第6話 門倉刑事

 それからどれくらいの時間が経ったというのか、形式的な聞き取りを終えて、二人の来訪が終わった。鎌倉探偵が、安川と瑞穂に疑問を感じているというくだりからの終盤の話は取り立てて事件に重要な関係を持つものではなかったので、敢えてこの場で論ずる衣ないと思われた。

 鎌倉探偵は、事務員にコーヒーを所望して、しばらく一人で物思いに耽っていた。

――この事件は単純に見えるが、その奥に何かがあるということは何となく分かっていた。しかしそれが心理的なものなのか、それともまったく別の何かが影響していて、ただ見えていないだけなのかが分からない――

 そんな風に考えていた。

 カギを握っているのは、当事者の瑞穂はもちろんのこと、安川という男が関わってくることになるとは感じていた。女二人から、口を揃えて、

「品行方正な自由奔放な性格」

 と揶揄されている。

 聞こえは悪くないが、どこか優柔不断で軽い性格に見えなくもない。話を聞いていると、つばさの方では彼のことを優柔不断という言葉の代わりに、きっと瑞穂の手前、正面切って言えなかったのではないだろうか。瑞穂の方は、相手が恋人であるという意識からなのか、贔屓目に見てしまい、優柔不断とまでは思っていないのかも知れない。 

 しかし、鎌倉探偵が見ていて、瑞穂という女性は、

「想像以上に冷静で、物事を広く見ることができる人だ」

 と思っていて、どうしても、贔屓目に見ているという印象がなかった。

 もし、ここに彼女のジレンマが存在しているとすればどうだろう?

 瑞穂という女性は、自分の性格を分かっていると思う。そんな彼女が安川にだけ贔屓目になってしまうことを、まるで自分という人間の性格を自らで否定しているように思えたとしても無理のないことだ。それがジレンマとなって自分を追い詰めているとすれば、彼女の中で、

――発想の堂々巡りを繰り返している――

 と言ってもいいのではないか。

 それだけ瑞穂という女性は自分のことを分かっている女性だ。だからこそ陥ってしまったジレンマに対して、どうしていいのか分からなくなるのではないだろうか。

 その傾向は、躁鬱症を抱く人に言えるのではないかと思っている。

 一度鬱状態に落ち込めば、まわりが一変したように感じ、景色の色が微妙に変わってくる。青が緑掛かって見え、赤い色が淡く感じられるようになる。それは信号機で特に感じられることであり、人によっては、逆の色を感じることもあるようだ。

 鎌倉も以前、特に学生時代などは躁鬱症に悩まされたことがあり、今ではほとんどなくなっていたが、やはり色が微妙に違い、まるで別世界が感じられたのを覚えている。

 彼の場合は、鬱状態になればなるほど、色が原色に近く感じられた。それは、昼と夜の違いに感じられるものだった。

 昼は明るく、光に照らされているので、色が若干淡く感じられる。青が緑に見えたりするのもそのせいだ。

 だが夜にはその色がハッキリしてくる。まわりが暗くなっていることからそう感じるのだとは分かっているが、身体の疲れが比例しているように思えていた。夜になると一日の疲れが押し寄せてくる。そのために余計に色に関して敏感になるようだった。まわりが暗いのも影響して、色がより原色に近く見えるのもそのせいであろう。

「二重人格というのは、病気であり、精神的に言っても、神経的に言っても、どちらもとどのつまりが病気を示唆しているのではないか」

 ということであった。

 普通の人は、これを病気だとは思わない。それはあくまでも自分のことに限ってのことであるが、他人が二重人格者であれば、なるべく関わりたくないと思うほど、厄介であるということも分かり切っている。

「二重人格という言葉、今回の登場人物の中で一番ふさわしいのは誰なのか?」

 と聞かれれば、一番最初に感じるのは、表面上では安川ではないかと思われる。

 しかし実際に冷静になって考えると、

「瑞穂なんじゃないかな?」

 と鎌倉は考えていた。

 この事件は表面に出ていることだけを見ていたのでは真実が見えてこない。表面の裏を見ることも大切だ。ただ、この場合の表面の裏という言葉、ただの裏側というだけのことではないということに注目していただきたい。いずれ読者諸君にも分かってくることであろう。

