第11話 オワラナイグランティ

 ネルエトロ陸軍の自律装輪戦車であるAMSV-32は人工知能を搭載した完全無人兵器である。

 世界的には高い評価を受けている兵器であるが、整備性が恐ろしく悪く、メンテナンスを拒否するかのような設計である。

 機械だからといって擬似的な感情を持った人工知能を消耗品カミカゼ扱いするのは如何なものか。—軍事ジャーナリスト ドルーマン・フェドリヒ


 無表情で灰色の空と建物を通り抜けてゆく風は、僕を寝袋に閉じ込めた。

 しかし寝袋もいつもより寒く、試しに隣を見てみるとグーニがいなかった。

 二人入れる寝袋な分、一人がいなくなると隙間から寒い空気が入ってきて寒いんだろう。

「ねーねー!なんでこんなに寒いのー?」

「ネルエトロは北緯56.3度東経3.4度に位置する島国です。本来であれば今の時期は南からフェーン現象により暖かい風が吹き込むのですが、アルプス山脈の開発や、自然環境の破壊によってミストラル風が強く流れているのです。」

「…???」

「環境の破壊によって常に寒い風が吹き込むようになったということです」

「あー…?」


 グランティとグーニの全く噛み合わない会話を後ろ目に、僕は出発の準備を始めていた。

 昨日の夕暮れ、隣の建物が半分崩れた。

 それまで何となくだった僕は、グランティの言葉もあって少し焦りを感じていた。

 食料もあと2週間分ぐらいしかない。


『おい、あー、聞こえてるか?おいドルーマン、ちゃんとスペクトログラム動いてるか?』

「誰だ?!」

「グランティが…」

 グランティは喋る時かならずどこかを身振り手振りするように動かすのに、今は動かしていなかった。

 確かにグランティから声がするのに。

『小隊長、先にご挨拶を』

『バカ言え。この改造を施したのはお前だろ?レーヴェク。』

 その声はおそらく男の人の声で、グランティの声とは全く違って少し聞き取りずらかった。

『あー、あ。こんにちは。我々は208号機械化歩兵小隊、コード『盗人Räunber』です。今この音声記録サウンドログを聞いているということはおそらく、あなたが人類史最後の人物でしょう。グランティとはもう友達になってくれましたか?』


 グーニは腰を抜かしたようで、匍匐しながら僕の足にすり寄ってきた。

「なにこれ??」

「ごめん、ちょっと静かに」

『グランティは何かと悪運強く、最後まで生き残っていそうなので、グランティにこのログを託しました。』

『小隊長のルードレンだ。突然ですまない。無理だとは思うが、少し頼み事をしたくてここに遺した。』

 その声は、少し言うのを躊躇うように間を空けてゆっくりと言った。


『ネルエトロ国立中央図書館に、行ってほしい。』


 僕たちの目的地だった。

『こんな回りくどい方法を取るのは合理的じゃないってのは分かっているのだが、この選択をさせることができるのは『適合者』しか居ない。』

『門外不出の案件だけど…まあ世界連邦やネルエトロ政府はだいぶ前に崩壊しているし』


 僕は咄嗟にノートを出して喋っている内容を書き留めた。

 知らないことがたくさんあって、聞いているだけではちゃんと理解できそうになかった。


『『』これが適合者の条件だ。知らないやつは去ってくれて良い。』

『頼み事というのはさっき言った通り『選択』だ。主観で構わないからぜひ選んでほしい。ネルエトロ中央図書館に機械神モルト・メックがいる。そいつに選択肢をもらって、じっくり考えてから答えを伝えてくれ。』

 声はできるだけ何かを伝えようとしているけど、それと同じように何かを必死に隠していた。

 それでも僕たちはなにか大きな物を預けられたことがよく分かった。


『あと何秒だレーヴェク』

『簡易記憶領域50秒でフルです』

 声は少し焦った様子で周りにいる人を集めるように声をかけ始めた。

『ワンツー、せーの!』

[アドハン船長島流し、未来の英雄流されて、黙って見ている俺らじゃない!それ!みんなで助けに行くぞ!]

