵衛が一番若い。皆浪人なので、自分だけ藩士とは言えず、

「木村伊兵衛と申します。父は旧大崎藩士でした」

ととりつぶしになった藩名を名乗った。伊兵衛は飯をたらふく食べ、久しぶりに風呂に入ることができた。夜になり、作戦会議となった。横山畿内が策を説明し始めた。

「近藤殿と今井殿は、大通りから敵が陣取る番屋へ行っていただきたい。そこで相手をなじり、おびきだしてほしい。剣を何度か合わせたら、叶わないという顔をして、逃げてきてほしい。相手が追いかけてきたら、所定の横丁に入ってほしい。そこに、わしと千葉殿がいる。4人で相手をすれば、足の速い二人は倒せるであろう。後の者はわなと気づくから入ってはこないだろう」

「島津の釣り野伏せですな」

と、伊兵衛は得意げに話した。

「若いのに、兵法を学んでいると見える。木村殿は横丁の入り口に隠れていて、3人目以降が入ってこないようにしてほしい。斬る必要はない。刀を振り回しておれば、突っ込んではこない」

「そんな役でござるか。わしも斬る役をさせていただけぬか」

「今まで、人を斬ったことがあるのか?」

「木剣では何人も・・」

4人は大笑いした。

「その若さでは、さもありなん。まだおなごも知らぬのだろう」

「そんなことはござらん。江戸を出る時に吉原に行き申した」

嘘ではない。

「吉原でちょちょんとされたのだろう」

「それは酒に酔っていて覚えておらん」

4人はまた大笑いした。

「木村殿はおもしろい。また正直なのがいい。人を斬るのは、別の機会にある。まずは敵の勢力をそぐことが肝要。無理をすると、敵も本気になる。二人がやられたことを知れば、敵は一度退くはず。そして、こちらの戦力をはかるであろう。我々は、宿場外れの酒場に陣取る。その酒場の裏口はふさぎ、正面からしか入れないようにする。それも一人か二人という狭さにする。そこにやくざ者たちが人数にまかせてやってくるであろう。そこを我々は交代で対峙する。決して酒場の外には出ない。宿場の長老から酒場の主人には話がついている。先鋒は千葉殿、次鋒が今井殿、中堅が近藤殿、副将が木村殿、大将がわしだ。右回りで動き、一人を傷つけたら次と交代だ。もし、突っ込んでくる者があれば、休んでいる者が相手をする」

地面に書かれた図を見た伊兵衛は、

「まるで車懸りですな」

と、また得意げに話した。

「お主は兵法通だな。この戦法でやくざを5人をやっつければ、敵は13人に減る。あと一つの策で対等になる」

「あと一つの策とは?」

「町衆の力を使う。ここまでくれば弱気だった町衆も立ち上がってくれる。町衆たちを横丁に配置し、我々5人が大通りを歩く。敵は全員が攻めてきたと思い、敵も全員で出てくるであろう。そこで、何度か剣を合わせたら、じりじりと退却し、横丁に相手を連れ込む。そこに鍬や斧をもった町衆が待ち受けているというわけだ。この策で5人減らせる。残るは浪人3人にやくざ者が5人。ほぼ対等だ。最後は正面勝負。我らは固まって対峙する。相手に背を向けないようにしなければならぬ。後は気力の勝負だ」

「すごい策だ。横山殿は策士ですね」

伊兵衛は感嘆し、褒めたたえた。そこに近藤が口をはさんだ。

「横山殿は信州真田の家臣だった。あの天下の策士、真田昌幸公の家臣ぞ」

「徳川を手玉にとった真田の家臣だったのですか。それはすごい」

「若い時の話じゃ」

この話を聞いて、伊兵衛は片倉家中に真田家ゆかりの家臣がいることを思い出していた。これは後の話につながる。

 翌日、5人は隣の宿場町に入った。宿場外れの酒場に入り、ふつうの旅人の雰囲気で通していた。どこに敵の目があるかわからない。夜になって、長老や宿場の主だった者と打ち合わせを行った。策はおおむね了解を得た。20人ほどの町衆が参加してくれるとのこと。もちろん策がうまくいけばだが・・。

 伊兵衛はその夜、なかなか寝付けなかった。明日、初めて真剣で斬り合いをするのである。それを知った横山畿内が酒を持ってきた。

「初陣の前は、これが一番じゃ。がぶ飲みではなく、じっくりと味わって飲め。さすれば、ぐっすり眠れる」

伊兵衛は、気分がよくなり、目がとろんとしてきた。どうやら、酒にはあまり強くないようである。

「かわいい酒飲みだの。もっとも、この年でうわばみでは困るがな」

 夜が明けると、外は雨模様だった。傘をさすほどではないが、走るのはややつらい。しかし、それは相手も同じこと。決行となった。

 壱の策。二人が相手を挑発して、横丁まで誘った。ところが来たのは浪人ではなく、やくざ者たち。仕方ないが、二人を連れ込んで3人目以降には伊兵衛が立ちふさがった。横丁に入ったやくざ者は、傷を負って戦えなくなっている。それを知った他のやくざ者たちはわなだと知り、番屋へ逃げ帰っていった。