 安川も一応の関係者ということで、警察の事情聴取を受けた。深溝はまだ意識が完全に戻っていないので、深溝への直接の聴取ができない以上、まずは関係者から当たるしかないのが、警察の捜査状況であった。

 安川は別に重要参考人でもないので、任意の事情聴取である。したがって警察署に赴くことはなく、刑事が近くの喫茶店に入り、聴取を行った。事情聴取を行った刑事とは担当刑事である門倉刑事であった、

「わざわざご足労頂き、申し訳ありません。お話というのはこの間のあなたのお友達である深溝さんが、あなたの彼女と言ってもいいですかね? その里村瑞穂さんに殺されかけたという事件を捜査しておりますので、その件に関していくつかお伺いしたいと思いまして時間を割いていただきました」

 と刑事が丁寧に説明すると、

「ええ、それは分かっています。しかし今言われたことは事実なんですか? 瑞穂が深溝を殺そうとしたということですが」

「瑞穂さんが自分から出頭してきて、自分が殺そうとしたと言っているので、表に出ている通りにお話したまでです」

「じゃあ、彼女が殺そうとしたというのは彼女の話だけで、確証があるわけではないんですね?」

 と、安川はまずこのことにこだわっているようだった。

 やはり自分の恋人が殺してはいないとは言え、殺人未遂事件を起こし、その殺されそうになった相手が自分の友達ということを考えれば、安川としても、ちゃんとした情報を知っておかなければいけないと思ったのだろう。。今後の二人への接し方もあるからであった。

「確かにその通りです。彼女の今後の取り調べにおいて、こちらとしても、そのまわりの事情を知っておかなければ事情聴取も進みません。したがって、彼女、さらには被害者の深溝氏の人間関係を今捜査しているというところです」

 と捜査に来た刑事はそう言った。

「では、先ほどの刑事さんのもう一つの疑問ですが、僕と瑞穂は真剣にお付き合いをしています。恋人と思っていただいて差し支えないと思いますよ」

 と、刑事が聞く前に、聞かれるであろうことを察して、安川は自分から彼女との関係を告白した。

 ただ、これも最初から分かっていることであって、さしたる特別な話でもないので、刑事もあまり気にしてはいなかった。

「じゃあ、深溝氏とは結構仲が良かったんですか?」

「ええ、彼とは大学に入学してから最初にできた友達でしてね。それが面白いことに、僕たちってそんなに性格が似ているわけではないんですよ。むしろ正反対と言ってもいいくらいだったのに、よくこれで友達になれたなって、今でも笑い話になるくらいの関係なので、いわゆる凸凹コンビと言ってもいいのではないでしょうか?」

 と、安川は笑いながら答えた。

「ほう、正反対な性格だということを自覚されているわけですね?」

「ええ、深溝は真面目な性格で、何でも真正面から見ないと気が済まないところがあって、悪くいうと融通が利かないところがあるくらいです。でも、それも仕方のないところだと思うんですが、僕の場合は結構な優柔不断なところがあって、そのかわりフットワークが軽いので、彼に比べて融通が利いて、まわりからは、接しやすいと言われいます。そういう意味で、お互いに長所でもあり短所でもあるところが正反対という意味でしょうか?」

 と、少し意味不明な表現を、安川はした。

 しかし、これが彼特有の表現方法で、分かる人が見ればよく分かるのだろう。それが男性では深溝であり、女性では瑞穂なのではないかと、刑事は感じた。

「大学というところは、本当にいろいろな人がいますからね。高校時代までとはまったく違う。どこからこんな連中が集まってきたんだろうって思いますよ」

 と安川は言った。

 彼の意見はいちいちその通りなのだが、どこか掴みどころがない。それが長所でもあり短所でもあるのかも知れないが、優柔不断に見えるところであり、魅力的に見えるところなのかも知れない。特に大学生の間では優柔不断でもフットワークが軽いと、優柔不断なところを凌駕しているように見えるのではないかと、刑事は思っていた。

「そういえば、深溝が面白いことを言っていたな」

「どんなことだい?」

「俺とお前は鏡に写った自分を見ているようだっていうんだ。それは左右は対称なのに、上下は逆さまにならない。その理由というのは、ハッキリと分かっているわけではないが、人間の目の錯覚ではないかと思われている。俺たちはそんな関係なんじゃないかっていうんですよ」

