第5話 鎌倉探偵

 依頼しようと思っている探偵は、名前を鎌倉光明という。彼は元々作家だったという話だが、実は出版社から依頼を受けて、一度他の探偵が行った調査の再捜査をしたことがあった。それはまた別のお話なのだが、その裏に潜む企みを見事に暴いて、事件を解決した功績があり、警察からも一目置かれていた。

 そんな彼が小説家から鞍替えし、探偵をするようになったのだが、最近ではそれなりに解決できているのでと、つばさちゃんがいろいろ考えたところ、彼に依頼してみようとなったのだ。

 彼は深層心理を抉るような小説を書いていて、心理学的な観点からの捜査方法だった。今回の事件にはふさわしいのではないかということになったのだった。

 さっそく彼の探偵事務所に赴いたが、まだまだ探偵としては駆け出しの状態なので、事務所もそんなに大きなものではなかった。一人助手のような人がいて、その横に事務全般を行っている事務員の女性がいた。

 奥に応接用のソファーがあり、正面に鎌倉探偵を置き、その正面に、瑞穂と、つばさちゃんが腰かけた。

 鎌倉探偵は、自分が知り得ている事件のあらましをまず説明し、自分がどこまで知っているのかということを相手に示したうえで、足りないことを補足させようというやり方だった。

 鎌倉探偵は結構おおまかなところは知っているようで、それでは話が早いと、まずつばさちゃんの方から話を始めた。当事者である瑞穂の方は、ここ最近の慌ただしさで頭が混乱しているようで、鎌倉探偵もつばさちゃんからの話の方を最初に聞くのがいいだろうと、別に反対はしなかった。

 つばさちゃんの意見はどうしても、瑞穂擁護の偏った意見になるのは仕方がない。それも鎌倉探偵は分かっていたので、重要な部分だけをメモして、あとはほぼスルーだった。

「ところで瑞穂さん、あなたは自首したということでしたが、そのことは誰かに相談してのことでしたか?」

 いきなりの質問であったが、この質問は分からなくもない。

 こうやってつばさちゃんが今の段階で探偵に相談しようというのだから、つばさちゃんに最初から相談していないのは分かっていることだ。そうなると、もし他に相談した人がいるとすれば、その人はつばさちゃんよりも信頼できる人がいるということになる。ここまで積極的に探偵に相談しようと一緒についてきてくれる友人など今の時代、なかなかいないだろう。それを思うと、瑞穂という女性は幸せなのだろうと思った。

「いいえ、誰にも相談していません。自首したのも私だけの意志です」

 と言って、少しうな垂れていた。

「誰にも相談せずに自首をするなど、かなりの度胸がいったことでしょうね。そんなに逃れられないと思われたんですか?」

「いえ、最初は気が動転して、もちろん、彼を殺すつもりなどなかったんですが、気が付けば彼の首を絞めていて、揺すっても叩いても名前を叫んでも、反応がなかったんです。私怖くなって、その場から逃げ出しました。ひょっとするといろいろなところに指紋が残っているかも知れないなどということは後になって気付いたんです。だから、部屋に帰ってきた時も、自分でどうやって帰ってきたのかすら記憶にないくらいだったんです」

 そう言って、喉が渇いたのか、入れてくれたお茶を一口飲んだ。

「それで、落ち着いてくると、自分が深溝さんを殺したんだっていう事実をやっと認められるようになって。それからが私の人間臭いところだと思うんですが、いろいろと計算してみました。もし、このまま黙っていればどうだるだろうってですね。でも、深溝さんの人間関係を調べられて、彼がどれほどの人間関係があったのかは分かりませんが、少なくとも私にはアリバイがないんです。だって彼と一緒にいるわけですからね。そうして最初から彼を殺すつもりでもなく、ただ会いに行っただけなので、いろいろな人に見られているかも知れない。しかも指紋の問題もあるし、いろいろ考えると、このまま黙っていても、警察は私に行き着くと思ったんです。それで自首して行って、殺すつもりはなかったわけですから、捕まるのを待っているよりもマシだって思ったんです」

 と一気にそこまでいうと、息を切らしていた。

 彼女は頭もよくて冷静なようだが、一つのことを思いこむと、そっちに突っ走ってしまう猪突猛進なところがあるようだ。それが一番危険なのだが、ともかく自分のところに来てくれた相手を無碍にすることもできない。

