第8話 仮面のアリドル

まささん、これ。凛奈りんなさんの衣装のコンセプトです」

 悠太郎は希に束になったA4用紙を渡す。これには悠太郎と恵美が考えた、凛奈の衣装のコンセプトをまとめたものだ。凛奈の性格や容姿を基に作られており、凛奈の意見も取り込んでいる。

 受け取った希はペラペラとページを捲る。

「ふむふむ、なるほどね。可愛い系か。アリドルとしてのキャラクターは演技をせずに、凛奈ちゃんの素の性格。まあ、凛奈ちゃんの見た目やキャラ的にもそうした方がいいか」

「はい。元々の彼女の性格が一般受けしそうなので」

「そうね。じゃあ、凛奈ちゃん自身に似合う衣装にするね。それでARとの割合はどうするの?」

 希の質問はどの程度現実の衣装を作成、ARで補完するのかという意味である。

 昨今のAR技術では本物と見分けがつかないほどのCGの衣装を作れ、装着している人間の動きに合わせた揺れや皺なども再現できる。だが、全てのアリドルがARの衣装を纏っているわけではない。Tシャツ短パンといったラフな格好の上にARの衣装を合成する、衣装の一部をARで装飾する、衣装は全て実物など、色々なパターンがある。

「衣装は実物でお願いします。ただし柄は無地で、絵柄をARで飾り立てます。凛奈さんはAR衣装の動きに慣れていませんから、まずは実際に衣装を着せた方が良いかなと」

「そうね。AR衣装は本当に着ているわけじゃないから、感覚が違う。その衣装でその動きはできないだろう、なんて言われたくないし。せっかくのデビュー、なるべくケチはつけられたくはない」

 AR衣装は色々と便利だ。単なるデータだからパフォーマンスの途中で衣装を簡単に変更できるし、保管に気を使わなくてもいい。

 ただし、デメリットもある。希の言う通り、本当に着ているわけではないため、衣装との感覚がずれてしまう。アリドルにはAR衣装に合わせた動きを求められるのだが、凛奈はまだデビューすらしていない。本物の衣装を着せた方が無難という事務所の判断だ。

 希は「うん?」とページを捲る手を止める。

「悠太郎君、ちょっと気になったんだけど、この眼帯って何? 凛奈ちゃんのオッドアイに関係しているの?」

「はい。彼女の目は武器になりますが、しばらくの間は隠し球としておきます。それに眼帯キャラのNEMUが今人気じゃないですか。それにあやかろうかなと」

「あっははは。まあ、新人だし人気者に寄せるっていうのは間違いじゃないか」

「ただ、露骨なNEMUの丸パクリは避けてください」

「わかってる、わかってる」

 希は凛奈の手を取り、店の奥を指差す。

「じゃあ、凛奈ちゃん、採寸をしようか。こっちついてきて」

「はい!」

「悠太郎君はここで待っててね」

 希は凛奈の手を引き奥へと歩いていくが、一度立ち止まり、いたずらっぽい笑みを浮かべて悠太郎に振り向く。

「……言っておくけど、覗いちゃだめだよ。いくら凛奈ちゃんが魅力的だからって」

「いや、覗きませんよ」

 冗談に悠太郎は呆れながら答えると、凛奈がすごい剣幕と勢いで悠太郎に駆け寄ってきた。

「なんで!」

「へ?」

「なんで覗かないの!」

「何を言って……」

「男の子は好きな女の子を覗くものでしょ!」

 彼女の勢いに呑まれ、悠太郎は「そ、そうなの?」と聞き返し、凛奈は「そうなの!」と力強く頷いた。

「いやいや。覗きは犯罪行為だよ。俺捕まっちゃうよ」

「大丈夫。悠君が覗いても通報しないから」

 悠太郎は自分達が何を言っているのか、だんだんわからなくなってきた。これ以上凛奈と会話を続けても更に変な方向に行きそうなので、「ほら、早く採寸を済ませて。次の予定があるから」と採寸を急かす。

 凛奈はちょっと不満気だったが、希と共に採寸へ向かった。そのような様子を見て、素直な子だなと悠太郎は思う。

 悠太郎は凛奈の採寸が終わるまで、店内のテーブルに座って待つことに。てきとうに窓の外を眺めていると、のぞみが冷やしたハーブティーをテーブルに置いた。

「悠太郎君、どうぞ」

「ありがとうございます」

 悠太郎は礼を言い、ハーブティーを一口。冷たさとハーブの香りで、身体が涼しくなる感覚を覚える。

「凛奈ちゃんには衣装合わせのために、何度かここに来てもうことになるかも」

「はい。その時は直接彼女に連絡してください。それにしても良かったです。お二人と仲良くなれそうで」

「凛奈ちゃんはとてもいい子だからね、私たちもすぐに気に入っちゃったよ。あの子は人柄もいいし、他の事務所のアリドルともすぐに仲良くなれると思うよ」

 悠太郎が望と雑談をしていると、採寸中の凛奈達の声が聞こえてきた。

「おお! 高校一年生にしてはかなりスタイルいいね。どれお姉さんが直接触って……」

「きゃ!」

「これは採寸のしがいがありますなー。えへへへ!」

「……お姉ちゃんがセクハラしないよう、目を光らせておくから」

「……お願いします」

 しばらくして凛奈達が戻ってきた。心なしか凛奈の顔が赤い。だが、言及しないほうがいいと悠太郎は判断。沈黙は金である。

「じゃあ、凛奈さんは次の場所へ行こうか。今日は凛奈さんのデビューをお手伝いをしてもらうために、事務所のアリドルたちへの依頼行脚。新人の君の挨拶も兼ねてね」

「うん!」

 悠太郎達は麻井姉妹に礼を述べた後、次の目的地へ向かう。

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