 安川が何を言いたいのかさっぱり分からなかったが、深溝という男は真面目で一生懸命であるが、この安川は頭の回転が早く、要領のよさではピカイチなんだろうと思うのだった。

 だが、そんな深浦であったが、この表現は一体何なのだろう? 凡人のお前たちには分からないだろうとでも言いたげであった。

「ところで、深溝君というのは、生真面目で融通の利かないタイプだということは君が今言った通りなのだろうが、そういう人にありがちな欠点として、人を見下すというような素振りは彼にはあったかな?」

 刑事の言いたいことがよく分からなかったが、あまり深い意味も考えず、

「いいえ、そんなことはなかったと思いますよ。ただ少し人と変わっているようなところは感じましたけどね」

「というと?」

「結構ホラーが好きだったり、人が困っているのを見るのが実は好きだったり、一種のサディスティックなところがありましたね」

「それは男性に、女性に?」

「どちらにでもあったと思いますよ。こんなことに男女の違いが関係あるんですか?」

 と安川は言ったが、どうやら安川という男、風俗的な話は苦手なようで、ピンと来ていないようだった。

 女性に対してサディスティックなところがあるとすれば、それは性に関係してくることで、いわゆる、

「変態プレイ」

 に属することである。

 SMプレイと呼ばれるもので、ムチやろうそくを使ったものから、マゾの女性を蔑んだり、いたぶったりして凌辱するものである。

 そうなってくると、深溝の女関係は今は表に出てきていないが、相手はM性の強い女である可能性が高い。もし、相手がいないとすれば、彼は自分の性癖を持て余し、悶々とした日々を送っていたのかも知れない。

――だとすると、彼が瑞穂を呼び出したというのもそこに関係があるかも知れない――

 と刑事は思った。

 ただ、見ている限り、瑞穂がM性を持っているようには思えなかった。ただ、性癖というのは表から見ているだけでは決して分かるものではない。特に異常性癖なるものは、凡人には分からないだろう。

「分かる人が見れば分かるのだが、普通に見ていれば分からない人って、結構変質的な部分を持っていることが多い」

 というのは、今まで数々の事件を見てきたうえでの、刑事としての勘のようなものだ。

「事実は小説よりも奇なり」

 と言われるが、小説で書けないようなことも実際に起こったりするのが世の中というもので、瑞穂を中心に深溝、そして安川と、歪な男女関係がそこには存在しているように思えてならなかった。

 この三人を絵で描くとなると、不思議な三角形が出来上がるような気がした。決して正三角形ではないと思うが、二等辺三角形でもない。もし、二等辺三角形だとすると、一番狭いのは、安川と瑞穂の間ではないような気がする。

――ひょっとすると、安川を中心に、瑞穂と深溝とが同じ距離にあるのかも知れないな――

 と感じた。

 そして、深溝と瑞穂はそれぞれそのことを知らない。扇の中心にいるのはあくまでも安川であって、しかもそのことを安川は理解していないように感じた。だからこそ安川から見た深溝のことを、

「あいつは、人が困るところを見るのが好きなサディストだ」

 などと、隠すこともなく口にできるのだろう。

 ただ、空気が読めないだけなのか、それもすべてが安川の計算なのか、ひょっとすると天才肌なのは深溝ではなく、安川なのかも知れない。

 もし、安川は何かを計算に入れているとすれば、それは何なのか、

「それは誰にも知られたくない安川の中に、そんな秘密が隠されているのではないか?」

 と刑事は感じたが、そのことをメモに書いていた。

 この刑事は他の人に比べてメモを取ることが多く、事情聴取だけではなく、いろいろなことをメモるのが好きで、一種の趣味のようなものだった。メモることが癖になってくると、メモるだけメモって、実際に読み返さないことも多かったりする。そんな彼の特徴を知っていて、この特徴に興味を持っているのが、鎌倉探偵だったのだ。

