第16話 ハツメイカライクセンネン
「僕たちはいろいろなものを落としていきながら進んでいるんだよ。この世界と一緒でね。」―ピーノ
コトバビジュツカンを出た僕たちはまた果てしなく続く、飽きていながらも安心感のある灰色の風景を歩いていた。
相変わらず街には食べ物がたくさん落ちていて、みすぼらしかった僕のバックパックはまたパンパンに膨れていた。
でも、最初よりだいぶ得られる数が減っている。
道でたまに見かける給水塔も水が出ない場所が増えてきたし、完全に壊されているのも見かけた。
これからは慎重に物を消費していかないと、どこかで進めなくなりそうだ。
「あっ」
「どした?」
振り返ったグーニは少し悲しそうな顔でコートのちぎれたボタンを見せてきた。
幸い上の方のボタンではなく一番下のボタンだったのだが、グーニはこのコートがかなりのお気に入りだ。
「……っ」
「…治す方法も道具も無いからなあ……」
「そんなっ!!」
グーニはもう半泣きだった。
グーニは好きな物に対して妥協を許さない。ボタンひとつでもかけたコートは完全に壊れたコートと同じなんだろう。
「そうだな…古い地図だと近くに本屋があったはずだからそこで情報を集める。それで僕がそのボタン直す。どう?」
「いいの!!?!?」
「…グーニの問題を解決してあげるのが僕の役割だよ。」
「私のやくめは?」
「『何もしない』『れーしょんを食べる』」
地図通り方角を合わせて進んでいくと、本がたくさん置いてある建物にたどり着いた。
道は変わっていてもしっかり残っているのは驚きだ。
セイビジョウで見た写真の日付をもとにして考えると、この地図は大体120年前の頃のものだからこの本屋もその間変わっていないことになる。
この建物が見てきた景色をもし見られるなら僕は何度でも見ようと思うだろう。
「建物の雰囲気が他とだいぶ違うな…」
「まっしろかくかくこじんまり」
「下の方は『レンガ』みたいだ」
建物の中は本が落ちていたりするぐらいで、他と違って戦いがあった感じがなかった。
そういえばこの建物の周りだけとても綺麗だ。何か訳があるのかもしれない。
正面にあるガラスの引き戸も珍しく鍵がかかっていた。
「ぐーにかり」
「グーニカリバーはダメだ。ガラスごと吹き飛ばしてしまいかねないから危ない。」
「じゃあ?」
「やっぱり持つしかないのかな…『銃』」
「じゅう!…ってなに」
「ふざけて使ったら絶対に死ぬ道具だよ。人類はこれに狂わされたし、これで
「自由!」
「
銃ならその辺にたくさん落ちていた。
大抵のものは意図的に破壊されているけど、壁沿いに落ちている銃などは使えるものが多い。
弾は使えるものがなかなか見つからないから拾ったものを大切に使って行くか新しい物を拾うしかない。
でも本来の用途で使うことはないだろうからそれほど重要ではないだろう。
「使えそうなのあった!」
「ちょっと貸して」
絵本で見た手順で弾が入っている部分を引き抜くと、4発入っているように見える。
「よし、これ使えるよグーニ」
「やった!」
「本じゃとてつもなくうるさいから何か耳をしっかり塞ぐものが必要らしいんだけど…」
これはグランティの件で経験済みだった。あの日は寝て起きるまで耳に違和感があった。
グーニは手袋をした手をぐーぱーさせて応えた。
僕はヘルメットに手袋を挟んでその上でフードをかぶることでどうにかすることにした。
「よし。開けようか」
扉の錠前に銃口をぴったり付けて引き金にゆっくり人差し指をかける。
引き金をかけた指に力が入るにつれ、鼓動が早くなってくる。
手袋をしていないせいで銃を握る手がすごく冷たい。
力を入れ切ったところで急に引き金の反発力が消えた。そこからゆっくり景色が動いているように見えた。
ッパァン!!
引き金が落ちてから数秒して乾いた轟音が建物を駆け巡った。
撃った後の衝撃は強く腕を突いて肩まで伝わり、グーニがぶつかってきたぐらいの力で僕を突き飛ばした。
人間は喧嘩のためにこんな凄まじいものを作ったのか、と改めて思い知らされた。
建物に響き渡った余韻が聴こえなくなった頃、やっと我に帰った。
「うるさーい!!!」
「耳大丈夫?」
「ちょっときーんってする」
「次からもっといい耳塞ぐ道具を探してからにしないとな」
錠前が吹き飛んだガラス戸はキリキリと音を立てながら厳かに開いた。
長年開けていなかったせいで脆くなっていたのだろう。
中は薄暗くて埃っぽく、ランタンがないと奥まで見えないぐらいだった。
しかし図書館ほどだだっ広くなく、セイビジョウを5分の一したぐらいの大きさだった。
「…っと見とれてる場合じゃないな。確か衣類を直すのは手芸だったな……」
たくさんの本にランタンの光を当て続けて30分ほどしてやっとそれらしきものを見つけた。
早めに直して他の本も読みたい。
「グーニ、その辺で針金探してきてくれない?」
「いえっさー!!」
「何その返事」
針金を床に置いて転がし、まっすぐに伸ばしたあと、その辺に落ちている瓦礫で片方の先端を潰す。ナイフの後端についている
人類が発明して以来素材を変えつつも今まで使われてきた「裁縫針」の完成だ。
「グーニ、コート貸して」
「ボタンはぽっけのなか」
「ん」
糸は本に挟んであった袋から出てきた。
本の冒頭に
本の指示に従って直し、ついでに余った糸で補強しておいた。
「玉留めして…よし!」
「っっったぁぁ!」
グーニはよしと言った瞬間、さっきまでの鬱気を張り倒したかのように僕に飛び込んできた。
僕は咄嗟に針を投げ捨て、飛びついてきたグーニを受け止めた。
「ありがと!!!!!」
「僕は他の本を読んでるから好きにしてていいよ」
その夜グーニはコートに抱きついて寝た。
思えば、あのコートは旅の最後まで僕たちを寒さから守ってくれるものだ。
僕も大切にしなきゃ。
内緒でつけた小さなうさぎの刺繍にいつ気づくかを考えながら、ランタンの燈を消した。
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