「なるほどですね。思い切ったことをしましたね。それを警察が信用してくれないとどうしようとは思いませんでした?」

「もちろん思いましたが、あとで捜査が進んで私が容疑者に浮上してくれば、きっと警察は私を犯人と決めつけて捜査するに決まっていると思ったんです。それなら、自首した方がいいんじゃないかってですね」

 甚だ危険ではあったが、彼女の気持ちも分かる気がした。

「少し気になったのは、睡眠薬のお話ですね。あなたは睡眠薬を使用していないとおっしゃった。そこに間違いはないですね?」

 と鎌倉探偵は聞いてきた。

 この話は自首した瑞穂にも寝耳に水だっただけに、話を聞いただけの人が疑問に感じるのは当然のことだ。

「ええ、私もまさか睡眠薬など使われているとは思ってもいなかったんです。確かに彼の首を絞めたんですが、大体、睡眠薬を飲ませる時間なんかありませんでした。もし、飲ませたとしても、どれくらいの時間が掛かって、どれくらいの効き目があるかなんて知らないですしね」

「それはそうでしょうね。でも、警察とすれば、犯人が女性だということになると、もし抵抗された時のことを考えて、睡眠薬で眠らせておけば、力のない女性にでも確実に殺害できると思うだろうと考えたのかも知れませんね」

「はい、刑事さんもそれらしいことを言っていました。でも、私は自首しているんですから、睡眠薬を使っていたとしても、隠す必要はないような気がするんですけど」

「それも言えますね。でも僕が今聞いた話で考えると、睡眠薬を使用したのは、相手を殺害するだけのためではないような気がしますね。何か別の目的があって、睡眠薬を使ったという考え方ですね」

「じゃあ、睡眠薬が使われていたというのは、偶然だったということでしょうか?」

「表に出てきている事実だけを見ると、そういうことになりますね。自首しているあなたは彼を殺したと思っているんでしょう? そのあなたが睡眠薬を知らないという。使用したのがあなたではないとすると、当然他に使用した人がいるということですよね? ひょっとすると本人かも知れない。ただ、その可能性は限りなく薄いですけどね」

「ええ、私も本人が服用したという説はほとんどないのでないかと思っています。私は彼に呼び出されたんですからね」

 と、瑞穂も少し興奮気味だった。

「その時の被害者の様子はどうでした? 睡眠薬を服用していたのであれば、少しは態度が違ったと思うんですが」

「ええ、言われてみれば、確かに喋っていても呂律が回っていないような感じはありました。最初は、酔っぱらっているのかと思ったくらいです。人を呼び出すのに酔っぱらっているというのも失礼だと思ったのですが、でも仕方はないかなとも思いました」

「どうしてですか?」

「彼は何か、不思議なことを言い始めたんです。私を呼び出した理由なんですが、どうも私に何かを返してほしいと訴えているんです」

「その時に彼はどんな感じでしたか?」

「最初は何か怒っていたんです。私を罵ろうとしているのが分かりました。でも、そのうちに焦ってきているようで、顔色は悪くなってくるし、汗も額からどんどん流れてくる。そのうちに涙を流して、『お願い』という感じで必死になっているんです。見ていて悲しくなってくるくらいでしたが、急に彼が私に飛びついてきて、そのまま二人は倒れこみました。必死になって抵抗しようと思ったんですが、どうやら気絶してしまったようで、気が付けば私は彼の首に巻き付けた紐で、首を絞めていたようでした」

 それを聞いて、鎌倉氏は首を傾げた。

「いくつか疑問がありますね。まず一番の疑問は、被害者はあなたに何を返してほしいと思ったんでしょうか? 睡眠薬が効いていたので、呂律が回っていないと言っていましたが、その肝心な部分は聞こえなかったんですか?」

「ええ、聞こえませんでした。ただ、睡眠薬を飲んでいなくても聞き取れなかったようにも思います。深溝さんという人は、あまり感情を表に出さないんですが、たまに怒り出すことがあったんです。彼は結構正義感に燃えるタイプの人で、安川さんのように品行方正で自由奔放な人を羨ましく思っていたのか、たまに安川さんに対してキレることがあったんですが、そんな時、いつも早口になって、何を言っているか分からないこともあったと思います」