 刑事はもう一つ気になっていた質問があった。

「君は、深溝さんが睡眠薬を服用していたというのは知っていたかね?」

「ええ、殺害されそうになった時でしょう? この話は聞いています」

「いや、そうじゃなくて、彼が常用的に睡眠薬を使っていたのかということなんだけどね」

 と聞かれて、刑事が何を言いたいのかが分かった気がした。

「ああ、そのことですね。たまにですが、眠れない時には使用していると言っていましたよ。彼はたまにですが不眠症のようになるみたいで、病院で処方箋をもらって、それを薬局に持っていくと言っていました。だから僕は彼が睡眠薬を飲んでいたと言われても、さほどビックリはしなかったですね」

「でもね、人を呼び出しておいて、睡眠薬を飲んでいくかね?」

「そう言われていればそうですよね。でも確かに彼は時々睡眠薬を飲むとは言っていました」

「そうですか、分かりました。ありがとうございました」

 と言って、門倉刑事の安川への調べは終わった。

 ここで分かったことが一つだけあった、睡眠薬を誰がどこで手に入れたのかということであるが、被害者が常用していたことが安川の口から聞くことができた。もちろん、安川の証言がすべて本当だという前提の元であるが、少なくとも被害者の深溝が誰かに睡眠薬を前もって飲まされていたという可能性はグッと少なくなった。ただ、人に会いに行くのに自分から睡眠薬を飲むというのもおかしなことであった。何か、そこにからくりがあるのではないかと、門倉刑事は思っていた。

 門倉刑事は、その日、馴染みである鎌倉探偵の元を訪れた。鎌倉探偵と知り合ったのは、今から半年ほど前のことだったが、元々門倉刑事の馴染みの喫茶店に、鎌倉探偵がたまたま訪れたのがきっかけだった。

 最初はお互いに相手のことを刑事だとも探偵だとも思わず、世間話や学生時代などの他愛もない話に花を咲かせていた。特に門倉刑事は鎌倉氏が話す、深層心理の話などに感銘を受け、最初はどこかの大学の心理学の先生ではないかと思っていた。お互いに年齢的にはまだ三十半ばくらいなので、教授にまではなっていないと思っていたが、その知識と発想力には敬意を表していた。その頃までお互いになぜか相手の素性を聞くことはなかった。それは自分の素性を明かしたくないというお互いの気持ちがあったからで、せっかく気兼ねなく話ができているのに、お互いに刑事だとか、探偵だとか名乗ってしまうと、相手が構えてしまうことを警戒したからだった。

 最初に相手のことを切り出したのは門倉刑事の方だった。鎌倉氏の深層心理に対しての意見に魅了されて、思わず、

「大学の教授か何かですか?」

 と聞いてしまった。

 すると、鎌倉氏も、別に聞かれたことで隠す様子もないようで、

「いえいえ、以前売れない小説などを書いていて、その時の題材が深層心理のような内容だったんですよ。小説ではうまく行きませんでしたが、新しく鞍替えした職で、役に立っていると思っていますよ」

 と鎌倉氏がいうと、

「ほう、新しい職というのは?」

「私立探偵というやつですね。二年くらい前からやってるんですが」

 その頃の鎌倉氏は、まだ警察関係者との面識はほとんどなかった。

 この時の門倉刑事と知り合ったことで、少し警察の人ともかかわることになり、携わる事件も徐々に増えてきたのだ。

 話をしていると、以前に解決した事件で覚えているものもあった門倉刑事が、

「ああ、あの事件を解決された探偵さんがあなただったわけですね?」

「ええ、お恥ずかしいばかりで」

 ということで、この時を機会に仲良くなった。

 最初はお互いに警戒されないかなどと思っていた自分が恥ずかしいくらいに、今では公私ともに仲良くしている。事件がある時、ない時、連絡を取るだけなら、いつでもできることであった。

 門倉が鎌倉探偵を訪れ、今担当している事件が依頼人である里村瑞穂の事件であると聞くと、俄然興味を抱いた、楽しくなってきたと言ってもいいだろう。お互いに守秘義務に抵触しない程度に話をしながら、お互いの意見を戦わせてみたくなったとしても無理もないことだ。ただし、あくまでも表に出ている事実はすべて前述の通りである。それ以上のことは何も分かっていない。つまりがそのほとんどにおいて、想像の域を脱することはできないであろう。

「ところで安川君から、何か聞けましたか?」

 と鎌倉氏は、門倉刑事に聞いた。

「いえ、何ともよく分からない感じですね。何かを隠しているようにも思うし、他の人の話を聞くと、彼は自由奔放で品行方正だという、いい意味にも悪い意味にも取れますからね。どう判断していいのかよく分からないというところでしょうか?」

