【20】今後について考える
「アリネ。お前は善悪の基準が他の人とずれてるんだ」
「? どういうこと?」
「まずは、アリネと他の人との違いについて説明するよ」
例えば、罪のない人を殺してはいけない理由を明確に答えられる人は多くはないかもしれないが、ほとんどの人は殺すことはいけない事だと即答するだろう。ただ、アリネはどちらかというと悪いことだと答えていた。これは、人を殺すことが明確に悪いことだと思っていおらず、どちらかというと悪いことだと考えている。つまり、アリネは他の人が悪いことだと思って踏みとどまるように作用するブレーキが壊れているということだ。
そして、そうなってしまった原因は恐らく俺にある。弟子達の魔法やスキルなどの教育は大切にしていたが、道徳などについては疎かにしてしまっていた。それに、ほとんど外の世界について話すことが無かったことに加えて、外の世界を知る前に引き取ったこともあり、弟子達にしたら本が外の世界を知る唯一の手段になってしまった。だから、アリネは”ガンボボ盗賊団の冒険”の内容が自分の外の世界の基準になってしまったのだろう。
「まぁ、つまりだ。アリネが考えているやっても良いことと悪いことは、他の人とずれているんだけど分かるかな?」
「んー……?」
アリネの善悪の基準がずれることになってしまった理由とそれが間違いだということを話してみるも、当のアリネはピンと来ていないようであった。
これは俺が悪いなぁ……。何とかしないとだけど、とりあえず今は……。
アリネの善悪の基準については後々考えることにして、アリネの話を聞いているうちにどんどん膨れ上がったある1つの不安に関して聞いてみることにする。
「アリネ、とりあえずそれについては置いといて……」
ふぅと一呼吸する。不安が的中していなければいいなと思いつつ、ゆっくりと言葉を続けた。
「そのぉ……。他の皆は何をしているのか知っているか?」
「他の皆ってあの家にいた?」
「そうだ。知っている範囲でいいから教えてくれ」
「えーと、うちもあんまり知らないんだけど、イカは確かノーキャスル王国の騎士になったって言ってたなぁ」
「イカ? イカって誰だ?」
「ん? あぁ、イリカのことだよ。忘れちゃった?」
イリカの名前を聞いて、そうえいばアリネとイリカはお互いをあだ名で呼び合っていたなと思い出した。
「あぁ、イリカか。イリカは騎士になったのか?」
「そうなんだよぉ。うちも何回も追いかけられてさぁ――――」
俺は心の中でガッツポーズをした。
よかったぁぁぁ……。そうだよな。いくら何でも弟子達が全員悪事に手を染めてるなんてことは無いよな。
イリカが騎士になったと聞いて少しだけ安心する。アリネの話を聞く限りイリカは騎士団の中でも上の立場にいるようで、そのような立場になることができるということはアリネのような価値観は持っていないと言えるだろう。
少し心が軽くなったところで他の弟子達についても聞いてみることにする。
「イリカの話はそれぐらいにして、他にはどんなことをしているか知ってるか?」
「ん? 他の人かぁ……、うーん……。あっ、オーレング
「人からお金を貰う仕事……? 金融ギルドのことか?」
「仕事の名前は知らないけど、なんか人に嘘をついてお金を貰う仕事って言ってたよ」
「詐欺師かよ!!」
思わず机を叩いてしまった。
人からお金を貰う仕事って聞いて金融ギルドかと思ったら、まさか詐欺師かよぉ……。何やってんだよオーレング……。
心の底からため息が出る。いったいどれぐらいの弟子達が悪事に手を染めているのか考えるだけでも憂鬱になる。弟子達は決して仕事に困るような能力ではないことは確かなため、その職業に就いたということは、アリネのような憧れであったり、お金であったりと何かしらの事情があるのだと思う。いや、そう思いたい。
「ほ、他には?」
これ以上聞くのは恐ろしいが、こればっかりは聞いておかないといけないため恐る恐る尋ねてみる。
「他には知らないなぁ。皆あの家を出ていってから全然会ってないし」
「そ、そうか……。テリーとも会ってないのか?」
「なっ!?」
明らかに動揺しているアリネ。
「会ってないのか? 初恋のテリーとは」
「もぉ!! その話はやめてよ!! テリーとは家を出てから一回も会ってないよ!!」
「フフフ。そうなのか、それは残念だな」
「くっそぉ……。やっぱり、あの時聞くんじゃなかったよ……」
その後は、アリネのこれまでについて聞いたり、自分がどんな風に生活していたのかを話したりした。また、アリネの考えや善悪の基準についてもどれだけずれているのか、どういう風に考えて欲しいのかについても伝えた。最初の方はあまり理解していない様子で、幼いころからの価値観を変えるというのは難しいものあったが、時間をかけて説明したことで徐々に理解はしてくれて、もう悪いことはしないと俺に誓ってくれた。
そして、ここを出た後のことについても話し合った。
「……アリネ。この後だけど、俺の村に行って謝罪をして償いをする。そして、今まで襲った村にも償いをするってことでいいのか?」
「うん……」
「そうか……」
アリネ達は人に怪我を負わせたことはあっても、人を殺したことは無いそうなのだが、それでも村や人を襲ったことは決して許されることではない。そのため、2人で今後のことについて話し合ったのだが、今まで襲ってきた村などに償いをするための旅に出るという提案がまさかアリネの口から出るとは思わなかった。
「傷つけられた人達はどんなに謝ったって許してくれないかもしれない。それでも、行くのか?」
「うん!! やっぱり自分のしたことは自分で何とかしないとね。昔師匠が言った言葉だよ? 覚えてる?」
「……あぁ、覚えてるよ」
いくら悪いことをしたとはいえ、大事に育ててきた弟子が人々から罵られる姿を想像するだけでも胸がギュッと締め付けられる。……ただ、ここで行くなとは言えない。変わろうとしているアリネの邪魔をすることはしてはいけないのだ。
「……じゃあ、行こうか」
アリネを連れて、ヨウ達によって無力化された盗賊達のところに行き、今までの事情と今後のことを説明した。突然のことで動揺はしていたが、ほとんどの者がアリネを慕っていたようで、何人かを除いてほとんどの者がアリネの旅について行くことにしたのだという。もちろん、このまま行かせても再び盗賊達が襲ってきたと思われても仕方ないため、古い友人を頼ることにする。そいつに任せておけば、大抵のことは何とかしてくれるだろう。
一通りの話が終わり洞窟を出ると、昼過ぎに村を出たというのに辺りはすっかり暗くなっていた。
「ねぇ、師匠……」
「ん? 何だ?」
「あのさ……、久しぶりに手を繋いでもいい?」
照れくさそうにそう言うアリネ。その様子に昔のことを思い浮かべながらも、手を繋いで村に戻ることにした。
あんなに小さかったのに、こんなに大きくなって……。
12年が経ったとはいえ、今もなお薄れることは無い絆のようなモノを感じた。そして、俺はある決心をする。
いつか行こういつか行こうと思ってたけど……、会いに行くしかないか。皆何をしているのか、ちゃんとこの目で見ておかないといけないよな。
こうして、俺は村に残って、村を出て弟子達に会いに行くことを決めたのだ。
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