「なるほど、深溝さんという人は、普段は冷静沈着な方だったんですね?」

「ええ、いつも無表情で、何を考えているか分からないところがありました。それだけに気持ち悪くて、いきなり怒り出したらどうしようなんて思うことも多くあり、私以外の女の子もきっと一緒だったのではないかと思います」

 と言って、隣にいるつばさを見た。

 するとアイコンタクトを感じたのか、

「確かに深溝さんにはそういうところはありました。でも、あの人は本当に真面目な人で、基本的な考え方は、勧善懲悪な方なのではないかと思っていました。他の人が見て見ぬふりをすることでも、あの人は放っておけないタイプの人でした。そのせいでいろいろ損をすることがあったみたいですが、それでもいいと思っていたようです。そういう意味では人から勘違いされやすい人だともいえると思います」

 つばさはあくまでも深溝を擁護していた。

 ただ、彼女のその様子は、

「深溝のことが好きだ」

 という感覚とは少し違っているような気がした。

「つばささんのお話も分かる気がします。私も勧善懲悪タイプの男性を知っているつもりですが、今つばささんのおっしゃった感じになってしまうのは仕方のないことだと思います。喋りながら、相手を説得しようとするあまり、気ばっかり焦るんでしょうね。だから呂律が回らなかったり、自分でも何を言っているのか分からなくなる。特に普段から冷静で落ち着いた感じの人であればあるほどそうなるでしょう。またそんな人だから、勧善懲悪な性格が宿っていたということも言えると思います。冷静沈着だから、勧善懲悪になったのか、それとも勧善懲悪だから、冷静沈着に振る舞えるのか、まるで『タマゴが先か、ニワトリが先か』という理論に似ているようじゃありませんか」

「はい、そう思います」

 と、つばさは答えた。

 そして鎌倉探偵はまた瑞穂を向き直って、今度はこんな質問をした。

「彼の首の首を絞めたという紐状のものですが、それはあなたが持参したものだったんですか?」

「いえ、私ではありません」

「じゃあ、被害者が持っていたんですかね? あなたを殺すつもりだったんでしょうか?」

「私は最初、そう思いましたが、それも違うような気がするんです。さっきの彼の行動を思い出してくるうちに、あんなに悲しそうに訴えてくる彼が、最初から殺意があったとは思えないんです。確かにあの状態だったら、相手を殺しかねない勢いだったとは思うのですが。もし殺してしまったとしてもそれは衝動的な行動で、決して計画的ではないと思うんです。計画的に相手を殺すのであれば、もっと冷静沈着に、そう普段の彼であれば、容易なことだったと思うんです」

 と瑞穂がいうと、

「でもね、二段階だったかも知れませんよ。まずあなたを説得して、あなたが承服してくれなければ、あなたを殺そうと思ったのかも知れません」

 と鎌倉氏がいうと、

「それはないような気がします。あの人はもっと性格は精錬実直なんです。こっちがダメなら、こっちをなどということは考えないような気がします」

 と、またつばさが話の中に入ってきた。

 このつばさという女の子は、どうやら気になることがあったりすると、黙ってはおれないタイプのようだ。友達の瑞穂が困っているのを見て、探偵を紹介するくらいなので、それくらいは当然に思えたが、やはり彼女が勧善懲悪で、いわゆる精錬実直だと彼女に言わしめた深溝という男の性格がだんだんと見えてきたと、鎌倉探偵は思うのだった。

「深溝さんは、人から恨まれるようなことはあったとお思いでしょうか?」

 と二人に対して聞くと、まずつばさが口を開いた。

「よくは分かりませんが、私にはなかったような気がします。なるほど勧善懲悪な性格なので、彼を胡散臭く思っている人はいたかも知れませんけど、相手にならなければいいという程度だったんじゃないかと思います」

 そしえて次は瑞穂の意見である。

「私もつばさちゃんと同じ意見です。ただ、人の恨みなんて、どこでどのように買っているのかというのは分からないものですから、それを思うと怖い気がします」

 瑞穂の意見は、深溝に対してというよりも、一般論的な話だった。

 この二人の意見を見ただけでも、つばさが深溝に好意を持っていたこと、そして瑞穂はさほど彼という人間を意識していないということがよく分かった鎌倉探偵であった。

「一体、彼は瑞穂さんに何を返してほしいと思っていたんでしょうね?」

 と先ほどの瑞穂の話を思い出して、呟くように鎌倉探偵は口にした。

「それが分からないんです。私は深溝さんから何かを取ったという意識はありませんし、彼から何かを借りているということはありませんでした。しかもいつも冷静なあの人があんなに必死になっているのを見ると、怖くなってくるくらいです。しかもその理由が分からないのであれば、なおさらですよね」