「なるほど、僕の方も瑞穂さんはつばささんに話を聞くことができたのでいろいろ聞いてみたんですが、よく分からないことが多いですね。瑞穂さんは自分が首を絞めたと言っているんですが、その動機がよく分からない。しかも、彼女の方から誘い出したわけではなく、被害者の方から誘い出したというわけでしょう? この犯罪は最初からい紐状のものを用いているということで、最初から殺意があったと思えるんですが、そうなるとあの自首ですよね。彼女が殺意がなかったということを強調したいと思って自首したのだとすれば、紐状のものを用いたとは思えない。そもそもそのあたりから疑問は出てくるわけです」

 と鎌倉がいうと、

「そうですね。しかももう一つ気になるのは、被害者が睡眠薬を服用していたということです。安川に聞くと、彼は自分で睡眠薬を服用することがあったということなので、持っていたとしても不思議はないのですが、だとすれば、自分で呼び出しておいて、人に会うのに睡眠薬を服用しているなど、ラリッてしまうか、そのまま眠りこんでしまうかで、まったく意味をなさないことになりますから、これもおかしなことですよね」

 と門倉刑事が言った、

「そうなんですよ。睡眠薬というのが、一つのカギだとは思うんです。僕は彼が睡眠薬を持っていたことと、服用していたということと、別々に考えるべきでhないかとも思うんです。つまり、睡眠薬の使用目的は一つではないような気がします。それは本人に限ったことではなく、犯人、あるいはそれ以外の第三者で睡眠薬を利用する何かの目的があったと考えるのも一つですよね」

「ということは、被害者は睡眠薬を自分で飲んだわけではなく、何か別の目的があって、他の誰かが飲ませたということでしょうか?」

「その可能性もあると思っています」

「ひょっとして鎌倉さんは、この事件にはまだ表に出てきていない関係者がいて、その人のことを誰かが隠していると思われるんですか?」

「それも視野に入れています、ただし、その関係者というのが、いわゆる関係者という意味かどうかは分かりませんよ。キャストとしてクレジットされるべき人たちなのか、それともエキストラなのか、それも分かりません」

「その根拠はなんですか?」

 と門倉刑事が聞くと、少し考えてから、

「根拠というか、誰かが何かを隠しているとすれば、人であってもいいわけですよね?」

 と鎌倉は答えた。

「ザックリとした意見ではありますが、信憑性はありそうですね。何と言っても謎が多いうえに、最初に容疑者が自首してきているというおかしな事件ですからね。あらゆる面で見ていく必要があるんじゃないかと思うんですよ」

 門倉刑事はあくまでも刑事で、探偵ではない。

 警察組織の中で動く一つのコマであるだけに、自分の推理が警察ではなかなか採用されることはないだろう。そういう意味では鎌倉探偵と一緒に推理談義をすることで、そんなストレスを解消もできるし、まるで探偵の助手になったかのようで、子供の頃のわんぱく少年に戻ったようで、楽しくてしょうがなかった。

 門倉刑事は中学時代からミステリー同好会に所属していて、そこから部に昇格させた実績もあるくらい、ミステリー好きであった。国内のミステリーはもちろん、海外のもの、そして探偵小説黎明期の作品も丹念に読んだものだった。

