第19話 コウテツノセンリツ
『キフカ、私は植物に腕を与えた。すると腕を使って美しい絵を描いてくれたんだ。機械も同じように歌を歌ってはくれないだろうか」』―グレーマン著「キフカは勿忘草のように」
やっと、ロストロントについた。
「ろ…す…と?」
「ロストロントへようこそじゃないかな」
「あー」
道路高架の上に取り付けられた看板はやる気のない歓迎を僕たちに送ってくれていた。
ロストロントはロノグラードよりも荒れており、目線を上に向けなくても空が見えるところさえあった。
壊された建物から流れ出す水が無音の響きを世界に聴かせるように佇み、僕たちは無意識に足音を立てないように歩いていた。
「ねー」
「何?」
「なんかさ、ごーん、ごーんって聞こえない?」
「……」
目を瞑って耳を澄ますと、微かに何かが何かを穿つ音が聞こえた。
ガァン、ゴォォン、ガァン、ゴォォンという音を繰り返しながら響き渡り、なぜだか……安心感のようなものを与えてくる。
まだ動いている機械があるのだろうか。いや、グランティですら動いているのだからいてもおかしくはないか。
グーニの耳の良さに少し驚きつつ、地図をぐるぐると回しながら現在地を割り出そうとしていた。
「ピーノ、首も一緒に回ってるー」
「人間の癖だよ。傾ける必要のない首をなぜか傾けてしまうんだって」
「へんだねー」
「一番古い文献だと運転シュミレーターで……」
「あっちだ!」
「……迷子になるよグーニ!」
グーニが走り出したらもう走って着いて行くしかない。
僕には知らないことを知りたいという欲望と、目的を達成すべきだという理性がある。その理性を欺く、言い訳するためにグーニを追いかけているのもある。
グーニの勘は鋭い。自由に走り出したその先には必ず面白いものが待っている。
……半ば利用している立場に罪悪感がないのかと聞かれれば実は割とある。
グーニの揺れるバックパックを必死に追いかけていると、急に開けた場所に出た。
そこには大きく浅い穴が空いており、中には大量の銀色の箱が敷き詰められており、どれも日光を向くように首を回していた。
これまで見た機械とは違う、不思議な機械だった。
今まで見てきた機械は完全に理解できる範疇を超えているか、周りくどくて発展途上な感じがするものばかりだった。
だけどこの機械はその中間あたりにある気がする。
理解できない範疇にある感じで、どこか周りくどい。
「人工こーごうせー装置APE-1200……?」
「ねーこれなにつくってるんだろ?」
「こーごうせーは確か植物の……」
グーニは僕のコートの袖を強く引っ張った。大穴ばかりに気を取られていて気づかなかったのだろう。そこにはどこまでも続く大きな機械が不自然にも動き続けていた。
「工場……?」
よく見ると不自然なのは機械だけではなかった。どうやらこのどこまでも続く空間は機械に沿って無理やり開けられた空間らしく、建物も断面を見せている。
そこまで重要な機械なのだろうか。その割には屋根が設けられていない。
どこまでも違和感を感じる工場は規則的な音を出しながら何かを作り続けていた。
叩いて、カンカン
潰して、ゴン
繋げて、ジー
規則的に出続ける音は一つの音楽のようにも聞こえた。
「たんけん!!」
「危ないところ近づかない?」
「もちのろん!」
グーニの足は相変わらず速い。気づけばもうずっと遠くまで行ってしまった。
「……古い本にはこうあった……"ああいうやつは首輪をつけないほうがいいかもしれない。ここ掘れワンワン"」
くだらない独り言に応えたのは以前よりも弱まった寒風だけだった。
動き続ける機械はどうやら大穴の機械とつながっているようで、おそらく切ったら大変なことになるであろうロープが野ざらしにしてあった。
大穴が空くような場所でこういう雑なやり方ができるのは、おそらく大穴が空くような時代じゃなくなったときに建てられた機械たちだからだろう。
だとしたら、何のために?
僕は一直線に続く機械をたどりながら考え続けた。
グランティが言っていた通りであれば、昔の人達がこの機械を立てる余力はないはず。
そんな余力があるのだったら、……まだ戦っていただろう。
無造作に切り開かれた空間はいつも通りの
グーニがどこかに走っていって一人になる事はよくあった。最初はそのうち寂しさに負けて泣いているうちにグーニが帰ってきて謝るのが一貫の流れになっていた。
でも今は途方もなく続くというのが分かるからなのかグーニが居なくなってしまうような感覚が追いかけてきていた。
自然と足が早くなる。絶対いるはずだから心配ないけど、なんとなく。
しばらく走っていると、大きく手を降っているグーニが見えた。僕は久しぶりに感じた少しの寂しさを、グーニのせいにして思いっきり抱きついた。
「これけっこういたいね」
グーニは満足そうに笑いながら言った。
「遅めの仕返しだよ。何か見つけたの?」
グーニは僕に金色の機械を見せつけた。
「これここ回すとね、おんがくがなるの!」
グーニが手に持つ機械は細く切られた板とトゲトゲが付いた円柱で構成された奇妙な機械だった。
横についたクランクを回すと、突起が板を弾き、静かに駆け回るような音で聞き覚えのある音楽が流れ始めた。
「レコード……ではなさそうだけど……」
「きーふか、きふか、おーかのうーえでゆーれーるあーのはーなーはー」
「グーニって実はレコードだったりしないのかな」
とはいえ僕もこの曲なら知っている。
「青空のキフカ」重要な曲だったらしい。いろいろな本に出てきた歌で、歌詞だけよく知っている。
機械はこの広い空間を使ってまでこの小さなものを作っていたのか。
意図も目的も仕組みも……どうしてこうなったかすら全く分からせる気のない状況だった。ある意味では無秩序と言えるかもしれない。
しかし機械の末端に積み上がった金色の山は、何かを訴えかけるような静かな感情を感じた。
呆れか、願いか。
この旅の末端に答えがあればいいな、と僕は思った。
―――――――――――
「青空のキフカ」
キフカ、キフカ
丘の上で揺れるあの花は
はて過ちを知っているのやら
丘を見るたび、ただ青い空をぼやかす
芽吹く春にあの春嵐を
照らされる夏に乾きを
暮れる秋に木枯らしを
葉落とす冬に猛吹雪を
丘の上で揺れ続けたは
まるで過ちを知らぬ白いキフカ
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