 弐の策。酒場に陣取っていると、案の定、やくざ者たちが大挙してやってきた。裏からも入ろうとしているが、板を打ち付けてあるので入れない。正面の引き戸を引いても、すべては開かない。足で蹴とばしても、これまた裏を板で打ち付けているので倒れない。結局一人ずつ突入をはかってきた。そこを上段から打ち下ろすと面白いように敵は倒れた。伊兵衛の番になると敵も用心したらしく、突っ込んでこなくなった。そこで、一歩踏み出したら、3人がかかってきた。伊兵衛は思わずびっくりして、店内に引っ込んだ。そこに3人がひしめき合いながら、駆け込んできたので中の4人にやられてしまった。計6人。縄でしばり上げられた。これで残りは浪人5人にやくざ者7人。浪人が無傷なのは想定外だ。

 参の策。町衆の数が10人に減っていた。やはり浪人5人が残っているのが気になったのだろう。なんとか浪人を相手にしなければいけない。近藤と千葉が組み、一人の浪人を横丁に連れ込む。今井と伊兵衛が組み、反対側の横丁に連れ込む。横山は遊軍として苦戦している方の助けとやくざ者を中心に対峙することにした。

 時は夕刻、雨は朝よりひどくなっている。体力は敵方の方が勝っている。なにせ、戦っていないのだから。5人が大通りを歩いていくのは画になった。横山を中心にして、左端は伊兵衛である。やくざ者たちは今までの策でやられているので、浪人5人を前にだしてきた。これで対等になった。じきに1対1の戦いとなった。伊兵衛は比較的若い浪人を相手にしていた。と言っても、伊兵衛よりは年上である。力も強い。伊兵衛はなんとか敵の攻撃をかわしていたが、打ち込むことはできなかった。相棒の今井は、うまい具合に戦いながら退いている。もうじき、横丁まで来た時に、敵の一撃が今井の腕をたたいた。今井は苦しみながら横丁に逃げ込んだ。敵の浪人はチャンスとばかりに、横丁に追っていった。すると、ボカスカという音と「ギャー!」という声が聞こえてきた。その声を聞いた伊兵衛の相手が

「わなだ! 横丁に敵の応援がいるぞ!」

と叫んだ。他の3人は、その声を聞き、背を向け、逃げようとした。そこを横山畿内が一人を斬った。敵は水たまりにバチャと倒れこんだ。これで浪人3人、やくざ者7人。残り10人。予定よりは多いが、あと少しだ。

「今井殿、おけがは?」

「大丈夫だ。ほれ、これをつけているからな。先ほどは演技じゃよ」

今井は、腕に鉄でできた腕輪を巻き付けていた。それをつけて剣を振り回していたのだから、すごい腕力だと感心した。

 最後の策。5人が円陣を組んで進んだ。もう闇に近い。町衆たちが、まわりで火をたいて鍬や斧を持って立ってくれている。人数は増えた。20人を越えているようだ。やくざ者たちはびびっている。しかし、浪人たちからせかされて、無謀に突入してきた。突入してくる敵には鶴翼の陣である。円陣から広がり、突入してくるやくざ者たちを討ち果たした。もちろん、とどめはささない。生かしておいて後で町衆にまかせるのである。浪人3人だけが残った。そして、いざ決戦という時、浪人衆は逃げ出した。多勢に無勢と判断したのだろう。ましてや、飯のたねであるやくざ者たちが全滅したのでは、ここにいる意味はない。命をかけてまで戦う意味はないのである。それを見た町衆たちは、歓声をあげた。長老たちが駆け寄ってきて、5人に礼を言った。

 その晩、5人は厚い接待を受けた。どこにいたのか、おなご衆も出てきた。宿場町に平和がもどったと皆が喜んでいる。伊兵衛は酒をほどほどにし、町衆の話を聞くようにした。わかったのは、町衆をおさめるのは力ではない。力でおさめれば、その目をかすめて悪さをする者がいる。大事なのは慈愛。そういえば、政宗殿の奥方、愛姫(めごひめ)様の口癖が慈愛であったと思い起こす伊兵衛であった。江戸屋敷で何度かお目にかかったことがあるが、まさに観音さまのようなお方であった。

 翌朝、長老から5人に一両ずつ小判が渡された。

「命をかけて戦われた方々には、些少ではございますが、我らの出せる精一杯の金子(きんす)でござる。ぜひ、受け取っていただきたい」

「我ら、金子をあてにして、助力したわけではないが、ありがたく頂戴いたす」

横山畿内の言葉に伊兵衛は安堵した。伊兵衛にとって、この一両は救いの金なのである。近藤ら3人は江戸に向かう道を進んだ。横山畿内と伊兵衛は、北へ向かう道を進んだ。伊兵衛が畿内に尋ねた。

「横山殿は、どちらへ?」

「うむ、仙台藩の白石というところじゃ。どうやら、そこに知り合いがいるらしい」

伊兵衛は、自分の知っている真田ゆかりの家臣のことかと思った。自分も北へ行くので、同行させてほしいと申し出たら、旅は道連れと快く受けてくれた。そこから4日間で、仙台領に入った。その4日間は、新しい師のもとにつかえる弟子であった。真田の戦法は特に興味深いものであったのだ。

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