第4話 二人の関係

 自首した瑞穂は、とりあえず一日拘留されたが、事情聴取にも素直に答え、証拠隠滅、逃亡の恐れがないということで、とりあえず、二日後には帰された。さすがに自首して罪を認めようとした手前スナックに出勤することはできないと考え、ママさんに話して、しばらく自粛することを伝えた。

 もちろん、一旦帰されはしたが、重要容疑者であることに変わりはない。実況見分などもあったりと、警察からの呼び出しも多く、警察からも、

「なるべく自宅にいて、外出は控えるように」

 と言われていた。

 瑞穂が警察から帰されたのは、いくら自首であっても、ハッキリとした証拠や裏付けがないので、逮捕、拘留が維持できないという理由もあった。しかも、自分がやったという割には、どこか他人事のような証言では、どこまで信憑性があるか分からない。一つ一つ彼女の証言の裏付けを取って、そこで真実をハッキリさせるしかないと思われた。

 彼女を店に紹介した同じマンションに住む同僚も気にかけてくれて、差し入れを持って短い時間ではあったが、立ち寄ってくれるのはありがたかった。ただ、その彼女というのが店で「つばさ」と名乗っている女の子なだけに、彼女も他人事ではなかった。

 そう、お店で深溝とよく話をしている、話が合う女の子である。

「私はあなたが、深溝さんを殺したなんて思ってないわよ。それなのに自首だなんて、一体どうしたの?」

 と心配してくれているようだ。

 彼女にとっても、お店の客では話が合う楽しい相手だっただけに、殺されたと聞くとビックリした。しかも殺したのは店で一番の仲良しの瑞穂だというではないか。彼女にしてみれば、ダブルでのショックだったわけだ。

「私にも分からないのよ。気が付けば私は彼の首に縄を巻き付けていて、絞めていたの」

 と、要領を得ない発言だった。

「それ、どういうこと? 自分で気付かないうちに相手を殺そうとしていたということ?」

「そういうことになるのよ。だから途中からしか自分でも分かっていないので、恐ろしくなって、その時は逃げ出したんだけど、自分のやったことが怖くなって自首したというわけなの」

「なんともおかしな話ね」

 と言って、つばさは少し考えていたが、

「私の知り合いに、探偵をしている人がいるので、相談してみましょうか?」

 とつばさが言い出した。

「探偵さんとか、大丈夫なの? 私警察に自首しちゃったんだけど、ここから先は弁護士さんじゃないの?」

 というと、

「そうかも知れないけど、事件をもう一度おさらいするには、警察とは違う目で見てくれる人が必要だと思うの。この人は元々作家さんだったんだけど、面白い推理をする人でね。引き受けてくれそうな気がするの」

 と、つばさはすでに依頼するつもりで、かなりの乗り気になっていた。

「それ何て方なの?」

「鎌倉光明さんというんだけど、前に勤めていたスナックに一度いろいろ調べにきて、その事件を解決に導いた方なのよ。その人は、深層心理を抉るような小説を書く人で、小説家としてはパッとしなかったんだけど、探偵としては面白い推理をする人として、最近ちょっと話題になっているような人だから、私は安心して任せられると思うの。だから、瑞穂ちゃんも安心して、何も隠し事のないように、何でも話すようにした方がいいと思うわ」

