第13話 コトバビジュツカン

『人間は意外と長く続いたよ。私はてっきり、2100年ぐらいで絶滅すると思っていたのだが…』―人類史専門家ロンブルグ・シーベル


「いろんなところに何に使ってたかわからない物が落ちてるけどさ」

「これとか!?」

 グーニが持っていたのは複数の棒が差し込まれた銀の球体だった。

 何に使うのかも使っていたのかもわからない。

「どうしてこんなに散らかってるんだろ」

「きっとみんな片付けがにがてだったんだよ」

「それはないと思いたい…」


 しばらく不思議な落し物に気を取られていると、足元に不思議な景色な広がっているのに気づいた。

 緑色の…草のような緑のふさふさが僕の手が届かないぐらいの距離に生えている。

 一歩進むとその草は引っ込み、後ろの方はひょこっと出てくる。常に同じ大きさの『生えない円』を作ってその中に僕が閉じ込められているようだった。


「ピーノ、あれなんだろ?」

「それよりこの緑のやつが気にならないのか」

「あれ!!」


 グーニが必死に指さすその先には、本の挿絵に出てくる『庭』のような場所に、似つかわしくない「簒奪さんだつ」と書かれた看板が立てられていた。

 他にも見渡してみると、「水面みなも」「徒桜あだざくら」「海月くらげ」と大して関連性のない言葉の看板が立っていた。


「この緑のもじゃもじゃなに!?」

 看板を見ていると、グーニが変なところに登っていた。

 何故かその時図書館で本棚の上に登ったり飛び移ったりしているグーニを思い出した。

「『木』じゃない?偽物だと思うけど…」

「にせもの?」

「『木』っていうのはもう数百年前に完全に無くなってるらしくて、存在しないはずなんだよ。」

「なんでないの?」

「なんかそれまで無くなると困るものだったらしいんだけど、技術がすごくなって要らなくなったんだって。」

 本には『安価で実用的な人工光合成装置悪魔と天使の合作の普及により、木は資源と化し、花や草木はコンクリートの下敷きになった』と書いてあった。わからない言葉が多くて、グーニに説明するにはそう言うのがやっとだった。


「『コトバビジュツカン』!」

「グーニ、人の話を聞こうよ…」

「はいってみようよ!!!」

「それはグーニのいいところなのか悪いところなのか…」

「どっちも!」

 ちょっとしたイヤミの意味で言ったんだけど…

「なるほど哲学的。」


 コトバビジュツカンの中は日光に白く照らされて、とても綺麗だった。

 そして真っ白な壁には一つの単語とその説明のみが書かれていて、すごく抽象的だけど、なんとなく僕でも分かるぐらいの展示物たちだった。

「『言葉』人類が最も長く用いてきた形なき道具。口から出ると途端に自由自在に形を変える。美しくも儚い、強けれど優しい。しかしどの言葉もこの世界を取り繕う大切なパーツで、美しいものだ」

 この展示を見て僕は不思議に思った。

「グーニ」「みんかんひじょうしょく」「れーしょん」すべて言葉だ。言葉抜きに伝えようとしてもどうしても言葉が出る。言葉は不思議だ。


「あれ?『戦争』だけせつめいがないよ?」

「…沈黙の講義小言だよ。きっと。」

「ふーむ…???」

 そういえば、グーニは言葉にできないモノを言葉にするのが得意だ。

 グーニの自由奔放な性格がそうさせているのか、自由奔放な性格がグーニなのかはわからないけど、僕にはない才能だ。


「れーしょん!」

「グーニの一番好きな言葉だな」

「『ピーノ』のほうがお気に入り!」

「僕も『詩人Knowger』が2番で『グーニ』が1番かな」

「3ばんは!?」

「『北風Nord-Lebrem』」


 コトバビジュツカンは通ってきた戦史博物館のような構造をしていた。

 でも戦士博物館とちがって少し歩く度に面白いモノが置いてあった。

 一度上に投げたらなかなか落ちてこない『恋心』と書かれた白い球体や、小さいけれど複雑な『ごめんなさいの迷路』。もともと動いていたであろう、たくさんの黒い板で囲まれた『光の(で)攻撃』などなど。


 グーニの得意である言葉に出来ないモノを言葉にする、を触れる形でやっているようだった。

「ここを作った人はすごいな…」

「おもしろそうだから持ってきた!!」

 グーニが担いできたのは重力を忘れた『恋心』だった。

「…置いてきて。絶対。」

「えー」

「せっかく綺麗なんだから綺麗なままここに残していこうよ。」

「はーい…」


 一番広い広場には何もなかった。

 ただ中央に地球儀が埋め込まれているだけで、だだっ広いだけだった。

 僕はそこにランタンと寝袋を広げ、夜ご飯の準備をした。

 背嚢バックパックからいつも使っている金属の食器を出そうと頑張っていると、広場の天井の鏡から月明かりが顔を見せ始めた。

 どうやらここは月がどこにいても鏡を使って真ん中を月明かりが照らすように調節されているらしい。

「奇麗だな…」

「ごはーーーーーーーーーん!!!!」

「はい、れーしょん」

「これふぉーくいるやつ!」

「ほい」


 今日はランタンを点けずに月明かりだけで食べた。

 別に僕たちだけを照らしているわけでもないのに、今日の月はなんだか独り占めで来たような気分だった。

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