 歌っている途中、僅かな金属音が聞こえた。

 そして乾いた音と共に歌声の数は減っていき、重なっていた重い音も、徐々に。


[キャプテンアドハン道開き、キャプテンアドハン俺たちに、自由の盃傾けた]


 チン、カシャン…

『Goofen Rak!(幸運を祈る)』


 その後に鳴った大きな爆発音は、途中で途切れて終わった。

 僕のペンを握った手はいつの間にか止まっていて、震えていた。

 取り残されたような、なんとも言えない孤独感があった。

 その後しばらくしてグランティは昨日と同じように喋りかけてきた。


「重篤なシステムエラーが発生してしまいました。申し訳ございません。」

「さっきのはなんだ!?」

「すみません、エラー処理中のログは無いのでなんのことかわかりません。」

「ルードレン、レーヴェクとは誰だ?」

 グランティは何も応えなかった。


「…グランティは、死ぬのか?」

 グランティは少し間を空けた後、その質問には悩みつつも答えた。

「…どうでしょう?私たちの設計は『すぐに壊れること』を前提に作られていますが、エネルギー源は別です。少なくともあと3兆2781億1491万時間は稼働が可能でしょう。生物ではない私に、終わりがあるのかと聞かれると少し困りますね」

「僕たちがここを離れたら、またずっと一人ということか…」

「さびしそう…」


 灰色の風が、また建物を通り過ぎた。

 不安定に鉄の棒の上に乗っている金属板が、音を立てて回る。

「誰かは、旅に休息は必要だが立ち止まってはならない。答えを見つけ、たどり着いて初めて『旅をした』と言えるのだ、と言っていました。」

「私は数十年以上何処かを彷徨いました。そこは地獄とも、天国とも言えました。砲弾で地均しされた荒野の土地に降る雪は、泥と血の戦場を洗い流し、まるで天国のような幻想的な光景を生み出しました。しかし、そこにいたはずのものたちはもう誰もいませんでした。自然は数百年前に人工物が代替し始め、開拓は恐ろしい加速力を見せ、住う生き物たちはあっという間に駆逐されてしまいました。」


 グランティはさながら地獄です、と、小さく言った。

 か弱く小さく照らす太陽が、グランティを照らした。208と書かれた横には僕たちのヘルメットにも描かれているマークがあった。

「ピーノー、もう行くのー?」

「食べ物も少なくなってきたし進む道を険しくされる前に進まなきゃ…」

「えー」

「ごもっともです。」

「でもグランティ寂しいじゃん…!」

「私にはあなたたちが到底行きつかない先に終わりがあります。しかし自身で終わりを作ることはできます。可能性は低い上に時間がかかりますが、自己破壊プログラムを作ることは可能です。」

 グランティは腕を動かして奥から金属の丸い、図鑑で見たネックレスのようなものを二つ取り出した。

「なくなったものは忘れていくものです。しかしこうしてどこかに証を残しておけば、おぼろげでも思い出せるのです。」


 僕の手のひらに落とされたそのネックレスにはそれぞれ、ルードレン、レーヴェクと刻んであった。

「彼らはあなたたちの行く先にいるのだと思います。落し物は持ち主に帰すべきです。」

 僕は言葉に詰まった。

 音と声だけだったし、確実にそうとは言い切れないけど、なんとなくグランティがをしているような感じがしてどう言えばいいか分からなかった。

「わかった!まかせて!!」

こういうときグーニは正しい。僕にはない短絡的で抽象的な考え方を持っている。

僕は僕を叱った。どの物語でも現実はいつも厳しかったじゃないか。


風が凍るように冷たい。

グランティと最後の言葉をかわしたあと、なぜだか持ち上げる荷物が重く感じた。

こういうことは、グーニに聞いてみるのが正解だろう。

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