 と話してくれた。

「そうね、確かに自首はしたし、私が殺そうとしたと思うんだけど、私にも分からないところが多すぎるので、調べてもらうのは悪いことではないような気がするわ」

「そうよ。それがいいわ」

 乗り気になった瑞穂を見て、つばさも安心したようだった。

「ところで安川さんは、あれからお店に来てる?」

 この間から安川とは連絡を取っていない。これは深溝の頼みだったのだが、

「安川とは関係ないところで、君と話がしてみたいんだ」

 と言われたことがあり、深溝の真意がよく分からなかったこともあって、安川とは連絡を取りにくい気持ちになっていた。

 しかし、そんな言われ方をして、

「はい、そうですか」

 と言ってノコノコ会いに行くわけもない。そう思っていると、

「安川のことで君に相談があるんだ」

 というではないか。

――安川のこと――

 と言われてしまうと、無碍に断ることもできなくなった。とりあえず話を聞こうと思ったのも仕方のないことだ、

 瑞穂がそう感じたのは理由があった。

――最近、安川さん、何か変だわ――

 と思ったからだ。

 元々品行方正で自由人的なところがあって、そんな彼に恋愛感情よりも憧れの方が強かったかも知れないのだが、そのうちに恋愛感情が強くなると、憧れが次第に違う形になって現れてきた。

 男性に対して恋愛感情を持つということは、

「相手を独占したい」

 と思うことと同じであった。

 つまり自由奔放であったり、品行方正な性格は、気持ちが対等であれば憧れとなるのだろうが、恋愛感情を持ち、相手を好きになってしまうと、そのまま不安に繋がってしまうことを瑞穂はいまさらながらに知った。

 瑞穂は今までに恋愛をしたことがないようなウブな女性ではなかったが、憧れを持てるような純粋なところのある女性だった。スナックに勤めていると、男性は皆さんお客様として、対等な目で見ることで、自分が店の女の子としての地位が保たれるというものだった。

 そんな時現れた安川は、今まで知っているどんな男性とも違う雰囲気を醸し出している人で、

――この人は女性だけではなく、男性からも慕われるようなそんな人なのかも知れない――

 と思い、それが憧れにも繋がっていったのだが、彼女のこの直感は間違っていなかったのだ。

 まさかの予感的中だったのだが、それが自分が相手を好きになることで今度は余計な壁を作ってしまうということに気付かなかった。

 彼は女性にモテたのは仕方のないこととして、友達も結構多く、男性からもいろいろ相談を受けたりしていた。

 そのおかげで、デートに遅れてきたり、時にはデートが中止になってしまったこともあったのだが、

――これがあの人のいいところ――

 と思うことで、瑞穂の中では十分に許容範囲だったのだ。

 それが実はいけなかった。いわゆる、

「八方美人」

 という言葉があるが、彼はフットワークが軽いということもあり、あっちにいい顔、こっちにいい顔をしすぎるのではないかと思うようになっていた。

 瑞穂が安川に対して不安に感じるようになったのも無理もないことだ。

 ただ、安川は品行方正なだけに、彼女を作ろうとしなかった。一人に決めてしまうと、足が重くなるからというのがその理由で、普通の男性だと、

「何様のつもり」

 と、男性からも女性からも総スカンを食らってしまうのではないかと思えるが、そうはならないところが彼の役得というか、面目躍如というべきであろうか。

 ただ、そんな彼が瑞穂を彼女として考えてくれるようになったのが嬉しくて仕方がなかった。

――ああ、願いが叶ったんだわ――

 という感動は本物で、その後にくすぶることになる不安と比べても、どっちが強いか分からなかった。

 だが、芽生えた感情は自分の意志に関係なく強くなってくる。安川への愛情は果てしないもので、とどまるところを知ることはなかった。意志に関係ないだけに押しまくってくる力を感じる。その力に身を任せることがこれほど心地よいことかと思うと、

「くせになりそう」

 というほど、淫靡なものだった。

 恋愛感情に淫靡な匂いを感じると、女性はオンナになる。それを瑞穂は初めて知ったのだった。

 店にいても、頭の中は安川のことばかりだった、それは彼のことを好きになってすぐのことで、その頃から安川も深溝も店に来ることが極端に減ってしまった。

 一つの理由として、瑞穂は何となく分かる気がした。

――二人が付き合い始めると、お金を出して店に来て、好きな女の子の機嫌を取る必要がなくなるからだ――

 と思ったことだった。

 確かにお店に来るのは、女の子と他の人と話せないような話を聞いてもらったり、相手の話を聞いたりして、うまくいけば仲良くなれればいいという下心を持ってやってくるものだろう。そうでもなければセット料金まで取られて、わざわざ呑みに来る必要もない。友達と呑むのであれば、近くの焼き鳥屋で十分だろう。焼き鳥屋であれば、少々呑んで食ってしても、一人二、三千円くらいのものだ。何も?まなくても座っただけで三、四千円もかかるスナックに来るには、それなりも目的があって当然だろう。