 と瑞穂は言った。

「つばさちゃんなのではないですか?」

 と鎌倉探偵がいうと、今度はつばさが口を挟んだ。

「それはないと思います。私は深溝さんと恋人同士になったという意識はありません。店の外で会ったということもありません。ただ話が一番合う相手として、お互いに認識している関係だと思っているんですよ」

「でも、深溝さんはあなたとそれだけだったんでしょうか?」

「ええ、そうだと思います。よしんば先生のおっしゃる通りだとしても、恋人同士になったことはないのですから、『返してほしい』というのは、少し違うと思うんです。それだとまるで私が瑞穂ちゃんとの親友としての立場を失いたくないので、深溝さんに別れを切り出したことになってしまいますが、決してそんなことはありません」

 とつばさは、悲しそうに、そして必死になって抗弁した。

「私もつばさちゃんの意見に賛成ですね。あんなに必死になって返してほしいと言っているのは、もっと切実なことではないかと思うんです。あれだけ普段冷静な人が、涙を流すほどですからね」

 と瑞穂がいった。

「でも、深溝という男性は、自分に酔うタイプだったのかも知れませんよ。自分で筋書きを描いて、そう思い込むことで、自分が可哀そうな人間だと思い込むことで、自然と涙が出てくるような感じのですね」

 と鎌倉は言ったが、それに対して、

「自分に酔うタイプだったのは、深溝さんよりも安川さんの方だったかも知れません、安川さんはいつも夢のようなことばかり言っていました。私は夢を見るのはいいことだと思って、半分聞いていたんですが、夢を見ているうちに、彼は無意識に夢に近づいているような気がしたんです。それが安川さんの特徴なんじゃないかって思ってですね」

「安川さんには、男性からも慕われるところがあったのかな?」

「ええ、あったと思います。子供のように夢を見るのは女性よりも男性でしょうからね。一般的に女性は現実主義で、男性は理想主義だって言われることもあるじゃないですか。だから安川さんのような性格は、男性から羨ましく思われるタイプなんじゃないかって私は思うんです」

 と、瑞穂は言った。

 瑞穂も現金なもので、好きでも何でもない深溝のことに対しては、淡々と話をするのだが、自分が付き合っていた安川の話になると、一気に饒舌になる。抑揚の変化がそれを物語っていた。

「なるほど、よく分かりました。安川さんはこの場面では蚊帳の外のように思えますが、彼も関係者であることに変わりはありませんので、彼のことが聞けたのはよかったように思います」

 と鎌倉探偵は言った。

「ただ、彼が言った『返してほしい』という言葉が今回の事件で大きな意味を持っているような気はしますね。これに関しては警察には話しましたか?」

「いいえ、自首した時は、まだ気が動転していたので、ここまで冷静になっていなかったので、自分でも思い出せていませんでした。警察に今度呼ばれた時に、これを話しても構いませんか?」

 と不安そうに瑞穂は言った。

「ええ、構いませんよ。下手に隠しておいて、後でバレる方がもっと怖い」

 と鎌倉探偵は言ったが、

――まさにその通り――

 と、瑞穂も思っていたので、意見が合ったことは彼女の気を少し楽にするような気がした。

 確かにあの時思い出せなかったのだろうが、後からの証言ということになると、警察の人の心象が悪くなるのは嫌だと思った。彼女が自首したのは、

「逃げられないのであれば、警察の心象を悪くしないように」

 という考えであった。

 瑞穂は小学生の頃、いじめられっ子だった。それほど陰湿なものではなかったが、少しくらいのトラウマとして残ったに違いない。そんな彼女は、苛めに遭っている時の教訓として、