 そんな経験があるので、推理することに関しては、

「三度の飯よりも好きだ」

 と豪語もしている。

 そういう意味で、鎌倉探偵という人と知り合いになれたことは、門倉刑事にとって、自分が出世することよりも嬉しく感じるかも知れない。

――実際に出世しても、キャリアではないんで、しょせん知れているさ――

 と感じていた。

 いっそこのまま警察を退職して、鎌倉探偵のところで助手をするのもいいかとも思ったが、こうやって推理談義ができるのであれば、対等に話せるという意味で、

「助手になるよりもこっちの方が楽しい」

 ということで、警察退職は思いとどまったのである。

「謎を解くのは楽しいものだ」

 というのが、門倉の思いだった。

 そんなことを思っていると、ふと頭に思い浮かんだことがあり、呟くように言った。

「そういえば、安川と深溝って、お互いに友達だと思っているようなんだけど、何か安川の方が避けているようなところがあるのは気のせいなのだろうか?」

 それを聞いた鎌倉は、

「どういうことだい?」

「確かに深溝は誰かに殺されかけて、その犯人として自首したのは自分の彼女の瑞穂だよね? この二人は安川を中心に結びついているように感じるので、安川としては、他人事ではない。彼は自由奔放な性格だということなので、こういう煩わしいことにはあまり関係したくないと考えると、深溝を避けるのは分かる気はするんですが、それにしても、まわりが彼を自由奔放と言ってはいるんですが、僕にはそれよりも何かこの事件で自分を蚊帳の外に置きたいと思っているように思えるんです」

 と門倉刑事がいうと、

「そういう意味では瑞穂ちゃんも少しおかしな気がするね。彼女は自分が深溝の首を絞めたと言って自首迄したんだよね。それなのに、事件の話をする時にはすっかり落ち着いてしまって、まるで自分が事件の外にいるような話し方になるんだ。我々としては何かを隠そうとするよりもよほどいいので、ありがたいんだけど、どうも安川とは正反対の態度に見えておかしいんだよね」

 と鎌倉氏は言った。

「安川と瑞穂って、恋人同士なんですよね?」

 といまさらの話を門倉刑事は言った。

「ええ、その通りだよ。僕は瑞穂ちゃんからも、つばさちゃんからも聞いたんだ」

「そういえば、そのつばさちゃんというのは、どういう女の子なんですか?」

 と門倉は聞いた。

 そもそも瑞穂に対して、鎌倉探偵をとよればいいと助言したのはつばさだったからだ。

「つばさちゃんというのは、僕が前に小説家をしていた時にいっていたスナックのママの娘さんなんだ。だから瑞穂が勤めているスナックのママの娘ということになる」

「じゃあ、鎌倉さんは、瑞穂とも面識はあったんですか?」

「いや、僕がつばさちゃんを知っているのは、店に出るようになってからではなくて、まだ高校生の頃のつばさちゃんを知っていただけなんだ。でも、お店で話をしたことはあったんだよ。カウンターでだったけどね。彼女も君と同じようにミステリーが好きで、よくカウンターで探偵小説の話をしたものだよ。今は彼女一人暮らしをしていて、そこからママの店に通っているんだけど、瑞穂はつばさと同じマンションにいるんだ」

「ほう、探偵小説が好きだというのは僕も楽しみですね。事件が解決したら、三人で探偵小説談義をしてみたいものだ」

 そう言って一人楽しそうにしている門倉を、鎌倉も微笑ましく見ていた。

「つばさちゃんがああやって友達を連れてきた時はビックリしたけど、この事件でつばさちゃんは一番遠いところにいるようなので、君の希望はきっと叶うんじゃないかって思うよ」

「それにしても、つばさと瑞穂って、あまり性格的に合わない気がするんですが、仲がいいんですかね?」

「そうだね。そこのところは考えてもいなかったかな? 彼女を連れてきたのはつばさだったし、引っ込み思案なところがある瑞穂をしっかり誘導しているつばさという印象だったかな?」

「そうかも知れませんが、僕はどうも瑞穂という女性があまり性に合わないような気がするんです。思いつめたように自首してきたかと思うと、事件の話をする時はまるで人が違ったようになる。そのくせ、つばさを頼りにしていて、その割には男性の安川を頼りにしている感じがしない。どうも安川と瑞穂が恋人同士というのも、何か違うような気がしてきました」

「言われてみれば、そうかも知れない。元々の話の成り行きで、最初から二人は恋人同士だということで話が進んでいるので、誰も疑いを持たない。それも何か不自然な気もしてくるよね」

 と、鎌倉氏の方も、少し考えが変わってきたようで、門倉刑事の話に興味を持つようになった。

 元々、門倉が鎌倉探偵の意見を貰いにきた形であったが、話をしているうちに、いつの間にか鎌倉探偵の意見が、門倉刑事の推理、あるいは疑問によって少しずつ変わっているという構図になっていたのだ。

 門倉刑事は鎌倉探偵を尊敬しているが、鎌倉探偵の門倉刑事の意見を真摯に聞いている。やはり二人は助手と先生という関係よりも、お互いに対等な関係の方がウマが合っていると言ってもいいだろう。

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