 店側もそれを承知しているので、女の子にサービスをさせるようにする。風俗ではないので、おさわりは厳禁だろうが、精神的な癒しを与えてもらえるだけでお嬉しいと思う男性は実際には結構たくさんいるものだ。

 だから、お店によっては、お客と個人的に仲良くなることを禁止している。せっかくのお客様をなくすことになるからだ。そんなことは瑞穂も分かっていたはずだったが、実際に仲良くなってしまうと、これほどお店が楽しくないものに変わってしまうもののかと思うと、

――私、何やってるんだろう?

 と感じないわけにもいかなかった。

 その思いを払拭してくれるのも、安川だった。彼の癒しがもらえると思うだけで、嬉しい気分になるが、元のこの胸騒ぎの原因は安川にあるわけだ。

「何をやっているんだろう?」

 と思うのも無理もないことで、精神的に情緒不安定になっていたのも事実だった。

 一種のブルー状態と言ってもいいだろう。

 原因は分かっているが、理由として成立していないような気がする。だからこそ気持ちが中途半端になり、気分が晴れない。それがそのままブルーな感覚に陥ってしまうことで絶えず何かを考えていないと気がすまなくなってしまう。

 何かを考えると言っても、考えることと言えば一つ。好きになった相手である安川のことだ。本当はその時、一番考えてはいけない相手を考えるのだから、どうしようもない。しかも考えるのも無意識の行動であるだけに、救いようがないと言ってもいいだろう。

 今思い返すといろいろ頭の中に去来するものがある。どうしてそんな感情が、深溝への殺意に変わったというのだろう。

 元々深溝はつばさちゃんのお相手だったはずだ。彼が瑞穂に乗り換えたとでもいうのだろうか。

 瑞穂は、自首したということは自分が深溝を殺そうという意思を持っていたということを分かっているという証拠であるが、なぜ殺そうと思ったのかと言われると、そのあたりの記憶がどうも飛んでいるようだ。

「そんなに都合よく記憶が飛ぶなんて、おかしいじゃないか」

 と、警察に言えば、そう責められて、そのあたりの心の弱さを突かれて、ありもしないことを自供してしまうかも知れない。

 もし、自分は関係ないということでこの嫌疑から逃れられればいいが、もし逃れられなかった時は、厳しい追及が待っている。それを今の精神状態で切り抜けられる自信は瑞穂にはなかった。

「それならいっそのこと、最初から自分がやったと言って自首すればいい。行動を起こしたことに変わりはないのだから」

 という思いが、あの時の自首に繋がったのだ。

 逃げられないという思いと、捕まった時の追求の厳しさを思うと、自分から名乗り出る方が心象がいいという心理的に姑息な手段だと言ってもいいかも知れない。

 しかし、自首は悪いことではない。少なくとも捜査に協力という形になるだろう。結果的に相手は死んでいないのだし、執行猶予もありうる。それも一種の駆け引き。

――私って、そんなにあざとい女だったのかしら?

 と感じたが、もしつばさちゃんの話した探偵さんに看破されてしまったら、自分の立場がどうなってしまうのかが怖い気もした。

 でも、せっかく紹介してくれるというのを無理に拒否することもできない。この状況で下手に拒否するのは、自分にとって、もっと不利な状況に追い込みそうに感じたからだ。「とにかくつばさを信じて、依頼して見よう」

 と考えたのだ。

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