「下手に逆らうと、ひどい目に遭う。なるべく逆らわずにやり過ごそう」

 といういじめられっ子特有の考えを持っていた。

 だから、自分から出頭する「自首」という形を取り、

「そうせ逃げられないのだから、攻撃を最小限に抑えて……」

 と考えたに違いない。

 そもそも自首などをする人は、昔に何かトラウマを持っているものなのかも知れない。それが子供の頃の苛めであったり、大人になってからも、いつも誰かに騙されたりしていると、自然と性格も消極的になり、せっかくの自分の性格が、環境委よってまわりからメッキを塗られたようなそんな性格になってしまうのではないだろうか。

「メッキがはがれる」

 と言われるが、はがれた方がいいような性格もあるのかも知れないと、鎌倉探偵は思っていた。

「さて、もう一つなのですが、私が思うのは、なぜあそこだったのか? という疑問です。あの場所は人通りこそ少ないが、いくら朝でも、いや朝だからこそ、理数系の学生は徹夜での研究の後に朝の空気を吸いに出てくるのは分かっていると思うのですが、それに関してはどうお感じになりますか?」

 と鎌倉は聞いてきた。

 この疑問は自首した時にもあったことなので、あれから少し考えてみたが、結局何ら結論めいたことは頭に浮かんでくることはなかった。

 したがって、

「私も疑問に感じているんですが、分からないです」

 と答えるより仕方なかったのである。

「彼が睡眠薬を服用していたことに関係でもあるのでしょうかね。今のところはいくつか疑問点があぶり出されてきてはいますが、それぞれに何ら関係のない、繋がりのない疑問に感じられます。それぞれを一つ一つ潰していくか、あるいは、何らかの関係があるのではと疑っていて、考えていくかではないかと思うんです。まったく関係のないようなことでも発想を広げていけば、どこかで繋がってくるかも知れませんからね。私はそうやっていろいろ調査をしてきたものですから、事件などというものは、表に出ていることだけを見ていると、根本的な解決にはなりません。それは実際に起こっている現象にしてもそうでしょうが、人間の心理、考え方においてもそうだと思っています。基本的に何かの行動は、その人の潜在意識によるものでしょうからね」

 と、鎌倉探偵は言った。

 そのことに間違いはないと、二人は思った。スナックで接客している時も、相手が何を考えているかを思う時、相手の行動から探ろうとすることも多い。何気ない行動がその人の心理を示していることもあるもので、相手が何を考えているか分からない時に相手を観察するということが、考えていることを理解するための大いなる糸口になるものだと思っていたからだ。

「お話、よく分かります。私たちも参考にできればと思っています」

 と瑞穂が答えた。

 それにしても、この瑞穂という女性、自首した女性とは思えないほどに冷静であった。この冷静さは、話に聞いているだけではあるが、まるで深溝のようではないか。ひょっとすると安川という男性も、そしてここにいるつばきという女性も、深溝と瑞穂が性格的に酷似していることに気付いていたとしても、それは無理もないことである。

 安川は瑞穂と付き合っていて、さらに深溝とは親友のような間柄というではないか。安川が二人の性格の酷似に気付かないわけはない。そう思うと、この事件で今のところ表に出てきていないが、安川という男がどこかで大きく関わっているのではないかと思ったとしても仕方がない。

 この考えを一番強く持ったのが、鎌倉探偵だった。

――おや?

 そう思った時、鎌倉探偵の脳裏を軽く掠めたことがあった。

――彼女が自首をしたのは、自己防衛の気持ちからなどではなく、誰かを庇っているからではないか?

 と思った。

 こちらの方が自首をしたと聞いて、最初に考えることである。いくら逃げられないと思い、刑事の心象をよくしたいと思ったとしても、いきなり自首を考えたというのは、性急すぎるからである。

 特に瑞穂のような女性が、そう簡単にまるで何も考えていないかのような自首という行動を考えるまでもなく行うというのは考えにくい。これほど冷静に話ができて、今のようにまるで自分が捜査圏外にでもいるかのような態度はとれるはずもないと思っているからである。

 もし、彼女が庇っているとすれば、最愛の相手である安川しかいないだろう。それにしても、彼女の口から安川のことがあまり聞けていないような気がした。意識的にこの事件の圏外においておきたいという考えであろうか。

 性格的に自由奔放で天真爛漫。まるで女性のようなフラフラした男性に、彼女のような冷静沈着な女性が恋人として一緒にいるというのは、どうにも不自然な気がする。

――瑞穂さんは、安川という男性に、騙されているか、あるいは、翻弄されているのではないか?

 と鎌倉は考えるようになった。

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